bounty

あこ

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★ dear hunter,

02

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ハンターという職業はやっかいだとアンが初めて感じたのは、テオが不在になって半月も過ぎた頃である。
依頼は基本的に“いついつまでに”と指定されているとはいえ、難しいもの遠いものになればなるほどが多い。これはアンも知っている事だ。
難易度を無視した期間や受け手の命を軽んじるような依頼を多く持つようなギルドもあるが、この街のギルドは王国一のギルドという“プライド”を掲げ滅多な緊急事態ではないかぎり、難易度に考慮した日数を設けている。
テオがここまで不在になるという事は、難易度か距離の問題が大きいのだろうとアンは考えていた。
(一体、どんな依頼を受けたんだろう)
市場で野菜片手に思う事ではないだろうけれど、アンはふとした拍子にそんな事を思う。
アンの感覚からすると、アンの中にのだ。
王都にくる前も来てからも、友人はいた。でもその友人のだれもがこんなふうに、テオのように“居座っている”事なんてなかった。
もし会えないだけでこうなるのであれば、故郷の友人は四六時中居座っているはず。
そう思う気持ちもアンの心を揺さぶった。
自分はどういう気持ちでテオを見ているのだろうか。と。

テオが帰ってきたのは、テオが依頼に出てからひと月過ぎて今日。
アンが自分の気持ちにぐちゃぐちゃになっている、今日だ。
「ただいまかえった」
「お、おかえり?」
テオはアンが仕事から帰るところを待ち伏せしたかのように、もうあと5分で住んでいる集合住宅が見えるというところに立っていた。
「朝イチでギルドによって、全部渡してきたんだ。多かったからな」
「随分かかったんだね。依頼っていつも、そんなかんじなの?」
返事を聞く前にアンはテオを自宅へ誘った。朝イチで帰ってきた様子のテオに帰宅を促すよりも、話をしたいという気持ちが強かったのである。アンに自覚はなかったけど。
自覚がないから、誘われた事とアンのそのをしっかり受け取ったテオが、嬉しそうに笑う理由がアンには分からなかった。

自宅でテオにお茶を出して椅子に座る。テーブルも椅子も、ここの備え付けだ。備え付けの家具はアンの趣味ではないけれど、贅沢は言えない。
「やっぱりいいもんだな。こう落ち着けるってのは」
「そう?」
「今回はふたつまとめて受けてたんだ。丁度同じような場所だし、俺ならまあいけるだろうってギルドも許可してくれてな」
「テオって俺から見ると異常体力人間だよ」
「今となって自慢できるのは、だからな」
あははは、とテオは笑う。
「で、今日俺が待ち伏せしたのはよ、土産を持っていたからなんだ」
テオが「これこれ」とジャケットのポケットから無造作に出したのは、綺麗な色の石。大きさは手のひらサイズのそれは、綺麗に向こうが見えるほどの透明で下の方だけ少し色がついており水色のゴツゴツしている群晶。透き通っていて、光をキラキラと反射させ綺麗だ。
「蛍鉱けいこうせき石ってやつで──────アンは使じゃねえよな?」
「うん。いや、かな。精霊使いとか、魔術とか、そういうのは調べるとかなかったから、使ってかんじだよ」
「じゃあ、使えないとして、この蛍鉱石は精霊が好むって言われているんだ。だから日中陽の当たるところに置いておくと、精霊が気まぐれでこいつに力をわけてくれる事がある。そうすると、陽が沈むとこれが淡く光るんだ」
「これ、じゃないの?」
「さあ?俺は興味ねぇし、依頼の対象じゃねえし。こいつが作られる条件に合いそうな場所に依頼があったから」
「ん?」
アンは手の中の蛍鉱石を眺めていたが、顔をあげる。なにやら不思議な発言が聞こえた。
「依頼ついでじゃなくて?依頼ついで?」
「そうだぜ。採りに行くなら勿体無いだろ?折角だしな、金儲けもしておこうかと思ってよお」
「はああ!?」
「アンはこういうの好きじゃねえかなあって思って。アン、前に露天で売ってた燐光石りんこうせきのかけらを眺めてただろう?こういうの好みなんかなあって思ってさ」
「思ってさって……こんな、なんで」
きゅっと蛍鉱石を握ったアンにテオはいう。

「好きだから。だから自分が出来る事はしたくなるだろう?俺は鉱物ハンターだぜ?好きな人が好きだろう鉱物なら、どこまで行っても採りに行くさ。ありがたい事に、俺はその能力があるんだからなァ」

