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父親が横領の罪で捕まらなかったIFバージョン
第10話 騎士として失格
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「おはようイルゼ。朝から会えて嬉しいよ。」
フェルクス侯爵家にお邪魔した次の日の朝だった。
女子寮を出ると同時に、そんな声が掛けられたのは。
今朝は目が覚めて、窓を開けて空気を入れ替えている時から、何か違和感を覚えていた。
風に乗って運ばれてくる、キャッキャという黄色い女性たちの声。
大抵は訓練か任務のある女性騎士は、普段朝からはしゃぐような真似はしない。
真剣で凛々しい面持ちで、訓練に、そして任務にと赴くのだ。
それがどうだろう。今日は寮を出ると、先に出かけていたはずの他団の女性騎士達が、何かを囲んではしゃいでいるではないか。
その輪の中心にいるのは、小さめとは言え薔薇の花束を抱えた、一人の若き騎士。
その騎士はイルゼの姿を見つけると、心から嬉しそうな顔をして(ここでまたキャー、可愛い!と諸先輩方の歓声)、走り寄ってくるではないか。
言わずと知れたユージーンである。
「お、おはよう。」
会えて嬉しいも何も、寮の出入り口で待っていれば、会うに決まっている。
夕食は歓談などもしながらゆっくり楽しむこともある騎士達だが、任務や訓練前の朝食は手軽に素早く食べる者が多い。
そのため、ユージーンとは、夕食はほとんど一緒に摂っていたが、朝食は別々なことが多かった。
イルゼの朝食は、いつもミルクを飲んで、卵とチーズをパンに載せてかじったらお終いだ。5分もかからない。その為朝は食堂でユージーンと会うことはほとんどなかった。
アマンダとも、最初の頃は中々起き上がれないイルゼを引きずるように一緒に行ってくれたが、今ではそれぞれのタイミングで別々に行っている。
「良ければ一緒に食堂へ行かないか。」
そう言いながら差し出された薔薇の花束を、引きつった笑顔で受け取る。
―――――どうするんだこれ。
「別にいいが・・・5分で食べ終わるぞ。」
「良いよ。少しでも長く一緒にいられたら嬉しいから。」
キャー―――!!!
ユージーンくん素敵!!
がんばってぇー
―――――え、ちょっと。いつも貴族なんてくそくらえ。薔薇の花束とかもってくるような軟弱な男一ひねりして追い返してやるわとか言ってませんでしたか、お姉さま方。がんばってぇーって、誰だよ。・・・・・・・アマンダ!?
そんな事を考えているイルゼの前に、差し出される手。
「・・・・・なんだ?」
「食堂までエスコートを。」
「勘弁してくださいお願いします。」
本気を出した貴族令息の破壊力はすさまじかった。
また寮に戻るのも大変なので、薔薇は食堂のおばちゃんに渡して、食堂のテーブルに飾られることとなった。
おばちゃんは喜んで、ウキウキで受け取ってくれた。
ユージーンに一応断りをいれたが、ユージーンも元々そうするつもりだったらしい。
新人は今日も訓練だ。まだ一度も外へ任務に赴いていない。
訓練中は、さすがにユージーンは真剣で、口説いてくるようなことはなかった。
考えてみれば、毎日訓練訓練で忙しく、その他の時間もスケジュールがタイトに規則正しく決まっている。女子寮は男性立ち入り禁止だし、男子寮には女性が入れない。
そうなると、会えるのは食事時のみ。
口説ける期間が3か月と決まってしまったユージーンが、本気を出してくるのも無理はなかった。
まだ入隊1か月。
普通なら新人の誰がリタイアするか、誰が残るかという話題で殺伐とする時期らしいが、地獄の訓練2日目にして女性をナンパする伝説の男の登場で、騎士団は少々華やいでいた。
例年よりも、新人の脱落率が大分低いらしい。
曰く、この2人の行く末を死んでも見届けたいとのことだ。更に食堂でのやり取りを目当てに、食欲がなくても這ってでも出てくるので、今年の新人は体力がつくのが早かった。
イルゼも、訓練が始まると、自然とそれに没頭していった。
思い切り身体を動かすことが。日々鍛錬して、昨日より早く走れることが、高く跳べることが、剣を思い通りに振れるようになっていくことが、好きだった。
「それでは、実践訓練に入る。イルゼとユージーン以外は、ガイの指示にしたがってくれ。」
「「「「はい!」」」」
イルゼが一番好きな訓練である、剣の手合わせの時間がきた。
1日に1回は行われるこの訓練で、今のところイルゼは無敗だった。
剣技だけなら、ユージーンにも、騎士学校時代でもほとんど勝っていた。ほんの数回負けたことがあるだけだ。
それでなければ、体力で負けるユージーン相手に、とても首席を勝ち取る事は出来なかっただろう。
まだ実践訓練に参加し始めて1週間程度だが、なんだか・・・・先輩方の実力がメキメキと上がっていっている気がする。
何より気合が違う。
初日にはあまり勝ち気が無かった人も、気合十分、全力でぶつかってくる。
騎士学校を卒業したばかりの可愛い女性騎士に、雁首揃ってコテンパンにされ、男子寮では訓練後自主練をする者が後を絶たないことを、イルゼは知らない。
たまに冗談めかしてアドバイスを求めてくる先輩もいるので、聞かれれば思ったことを正直に言うようにしている。
―――――確かこの人には、まずは体幹を鍛えるべきだと言ったけど。すごいな。断然違う。1週間でよくここまで。
―――――左利きを活かした戦法を、よく考えている。まだ試して調整しているところのようだ。
―――――うん、気力は十分だ。バランスも良い。この人は後は、地力を上げるのみ!!!
