【第一部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

文字の大きさ
70 / 247
五章

11、愛情

 就寝前、俺は部屋で新聞を読んでいた。翠子さんは、雑誌を眺めている。『少女の友』という題字が見える。
 確か少女歌劇の特集や、抒情性のある浪漫あふれる少女小説で、女学生に人気の雑誌だ。
 学校でも休み時間に生徒が読んでいるのを見かけることがある。
 学業に必要のないものを持参するなと注意しても、教師の目を盗んで持ってくるので、困っているのだが。

 だが、翠子さんは同じ頁を開いたままで、ぼんやりとしている。時折、俺をちらっと見ては、また誌面に視線を落とす。

「翠子さん。俺に何か言いたいことがあるんじゃないか」
「いえ、何も」

 嘘をつくんじゃない。目が泳いでいるぞ。
 俺がにじり寄ると、翠子さんは体を引いた。膝に置いた雑誌が畳の上にばさりと落ちる。
 それを慌てて拾い上げて、自分の顔を隠した。

 俺の目の前には、翠子さんの顔ではなく、目がやたらとぱっちりとしてまつ毛がばしばしの女性の絵がある。

 庭から蛙の鳴き声が聞こえてきた。俺はしつこいので、翠子さんが根負けするまで、雑誌の表紙に顔を近づけたままにした。

「圧迫感が……すごいです」
「別に何もしていない」
「そうですけど。旦那さまの視線が強くて、雑誌を突き破りそうで」
「君も大概失礼なことを言うね」

 俺がため息を洩らすと、翠子さんはおずおずと雑誌をずらした。

「で? 何が言いたいんだ?」

 さすがに翠子さんは諦めたのか『少女の友』を、畳に置いた。
 こっちは、宿題もせず試験勉強すらもしないくせに及第点をくれと嘘泣きする女学生を、もう何年も相手にしているんだ。
 少しくらいの抵抗など、可愛いもんだ。

「あの、文子ふみこさんが」
「どうしてここで深山みやまさんの話になるんだ」
「いえ、その。高瀬先生と皆月みなつき先生がお似合いだと言って……その、つまらない嫉妬は良くないのですけど」

 せっかくの『少女の友』を、翠子さんは丸めては広げて、を繰り返している。
 しかし、嫉妬だと? 俺とあの魔女にか。
 二人の間の会話は、ほとんどあなたの話題だったというのに。

 まったくこの人は、自分が……自分だけが俺に愛されているともっと自信を持てばいいのに。
 
 俺は立ち上がると庭に下りて、手押しポンプの取っ手を押して、井戸から水を汲んだ。ざぶざぶと澄んだ水が、桶から溢れる。
 それに手ぬぐいを突っ込んで、翠子さんの元へ戻る。

「旦那さま?」
「こちらへ来なさい」

 手招きをすると、翠子さんは縁側に腰を下ろした。絞った手ぬぐいを、彼女の火照った頬に当てる。
 冷たさが心地よいのか、翠子さんはゆっくりと瞼を閉じた。

「翠子さんは、俺が他の女性と話しているだけで嫉妬するんだな」
「すみません。よくない感情だと分かってはいるんですけど」

翠子さんは小さな声で答えた。
 
「焦ってしまったんです。高瀬先生には大人の世界がおありになって。仕事でもいろんな方と関わっていらっしゃいますし。わたくしは、先生のようにこの街の外で暮らしたことがありません。世間を知らない子どもみたいなものですから……先生に釣り合っていないのではないかと、そう思って」

 翠子さんの顔は、冷やす前よりも赤くなっている。これは日光に当たったせいではない。

「嫉妬なんて、いけませんよね」
「一般的には、そうかもしれないが」
「なら、我慢します。先生が他の女性とお話ししていても、嫉妬しないように……完璧には無理ですけど、努力はします……できると思います」

 翠子さんは決意表明のつもりなのか、拳を握りしめている。
 けれどその拳は、ゆっくりと下に降ろされた。
 落ち着かない様子で瞬きをしながら、薄紅の唇が開いて、ためらいがちに言葉を紡いでいく。

「もし嫉妬してしまったら。それでもわたくしのことを、好きでいてくださいますか?」

 ああ、もう。それくらいにしてくれ。
 俺は片手で顔を隠した。

「せんせ……いえ、旦那さま?」

 浴衣の腿の辺りを、手できゅっと握りしめながら、翠子さんが俺を見上げる。
 本当に困るんだ。
 あなたの嫉妬は、俺のことを好きすぎるからだ。しかも真っすぐに愛情をぶつけられて、嬉しくないはずがない。

「俺はあなたに愛されて、光栄ですよ。お嬢さま」

 翠子さんの手を取ると、そっと手の甲にくちづけた。
感想 10

あなたにおすすめの小説

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

「職場では隙のない完璧な先輩が、家ではゆるニットで甘えてくる。それでも彼女は、まだ俺の恋人じゃない」

まさき
恋愛
会社では完璧で、誰も近づけない先輩。 そんな彼女と、俺は同じ部屋で暮らしている。 「…おかえり」 ゆるニット姿の彼女は、家でだけ甘い声を出す。 近い。甘い。それでも―― 「ちゃんと付き合ってから」 彼女は知っている。自分が好きになりすぎることを。 嫌われるのが怖くて、迷惑になるのが怖くて。 だから一歩手前で、いつも笑って止まる。 最初から好きなくせに、言えない彼女と。 気づいているのに、待っている俺の話。