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第二章 王都
イケメンの壁ドン
しおりを挟む朝食を終えてレオニダスとエーリクが玄関に降りてきた。
私はテレーサさんにピアノのある場所を教えてもらって、待っている間ずっと弾かせてもらえた。
テレーサさんは「調律しておけなんて何かと思ったら、こういうことだったのね!」と、ずっと嬉しそうに聴いてくれた。
「おはよう、ナガセ!」
「おはようございます、エーリク、さま」
今日はほら、従者の私だから! エーリクにも様を付けるのよ。
「いつも通りでいいのに」
「いけません」
そう言うエーリクにピシャリと言い放つアンナさん。
そうよ、お仕事なのよ。
「わたしは、いっしょにいけることがうれしいです」
こうして三人で出掛けるなんて初めてじゃないかな?
いつもレオニダスは忙しそうで、こんなにゆったりと過ごしているのを初めて見たし。
ウルとオッテもお出掛けが嬉しいみたい。珍しくオッテの尻尾がピンと立ってる。
「僕も嬉しいよ、ナガセに見せたい場所が沢山あるから!」
エーリクは頬を染めて嬉しそうにしている。
うんうん、可愛いなあ!
「では行ってくる」
レオニダスと共に馬車に乗り込み、私達は王都へと繰り出した。
まず到着したのは大きな本屋さん。
壁一面にびっしり本が並んでいて、入り口側にはいくつも新聞が並んでいる。
背の高い本棚にも恐らく種類ごとに分けられているであろう本が並び、あの上のやつどうやって取るのかなーなんて考えながら見て回った。
エーリクは興奮を隠しきれずにあちこち見て回っている。その後を護衛騎士さんが笑顔でついて行く。
私にはまだ難しくて眺めているだけだったけど、奥の一角に見覚えのあるコーナーを見つけた。
楽譜だ!!
私は駆け寄り、何冊か手に取る。やっぱり、楽譜だ。
ピアノ用もあれば、他の楽器のものもあり、あ、これはオーケストラ用だ。
わあ、いいな、この世界のオーケストラとか聴いてみたいな! 知らない楽器とかあるかなぁ。
夢中になって楽譜をパラパラとめくっていると手元が暗くなり、いつの間にかレオニダスが棚に手をついて私を囲うように背後に立っていた。
「主人を置いて本に夢中になるとは、自由な従者だな?」
ひぃっ! これは壁ドン的な何かでは!?
「ご、ごめんなさい」
私は慌てて楽譜をしまおうとする。
「楽譜か」
レオニダスは私が持っていた楽譜を取り、パラパラと中を見る。
「欲しいのか?」
「いいえ、それは、しきしゃのがくふなので、わたしはひけまてん」
「しきしゃ……ああ、オーケストラか」
「おけすとら」
「そうだな、折角王都に滞在しているんだ、一度くらいオーケストラの演奏を聴きに行くのもいいな」
え、今、聴きに行くって言った!?
露骨に期待に満ちた眼差しを向けたのだろう、私の顔を見てレオニダスは吹き出した。
「ははっ、そんな瞳で見られては期待に応えねばな。テレーサに言ってチケットを手配させよう。こちらの音楽を聴くのもナガセにとっていいものだろう」
オーケストラ! 聴きに行けるの!?
私は嬉しくて、多分すっごいくしゃくしゃな笑顔で「はい!」と返事をした。
レオニダスはちょっと目を瞠ったあと、蕩けるような眼差しで私の頰をすっと撫でた。
わーナニそのイケメン仕草!
あっという間に顔が熱くなる。
私が暴行を受ける事件があってから、レオニダスは本当に私に甘くなったと思う。
過保護に拍車がかかったと思うし、バルテンシュタッドを出てからは特にこうしてスキンシップが増えた。
私は恥ずかしくていつもどう対応したらいいのか分からない。でもそれを面白がってるような気もする。いや、絶対そうだ。
うう、誰か正解を教えて欲しい! 私はどうすれば…っ!
「伯父上」
エーリクがやって来て苦行終了。
うう、イケメンの壁ドン恐るべし……。
私達はエーリクの本と私の楽譜を少し購入して、次の店へ向かった。
次に来たのは、立派な店構えのテーラー。
背が高く重厚な扉に、大きなウィンドウにはホワイトタイの燕尾服と真っ白なドレスが飾られている。
見るからに高級感溢れるお店。
え、ドアボーイとかいるけど。貴族御用達!?