お次の相手は、ユージーンだ。
―――――相変わらずバランスが良い。力もあるし、追いつかれるのも時間の問題だ。でも、
私だっていつまでも、同じ位置にいる訳ではない。
―――――ユージーン、学生の頃は、型にはまりすぎていた。だが今は・・・・
―――――『それでいい。俺のことが好きにならなくても』『ただもう少し、頼ってくれるようになったら、嬉しいけどな。』『時間をくれ。お前以外に考えられない。』『少しでも長く一緒にいられたら――――』
「・・・・・・・・っ!!!!!」
気が付いた時には、ユージーンの剣に弾かれ、イルゼは自分の剣を取り落としていた。
「そこまでぇ!!!!!勝者ユージーン!!!」
「うおおおおおぉぉぉーーーーーーーーーー!!!!」
ただの5分間手合わせ。しかも途中だというのに、なぜか大盛り上がりする面々。
うおおおおおおぉぉぉぉーーーーーー!!ついに男子寮の奴が1本とったぞーーーーー!!!
よくやったユージーン!!
ユージーン。救国の英雄扱いである。
「ぐぅ。くそう。まだまだ未熟・・・・・。」
ユージーンが、イルゼの剣を拾って、差し出してくれる。
「剣を取り落とすなんて・・・私は騎士として失格だ。」
「いや、5分訓練でなにもそこまで・・・・。」
ガックリと項垂れて、あまりにも悔しがるイルゼに、逆に冷静になる勝者ユージーンだった。
フェルクス侯爵家にお邪魔した次の日の朝だった。
女子寮を出ると同時に、そんな声が掛けられたのは。
今朝は目が覚めて、窓を開けて空気を入れ替えている時から、何か違和感を覚えていた。
風に乗って運ばれてくる、キャッキャという黄色い女性たちの声。
大抵は訓練か任務のある女性騎士は、普段朝からはしゃぐような真似はしない。
真剣で凛々しい面持ちで、訓練に、そして任務にと赴くのだ。
それがどうだろう。今日は寮を出ると、先に出かけていたはずの他団の女性騎士達が、何かを囲んではしゃいでいるではないか。
その輪の中心にいるのは、小さめとは言え薔薇の花束を抱えた、一人の若き騎士。
その騎士はイルゼの姿を見つけると、心から嬉しそうな顔をして(ここでまたキャー、可愛い!と諸先輩方の歓声)、走り寄ってくるではないか。
言わずと知れたユージーンである。
「お、おはよう。」
会えて嬉しいも何も、寮の出入り口で待っていれば、会うに決まっている。
夕食は歓談などもしながらゆっくり楽しむこともある騎士達だが、任務や訓練前の朝食は手軽に素早く食べる者が多い。
そのため、ユージーンとは、夕食はほとんど一緒に摂っていたが、朝食は別々なことが多かった。
イルゼの朝食は、いつもミルクを飲んで、卵とチーズをパンに載せてかじったらお終いだ。5分もかからない。その為朝は食堂でユージーンと会うことはほとんどなかった。
アマンダとも、最初の頃は中々起き上がれないイルゼを引きずるように一緒に行ってくれたが、今ではそれぞれのタイミングで別々に行っている。
「良ければ一緒に食堂へ行かないか。」
そう言いながら差し出された薔薇の花束を、引きつった笑顔で受け取る。
―――――どうするんだこれ。
「別にいいが・・・5分で食べ終わるぞ。」
「良いよ。少しでも長く一緒にいられたら嬉しいから。」
キャー―――!!!
ユージーンくん素敵!!
がんばってぇー
―――――え、ちょっと。いつも貴族なんてくそくらえ。薔薇の花束とかもってくるような軟弱な男一ひねりして追い返してやるわとか言ってませんでしたか、お姉さま方。がんばってぇーって、誰だよ。・・・・・・・アマンダ!?