精霊は気まぐれと聞いていたアンは「この石は光るのだろうか」と心配もしていたが、蛍鉱石は毎夜優しく光ってくれた。
優しく光る蛍鉱石が窓際にある。あまりに綺麗で見飽きない。
アンが王都図書館で調べたところ、蛍鉱石は燐光石と違い“精霊が魔力を込めないと光らない”という欠点があるが精霊使いの多くが好んで身につける鉱物と書いてあるのを見つけた。しかし需要と供給が一致していないのだという。欲しい人に対して、供給出来る数が少ないらしい。
すべて図書館内で分かった情報だけれど
(テオは「裏庭で拾ってきた」みたいなニュアンスで言ったけど、そんなので採ってこれるものじゃないってのは、十分分かった)
もしかしたらテオは「裏庭で拾ってくる」みたいな感じで採ってこれるのかもしれないけれど、わざわざ好きそうだからと採ってきてくれた石は見た目の何倍もの重さがあった。
気持ちや想いは目に見えないし、物差しや秤で測れないというけれど、柔らかい光を放つこの石は本当の重さの何倍もの気持ちをアンに見せてくれている。
(思えば、慣れてからのテオは俺に取って初めてづくしの規格外だったような……?)
アンが元は難民だったからか、自分と母親を保護してくれた“故郷”の人たちは、穏やかにゆっくりとアンと距離を縮めてくれた。そうでなければアンは、不安や恐怖などの負の感情で不快感に襲われる事もあっただろう。その幼い時の感覚でアンはこれまで人との距離を縮めたりしてきたのに、テオはそれを完全に無視。アンからすれば想像も出来ない速さで縮めてきたのだ。それなのに、それが不快じゃない。
アンがいつの間にかそういう人間になったのか、それともテオがアンを上手い事見極めてくれたのか。
そんな事はアンにはさっぱり分からなかったけれど、とにかくアンは気がつけばすっかりテオをパーソナルスペースに入れ、テオのパーソナルスペースに入ってしまった。
初対面から今に至るまで、ここまで好意を一貫して、前面に押し出された事もない。
いくら「いつまでも待つさ。だってアンがはっきり俺が好きか嫌いかわかるまで、考えてもらわないと困るだろ?」と言われていて、アンがその通り答えを出さずにいたとしても、同じ熱量、いやどうやらどんどん膨らんでいる熱量で好意を伝えられた事もない。
職場の食堂にはしょっちゅう顔を出して、好きだとか、遊びに行こうだとか、人の目を気にしてるようで気にしてないような大胆さで声をかけてくる。
遠慮があるようでないような、不思議な接し方をされてアンは分からないままに絡め取られているような気さえしていた。
「なのになあ……困ったなあ」
同性と付き合う事が出来るのか、という悩みは
テオと付き合えるのかどうか、それを考えている事も分かっていた。
考えている理由も判ってしまっているのなら、アンに言えるのは一つだけなのだろう。
それもアンは、判っていた。

ある日の帰り道。
夜のバーでストルを演奏したアンを、テオは迎えにきてくれていた。
一体どこでスケジュールを仕入れたのだろうか、なんてもうアンはあまり考えない。どうもオーナーがリークしているようなのだ。
あの日、テオと付き合えるのかどうかと考えていると認めたあの日から、どうもアンは時々挙動不審になってしまう。
テオにただ「付き合う」とかそういう事を言えばいいのに、告白するというのはものすごい力が必要で言えずにいる。
言おうとしても喉の奥にひっかかり出てこないのだ。
なんだかどうにも情けない気持ちになって頭を抱えてしまいそうになった時、テオが立ち止まった。
「アン、俺に言いたい事とか、ある?」
アンは思わず首を振ってしまう。チャンスだったのに。
苦しそうな悔しそうな顔をしているアンを見て、テオは可愛いものを見た、と言いたげに一瞬微笑んで

「なあ、アン、俺と付き合ってくれよ。俺は上手い言葉なんざ、ひとっつもいえねえけど、アンと一緒にいたいんだ。たまらなく、好きなんだよ。愛したいんだ。アンが愛してくれたら嬉しいけどさ、好きだけでも当分はいいからさあ」

器用に耳だけ真っ赤にして、真面目な顔でいう十も年上の男にアンは笑顔を向ける。負けたと思った。
「当分はいいなんてバカな事を言うなら付き合わない。でも、俺にもテオを愛させてくれるなら、良いよ」
テオはアンに負けないほど嬉しそうに笑う。
本当にこの人は、自分と付き合える事が嬉しいんだとそう、誰もが判るほどに嬉しそうに。
アンはこの時初めて、母が「笑顔でいる人の周りには人が集まり、素敵な出会いがある」と教えてくれた時の笑顔の理由を分かった気がした。
きっと母は「私はね、アンが好きよ。大切な我が子だもの」と言ってくれた時のあの笑顔で父親と愛を育んだんだろうと、アンはそう思ったのである。


後日談だが、なんで突然テオが改めてしっかり告白したかと言うと
「どうやら自分に好きって言おうとしてるって、モゴモゴしてるアンちゃんがくっそ可愛くて数日黙って愛でてたんだけどな。何日も何日もアンちゃんから告白の返事待っていたからさぁ、我慢できなくて」
とのこと。
もしかしたらアンは、アンが自覚するよりも早く、テオに気がつかれていたのかもしれない。
自分がテオを好きだ、と思い始めた事に。
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