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雨の海【1月長編】
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帰りの車の中でもずっと抱きついたまま、おみはぐしゅぐしゅ鼻を鳴らしていた。こんなにもたくさん泣いているのに雨が降らないのは、おいちさんたちの霊力の方が強いからだそうだ。おかげで好きなだけ泣くことが出来ると思ったのか、おみはいつもよりも甘えたがりになっていた。
暖かい着物に着替えて、ふわふわのタオルケットにくるまってしらたきを握りしめている。もう少し落ち着いたらきっと今日の華々しい成果を話すのだろう。それまではもう少しだけ泣き虫モードだな。
「社に着いたら、天海と雨結が夕飯を作っている。楽しみにしておけ」
「あの二人、本当に料理上手よねぇ」
「だってさ。おみ、よかったな」
「みぃ……」
弱々しい返事と重なって、とても元気よくお腹が鳴っている。よかった、大丈夫そうだ。社に着くまでの数十分、俺はずっとおみの頭を撫でていた。
「みなさん、お帰りなさいませ」
「おかえりー! ご飯できとうよ!」
俺たちを出迎えてくれた雨結さんと天海さんが、食堂へと案内してくれる。その頃にはもうおみの頭の中は晩ご飯のことでいっぱいになっていた。
すんすん、鼻を動かしながら廊下を歩いている。
「おだしのかおりがするー」
「鼻がいいなぁ」
「じゅるり」
「……ご飯限定か?」
食堂には、すでにたぎさんが座って待っていた。大きな食卓にはたくさんのおにぎりと稲荷寿司、それからおでんの入った大きな鍋が置かれていた。
そしてもちろん、お酒の瓶も。
「お、泣き止んだね?」
「うん。もうげんき」
「じゃあたくさん食べりぃね」
「うぃ」
さっそく座ったおみが、自分の取り皿におにぎりを二つ乗せる。さすがにおでんの鍋には手が届かなかったようで、俺に抱っこするようせがんで来た。
なんとも旺盛な食欲だ。
「おみちゃん、今日のメインはうどんやけね。食べすぎたらいかんばい」
「あめしゃ、うどんもあるの?」
「そうばい! 福岡といったらうどんやろ!」
そうなのか。てっきり福岡といえばラーメンだと思っていたのに。うどんも有名なんだな。
確かにうちの母も蕎麦よりうどんの方が好きだった気がする。
「たぎ様、トッピングはどうされますか?」
「もちろんかしわ! 大盛りで!」
「おいち様はごぼ天でいいとかね」
「ああ。いつもので頼む」
ごぼ天とは、ゴボウの天ぷらであっているのかな。かしわは確か鶏肉のことだったはず。地域性が出るなぁ。
「私は丸天がいいわぁ。それとお葱多目で」
「かしこまりました」
なんだか知らない言葉が飛び交っている。俺は一体何を頼もうかな。せっかくだから普段食べられないものがいいが。
どれも気になって選べない。
「おみ、お前はどうする?」
「うーん、うーん」
「おみちゃんと室生さんは特別やけ、楽しみにしとって!」
「とくべつ?」
どうやら最初から決まっていたようだ。よかった、お勧めなら間違いはないだろう。うどんが出来るまでの間、おみにおにぎりを少し分けてもらいながらのんびり待つことにした。
味ご飯のおにぎりは出汁がしっかりと効いていて、具材も多く食べ応えがある。鍋に入っていたおでんもじっくり煮込まれて味が染み込んでいた。トロトロになった大根をつついていると、雨結さんが大きなお盆を持ってやってきた。
「お待たせしました」
「わー! みうしゃ、ありがとー!」
俺たちの前に置かれたうどんには、大きなごぼ天が二本、丸いさつま揚げが一枚、そしてたくさんの鶏肉が入っていた。
なるほど、これは間違いなく「特別」だな。
「それと、おみちゃんは今日頑張ったって聞いたからこれもおまけ」
「みゃー!」
おみのうどんには、卵が一つ入っていた。黄身がちょうど半熟で、麺に絡まるとたまらなく美味しいだろう。
お好みで天かすをどうぞ、と言われたので、これもまた福岡特有の文化だと知った。
「冷める前にはよ食べりぃね」
「アツアツだから気をつけてぇ」
「こちらもスマホの準備は出来ている」
なんだか注目されていて食べにくい。しかし、おみの空腹はそんなこと気にもとめないらしく、小さな手をぺちんと合わせて「いただきまーす!」と元気よく言った。
湯気が立ち上るうどんを一口すする。柔らかい麺に優しい味の出汁が染み込んで、すごく美味しい。サクサクのごぼ天はどこか甘い味がして、いくらでも食べられそうだ。
丸いさつま揚げ、つまり丸天と一緒に麺を啜ると口の中いっぱいに旨味が広がっていく。ぷりぷりのかしわも、たくさんの葱も、それから出汁を吸った天かすも。
どれも目眩がするほど美味しかった。
「うまま、うま」
「すごい、これ、毎日食べたい」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
お腹の中からポカポカしてきた。外は寒かったから、こういう温かくて優しいものが染み渡る。
気づいたら他のみんなもうどんを食べつつ、酒を飲み始めていた。やっぱりこの場所は賑やかで明るい。それに居心地がいいのだ。このうどんみたいに、優しくて暖かいからかな。
