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喜雨【7月長編】
【浴衣】
しおりを挟む昼間のクルージングを終え、冷たいお風呂で汗を流したあと。部屋に用意されていたのは卸したての浴衣だった。
麻の浴衣は青白磁に花紺青の縞が入っていて、夜の闇でも明るく映えるようになっている。少し大人っぽいような気もするけれど、夏らしさも感じられる。おみは縹色の麻に卯の花色の兵児帯だ。浴衣の色は目の色、帯は髪の色に合わせてくれたのだろう。
ぴょこぴょこ揺れる尻尾は浴衣の裾からちらりと覗いているが、それもまた愛嬌だ。
「おおーりょーたにあうねー」
「そうか?」
「おそといこ!」
「はぐれないようにな」
「おてて、ぎゅーする」
背中にはしらたき、隣にはちびすけがしっかりと付いて来ている。こうやって花火を見に行くのは一年ぶりだな。あの時は、俺とおみだけだった。
わたあめを食べようとして失敗したり、半べそをかいて俺の浴衣をべしょべしょにしたり。あれから色々あったけれど。こうして家族が増えるとは思ってもいなかった。
「みんなではなび、たのしみー!」
「特等席で見せてくれるってさ」
「とくとーせき!」
「みゃん」
おみのはしゃいだ声につられて、ちびすけもこぎけんな声をあげる。
「おー! やっぱ似合うやん!」
「あらぁ、素敵ね二人とも」
「おみちゃん少しそこでターンしてくれ。動画を撮るから」
本殿の前では、こちらも浴衣に着替えた宗像三女神が勢揃いしていた。おいちさんは紺青色に大きな百合の柄、そこに小倉織の生成でクールに決めている。大輪の向日葵が眩しい浴衣は、健康的に日焼けしているたぎさんにピッタリだ。さらりと着こなしているが、薄青の献上柄で貝の口にしているところがお洒落へのこだわりを感じる。そんな二人とは対照的に翠色と薔薇色のコントラストがはっきりとした浴衣を着たおきつさんは、半襟や袖口にたっぷりのレースが使われていた。普段からレトロな着物を好んでいるから、きっと浴衣も彼女の好みなんだろう。
「みんなきれーだねー」
「うふふ、ありがとう」
「さ、早く行こうや! 急がな花火が上がり始めるけんね」
「おみちゃん、そこでターンを」
「ししょー! 僕も一緒に行きます!」
みんな、楽しそうに歩き始める。その姿を見て、ああ、なんて幸福だと胸の奥が締め付けれた。去年の夏は右も左も分からないまま、自分なりにおみと向き合っていた。
どうすれば喜ぶだろうか。甘やかしてはいけないと分かっていても、可愛くてしょうがない。そもそも俺はおみの隣に居て、果たして相応しい存在と言えるのだろうか。
そんなことばかり考えていたように思う。
でも、今は。
「りょーた、みんなまってるよー」
「うん。行こうか」
今は、こんなにもたくさんの人に囲まれている。遠く離れていても。人と神であっても。俺たちは互いに手を取り生きていけるのだ。
それを幸せと言わず、なんと言おうか。
「にこにこ?」
「そうかも」
「りょーたがうれしいと、おみもうれしー!」
へらり、とおみが笑う。
俺もつられて、へにゃりと笑った。
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