そんな事を考えているイルゼの前に、差し出される手。
「・・・・・なんだ?」
「食堂までエスコートを。」
「勘弁してくださいお願いします。」
本気を出した貴族令息の破壊力はすさまじかった。
また寮に戻るのも大変なので、薔薇は食堂のおばちゃんに渡して、食堂のテーブルに飾られることとなった。
おばちゃんは喜んで、ウキウキで受け取ってくれた。
ユージーンに一応断りをいれたが、ユージーンも元々そうするつもりだったらしい。
新人は今日も訓練だ。まだ一度も外へ任務に赴いていない。
訓練中は、さすがにユージーンは真剣で、口説いてくるようなことはなかった。
考えてみれば、毎日訓練訓練で忙しく、その他の時間もスケジュールがタイトに規則正しく決まっている。女子寮は男性立ち入り禁止だし、男子寮には女性が入れない。
そうなると、会えるのは食事時のみ。
口説ける期間が3か月と決まってしまったユージーンが、本気を出してくるのも無理はなかった。
まだ入隊1か月。
普通なら新人の誰がリタイアするか、誰が残るかという話題で殺伐とする時期らしいが、地獄の訓練2日目にして女性をナンパする伝説の男の登場で、騎士団は少々華やいでいた。
例年よりも、新人の脱落率が大分低いらしい。
曰く、この2人の行く末を死んでも見届けたいとのことだ。更に食堂でのやり取りを目当てに、食欲がなくても這ってでも出てくるので、今年の新人は体力がつくのが早かった。
イルゼも、訓練が始まると、自然とそれに没頭していった。
思い切り身体を動かすことが。日々鍛錬して、昨日より早く走れることが、高く跳べることが、剣を思い通りに振れるようになっていくことが、好きだった。
「それでは、実践訓練に入る。イルゼとユージーン以外は、ガイの指示にしたがってくれ。」
「「「「はい!」」」」
イルゼが一番好きな訓練である、剣の手合わせの時間がきた。
1日に1回は行われるこの訓練で、今のところイルゼは無敗だった。
剣技だけなら、ユージーンにも、騎士学校時代でもほとんど勝っていた。ほんの数回負けたことがあるだけだ。
それでなければ、体力で負けるユージーン相手に、とても首席を勝ち取る事は出来なかっただろう。
まだ実践訓練に参加し始めて1週間程度だが、なんだか・・・・先輩方の実力がメキメキと上がっていっている気がする。
何より気合が違う。
初日にはあまり勝ち気が無かった人も、気合十分、全力でぶつかってくる。
騎士学校を卒業したばかりの可愛い女性騎士に、雁首揃ってコテンパンにされ、男子寮では訓練後自主練をする者が後を絶たないことを、イルゼは知らない。
たまに冗談めかしてアドバイスを求めてくる先輩もいるので、聞かれれば思ったことを正直に言うようにしている。
―――――確かこの人には、まずは体幹を鍛えるべきだと言ったけど。すごいな。断然違う。1週間でよくここまで。
―――――左利きを活かした戦法を、よく考えている。まだ試して調整しているところのようだ。
―――――うん、気力は十分だ。バランスも良い。この人は後は、地力を上げるのみ!!!
お次の相手は、ユージーンだ。
―――――相変わらずバランスが良い。力もあるし、追いつかれるのも時間の問題だ。でも、
私だっていつまでも、同じ位置にいる訳ではない。
―――――ユージーン、学生の頃は、型にはまりすぎていた。だが今は・・・・
―――――『それでいい。俺のことが好きにならなくても』『ただもう少し、頼ってくれるようになったら、嬉しいけどな。』『時間をくれ。お前以外に考えられない。』『少しでも長く一緒にいられたら――――』
「・・・・・・・・っ!!!!!」
気が付いた時には、ユージーンの剣に弾かれ、イルゼは自分の剣を取り落としていた。
「そこまでぇ!!!!!勝者ユージーン!!!」
「うおおおおおぉぉぉーーーーーーーーーー!!!!」
ただの5分間手合わせ。しかも途中だというのに、なぜか大盛り上がりする面々。
うおおおおおおぉぉぉぉーーーーーー!!ついに男子寮の奴が1本とったぞーーーーー!!!
よくやったユージーン!!
ユージーン。救国の英雄扱いである。
「ぐぅ。くそう。まだまだ未熟・・・・・。」
ユージーンが、イルゼの剣を拾って、差し出してくれる。
「剣を取り落とすなんて・・・私は騎士として失格だ。」
「いや、5分訓練でなにもそこまで・・・・。」
ガックリと項垂れて、あまりにも悔しがるイルゼに、逆に冷静になる勝者ユージーンだった。
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