「りょーた、おいしーね」
「うん。すごく美味しい」
「おみ、がんばってよかったー!」
「すごかったよ。かっこよかった」
「ふふーん!」
賑やかな食事は、何時までも続いていた。
暖かい着物に着替えて、ふわふわのタオルケットにくるまってしらたきを握りしめている。もう少し落ち着いたらきっと今日の華々しい成果を話すのだろう。それまではもう少しだけ泣き虫モードだな。
「社に着いたら、天海と雨結が夕飯を作っている。楽しみにしておけ」
「あの二人、本当に料理上手よねぇ」
「だってさ。おみ、よかったな」
「みぃ……」
弱々しい返事と重なって、とても元気よくお腹が鳴っている。よかった、大丈夫そうだ。社に着くまでの数十分、俺はずっとおみの頭を撫でていた。
「みなさん、お帰りなさいませ」
「おかえりー! ご飯できとうよ!」
俺たちを出迎えてくれた雨結さんと天海さんが、食堂へと案内してくれる。その頃にはもうおみの頭の中は晩ご飯のことでいっぱいになっていた。
すんすん、鼻を動かしながら廊下を歩いている。
「おだしのかおりがするー」
「鼻がいいなぁ」
「じゅるり」
「……ご飯限定か?」
食堂には、すでにたぎさんが座って待っていた。大きな食卓にはたくさんのおにぎりと稲荷寿司、それからおでんの入った大きな鍋が置かれていた。
そしてもちろん、お酒の瓶も。
「お、泣き止んだね?」
「うん。もうげんき」
「じゃあたくさん食べりぃね」
「うぃ」
さっそく座ったおみが、自分の取り皿におにぎりを二つ乗せる。さすがにおでんの鍋には手が届かなかったようで、俺に抱っこするようせがんで来た。
なんとも旺盛な食欲だ。
「おみちゃん、今日のメインはうどんやけね。食べすぎたらいかんばい」
「あめしゃ、うどんもあるの?」
「そうばい! 福岡といったらうどんやろ!」
そうなのか。てっきり福岡といえばラーメンだと思っていたのに。うどんも有名なんだな。
確かにうちの母も蕎麦よりうどんの方が好きだった気がする。
「たぎ様、トッピングはどうされますか?」
「もちろんかしわ! 大盛りで!」
「おいち様はごぼ天でいいとかね」
「ああ。いつもので頼む」
ごぼ天とは、ゴボウの天ぷらであっているのかな。かしわは確か鶏肉のことだったはず。地域性が出るなぁ。
「私は丸天がいいわぁ。それとお葱多目で」
「かしこまりました」
なんだか知らない言葉が飛び交っている。俺は一体何を頼もうかな。せっかくだから普段食べられないものがいいが。
どれも気になって選べない。
「おみ、お前はどうする?」
「うーん、うーん」
「おみちゃんと室生さんは特別やけ、楽しみにしとって!」
「とくべつ?」
どうやら最初から決まっていたようだ。よかった、お勧めなら間違いはないだろう。うどんが出来るまでの間、おみにおにぎりを少し分けてもらいながらのんびり待つことにした。
味ご飯のおにぎりは出汁がしっかりと効いていて、具材も多く食べ応えがある。鍋に入っていたおでんもじっくり煮込まれて味が染み込んでいた。トロトロになった大根をつついていると、雨結さんが大きなお盆を持ってやってきた。
「お待たせしました」
「わー! みうしゃ、ありがとー!」
俺たちの前に置かれたうどんには、大きなごぼ天が二本、丸いさつま揚げが一枚、そしてたくさんの鶏肉が入っていた。
なるほど、これは間違いなく「特別」だな。
「それと、おみちゃんは今日頑張ったって聞いたからこれもおまけ」
「みゃー!」
おみのうどんには、卵が一つ入っていた。黄身がちょうど半熟で、麺に絡まるとたまらなく美味しいだろう。
お好みで天かすをどうぞ、と言われたので、これもまた福岡特有の文化だと知った。
「冷める前にはよ食べりぃね」
「アツアツだから気をつけてぇ」
「こちらもスマホの準備は出来ている」
なんだか注目されていて食べにくい。しかし、おみの空腹はそんなこと気にもとめないらしく、小さな手をぺちんと合わせて「いただきまーす!」と元気よく言った。
湯気が立ち上るうどんを一口すする。柔らかい麺に優しい味の出汁が染み込んで、すごく美味しい。サクサクのごぼ天はどこか甘い味がして、いくらでも食べられそうだ。
丸いさつま揚げ、つまり丸天と一緒に麺を啜ると口の中いっぱいに旨味が広がっていく。ぷりぷりのかしわも、たくさんの葱も、それから出汁を吸った天かすも。
どれも目眩がするほど美味しかった。
「うまま、うま」
「すごい、これ、毎日食べたい」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
お腹の中からポカポカしてきた。外は寒かったから、こういう温かくて優しいものが染み渡る。
気づいたら他のみんなもうどんを食べつつ、酒を飲み始めていた。やっぱりこの場所は賑やかで明るい。それに居心地がいいのだ。このうどんみたいに、優しくて暖かいからかな。
「りょーた、おいしーね」
「うん。すごく美味しい」
「おみ、がんばってよかったー!」
「すごかったよ。かっこよかった」
「ふふーん!」
賑やかな食事は、何時までも続いていた。
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