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十章

9、夕立ち【3】

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 旦那さまのくちづけは止むことがなく。それはまるで激しい夕立のように、わたくしを襲い続けます。

 肌に触れられているわけではありません。着ている服は、何一つとして乱れていないのです。
 ブラウスの襟も乱れていませんし、ボタンは一つとして外されておりません。ふわりとした藤色のスカートだって、これっぽっちもめくりあげられていません。
 
 板の間に座っていたわたくしは、三和土から身を乗り出した旦那さまに押し倒されました。
 いつもの縁側とは違う、磨き上げられていない板の床。
 床に耳が近くなったせいで、外の学生たちの足音がよく聞こえます。

「うわ、なんか玄関から水が洩れてないか? この部屋」
「え、でも。違うだろ。この雨だし、ほら俺らの足下もびしょ濡れだし」
「……だと、いいけどさ」

 きっと旦那さまが濡れていらしたので、そのせいで三和土を水が伝ったのでしょう。
 お願い、気づかないで。このまま立ち去って。
 そう必死で願うのに、旦那さまは接吻をやめてくださいません。

 喉の奥の方を、旦那さまの舌が触れるから。肌がぞくりと粟立ちます。舌を嬲られすぎて、じんじんと痺れて……なのに旦那さまの指が口に入ってきて。
 快感は口内にだけ与えられているはずなのに。全身が甘く痺れて……敏感になって。
 でも、ここは外ですから。決して旦那さまはわたくしの体に触れようとなさいません。
 
「大丈夫。溶けてしまいなさい」
「……でも」
「抱き上げて連れて帰ってあげるよ。家に帰ったら、存分に愛してあげるから」

 雨の勢いはさらに増したのでしょうか。屋根を叩く雨音が激しくなり、外の学生たちは自室に戻ったのか、どこかの扉が閉まる音が聞こえました。

 人の気配がなくなっても、旦那さまはキス以外なさいません。
 触れられてもいない肌がひりついて。旦那さまから滴る雨の雫にも、反応して達しそうになってしまいます。

「駄目だよ、翠子さん。ちゃんと我慢して」
「……はい」

 旦那さまの瞳には、陶然としたわたくしの顔が映っています。肉食獣に食べられる草食獣のように、もう抵抗もできません。

 もどかしくて、おかしくなってしまいそうです。

◇◇◇

 雨が止み、俺は翠子さんを抱き上げて外に出た。
 薄い扉を開くと、湿った重い風が狭い室内に吹き込んでくる。
 屋根から落ちる雨の雫。階段を下りると、地面はどこもかしこも水たまりができていた。

 俺に抱えられただけで、翠子さんは気を遣りそうになった。だが、我慢するように命じていたから、親指を噛んで必死にこらえている。
 なんと、いじらしいのだろう。
 左腕を俺の首にまわして抱きかかえられた翠子さんは、知らぬ人が見れば具合が悪いのかと思うだろう。

「旦那さま、びしょ濡れじゃないですか」
「ああ、夕立に降られてね」

 家に戻ると、銀司が慌てて玄関に飛び出してきた。

「あの、翠子さまは。お加減が?」
「いや、大丈夫」

 すぐに風呂を沸かしてもらうように命じ、そのまま部屋へと翠子さんを連れていく。
 お清は、どうやら買い物に出かけているようだ。
 銀司はすぐに手拭いを持ってきてくれた。いったい何枚あるんだと驚いたが、それほどに俺は濡れそぼっていたらしい。

「旦那さま……もうお家に着いたの?」
「ああ、よく我慢したね」

 翠子さんを部屋に横たえて、俺は手拭いで髪を拭きながら、開襟シャツを脱いだ。
 濡れたシャツのボタンは外しにくい。それに肌に張り付く布がもどかしい。
 いっそ破ってしまいたいほどだ。

 あれほど唇を重ね続けて、恍惚としたのは何も翠子さんだけじゃない。俺もだ。
 翠子さんのブラウスのボタンを外し……ああ、ここでもボタンだ、指先が冷えきっているから、まったくもってじれったいほどに外せない。

「済まない、翠子さん」
「何をお謝りになるの?」
「……とにかく済まない」

 ろくに服も脱がせぬままに、俺は翠子さんのスカートをたくしあげた。
 こんな性急にあなたを抱くのは、これまでなかった。
 下宿の空き部屋でキスを重ねていたから、翠子さんの秘された部分はすでに濡れていた。
 そこに指先で触れることもなく、貫くのは初めてだ。

「……っ、あぁ……ぁん……っ」

 最初抵抗があったが、まるで熟れた果実のように、熱く湿った翠子さんの中に俺は包まれていった。
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