泣き虫龍神様

一花みえる

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秋霖 【10月短編】

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    坂口さんから、 約束通り一番大きな焼き芋をもらったおみは、ご機嫌で口いっぱいに頬張っていた。それだけじゃ飽き足らずバターを乗せたり蜂蜜をかけたりとアレンジを加え、気づけば大量にあったサツマイモが残り僅かになってしまった。
    元々よく食べるほうだし、今のおみはいくら食べても足りないくらいだ。とにかくたくさん食べて、たくさん遊んで、たくさん眠ることがおみの仕事とも言える。
    とはいえ。
「りょーたぁ……お腹がぱんぱかぱん……」
「見事にまん丸だなぁ」
    おやつどころか晩ご飯分まで焼き芋を食べたおみは、まん丸になったお腹を抱えて帰るはめになっていた。芋は腹に溜まるとあれほど言ったのに。 
    甘くてホクホクの焼きたての誘惑には勝てなかったのか。
「坂口さん、喜んでたぞ。おみがたくさん食べたから」
「ほんと?」
「丹精込めて作ったお芋を、美味しく食べてもらうのが何よりも嬉しいんだってさ」
「おみもたくさん食べると嬉しい」
「平和だなぁ」
    もうすっかり日が沈み、辺りは薄暗くなっていた。一ヶ月前はまだこの時間でも明るかったのに。暗くなるのはあっという間だ。
    腹ごなしにのんびり歩いていると、どこからか虫の声が聞こえてきた。リン、リン、と鈴がなる様な音だ。
「これ、なんの音?」
「鈴虫だよ。秋の虫だ」
「夏には聞こえなかった」
「蝉の声ばっかりだったもんな。今はもう秋だから、鈴虫が鳴くんだ」
    草むらのほうから途切れることなく鈴虫の声がする。空には半分の月が浮かんでおり、なんとも風流な夜長である。
「みぃー……りょーた、だっこ……」
「お前なぁ……」
    駄々っ子の愚図りが全てを台無しにしてしまう。なんともおみらしい。
「眠いんだろ」
「ねむ……ねむい……うにゃ……」
「立ったまま寝るな、ほら、抱っこするから」
「わーい」
    力の抜けた歓声を聞きながら、おみを抱き上げる。睡魔のおかげで体はいつも以上にポカポカだ。
    軽く背中を撫でたらすぐに寝息が聞こえてきた。俺も随分と慣れてきたな。
「明日からは忙しくなるから、ちょうど良かったのかもしれないな」
    来週からの遠出に向けて、そろそろ支度を始めないといけない。織田さんも来ると言っていたから、きっとバタバタするだろう。
    せめて今くらいはのんびりしてもらおう。このふわふわで柔らかい髪とも、小さくてもちもちした頬とも、ぷくぷくな両手とも、しばらくお別れなのだから。
「おやすみ、おみ」
「んにゅ……」
    秋の香りを纏った風が、静かに俺たちの頬を撫でていった。
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