私は緊張の面持ちでレオニダスとエーリクに続く。オッテとウルも普通に入って来たけど、何も言われない。
ヘコヘコしない、堂々とせよ! とは、ヨアキムさんの教え。日本人の庶民には難しいけど、ガンバリマス!
ここには次に開かれる夜会の衣装の打ち合わせで来たらしい。
ここへくる前に聞いたんだけど、レオニダスって国王の甥っ子なんだって!! なんと王族!! へーーっ!!
それ以上の説明は難しくてちょっとまだ理解できていないんだけど、ヨアキムさんがレオニダスを敬うのも、今回の荷物や従者の所作に目を光らせていた理由も、よく分かる。
王族たるもの。だよね、ヨアキムさん。
レオニダスとエーリクが打ち合わせに奥の部屋へ通されて、私は控えの間でウルと一緒にお茶を頂いて待つ。
高級ブティックに場違いにも立ち入ってしまった庶民感がハンパない。お茶の味も正しく理解できている気がしない。
ウルは伏せの姿勢で大人しく私に寄り添っている。なんなら私よりずっと落ち着いてる……うん、見習わねば。
無心でお茶を飲んでいると、これまた見本のようなザ・貴族さまが入店して来た。
分かんないけど、お金はあるなって感じのブラウンの口髭にピッタリと後ろに撫で付けたブラウンの髪。ちょっと恰幅のいいスタイルにスリーピースのスーツがお似合いデスネ。カフスボタンやポケットチーフがギラギラしている。店内を見渡し、ふと私に目を止めた。
バッチリと視線が合う。
え、何かフラグが立ちましたか。
そろりと視線を外すも時既に遅し。
「おい」
明らかに私に向けて声を掛けている。
誰か教えて、こういう場面の正解はナニ!?
よく分からないけどカップを置いて立ち上がる。ウルもスッと立ち上がり、全神経をザ・貴族さまに向けている。
私は視線を合わせないように足元を見つめてじっと耐える。
「なんでこんな子供が……犬まで連れ込むとは! おいお前、帽子を取る礼儀も知らんのか!」
ジロジロと上から下まで不躾な視線を向けてくる。ウルが唸り声を上げた。そこで、ザ・貴族さまは気が付いたらしい。
「お前……」
そう言うと、私が被っていたキャスケットに手を伸ばした。
「私の従者が何か」
ものすごく低い声がしてザ・貴族さまはビクッと手を止め、声のした方を見る。
黒いオーラを放っているかのように大きな身体が大股で近づいて来た。横に侍るオッテの大きくて艶々とした黒い体がレオニダスの強さを更に際立たせているかのように見せる。
「ザイラスブルク公……! これはこれは、ご挨拶申し上げます。まさかこんな所で大公閣下にお会いできるとは」
ザ・貴族さまは恭しく礼を取った。
「ボーデン卿、久しいな」
レオニダスはスッと顎で指示をした。私はレオニダスとエーリクの後ろに立つ。エーリクはそっと私の手を掴んだ。
「貴殿も次の夜会の準備かな」
「ええ、社交シーズンも始まりましたので、新しく仕立てようと……」
そう言いながらチラチラと私を見る。
見ないで!
「そうか、忙しいところ邪魔をした。ではまた」
わー、スマートに興味ない感じを前面に押し出してる。レオニダスの方が上位貴族なのだろう、それ以上は何も言わず「ではまた……」と、小さな声で言っていた。
でもその視線はずっと私を見ていて。
私の髪を見つめる目は、血走っていた。
馬車に乗り込むとすぐ、エーリクに心配された。
「何かされた?」
心配そうな顔で覗き込んでくる。
ウルも顎を私の膝に乗せてこちらを見上げて来た。よしよし、と頭を撫でる。守ってくれてありがとう。
「なにもされていまてん。だいじょうぶです。レオニダスさまが、きたから」
「まさかここであいつに会うとは……」
レオニダスは眉間にガッツリ皺を寄せて、顰めっ面をしている。余程嫌いなのね。まあちょっと、感じ悪かったよね。
「ナガセ、王都では絶対にその帽子を取るなよ。一人で出歩くのも禁止だ」
えー、言われなくても一人で出掛けませんよ。帽子だって私も極力取りたくないし。
はい、と頷いてキリリとして見せる。
レオニダスとエーリクは二人で眉を下げて、はぁ、とため息を吐いた。
何その反応!
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