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第一章 不遇の伯爵令嬢編

いつもの事なので

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「アイシャ、お前とルーカスとの婚約を破棄する」

 ある日、書斎に呼び出された私は父からそう告げられた。
 ゾーン伯爵家の長女である私と、アディン伯爵家の次男ルーカスとの婚約が成されたのは五年前の事。さらにその一年前に私は母を亡くしており、彼との婚約は母同士の意向が反映されていたと聞く。

「…………サラ、ですか?」

 婚約破棄されるような心当たりを探るが、失態らしき失態を彼の前でした覚えもなく。行き当たったのは、「いつもの事」だった。

「サラが、欲しいと言ったのですね? 私の、婚約者を」
「私に打診してきたのはルーカスだ」

 父はそう言うが、ルーカスにそう言わせたのはサラだろう。
 サラ――私の異母妹、サラ=ゾーン。
 彼女の母親は元々は屋敷の侍女だったが父のお手付きの結果サラを身籠り、愛妾として別宅で囲われていたと聞く。十歳で母を亡くした後、正式に私と家族となった腹違いの妹は、その時七歳だった。
 苦労していたから、姉のお前が気遣ってやれと事あるごとに言われたが、彼女の我儘ぶり、両親の甘やかしぶりは、とてもそうは思えなかった。
 大体、母が生きていた頃に苦労させていたのなら、それは愛人を作っていた父のせいではなかろうか。

 ともあれ私は新しい家族に対しても、婚約者に対しても、それなりに上手く付き合えるよう努力してきたと思っている。例え親に決められた事で、そこに情はなくとも。

「ルーカスがサラと結婚したいと、そう言ったのですか?」
「ああ、お前がサラを虐めるのが見ていられないと言ってな……姉妹ならば相手を交換しても、問題はないだろうと」

 相手を、交換。
 これは単にルーカスの相手を私からサラに替えるだけではないだろう。サラには近々、決まりかけていた婚約話があった。
 要するに私はルーカスに婚約破棄された後、そちらに嫁げという事だ。

「アイシャ、お前はまたサラを虐めているそうだな。
そんなにサラが、アンヌが憎いのか」

 父の責めるような物言いに笑いたくなる。私を悪者にする事で自分を綺麗に見せるのは、サラ独自のやり方のようで、実は父譲りなのだなと納得する。

「私は、お父様に背いた事など一度もありませんよ。
サラが欲しいと言った物は全て差し出してきましたし、怒られた時にはどんなに理不尽だと思っても頭を下げてきました。
もしアンヌ様やサラを憎んでいれば、そんな事をするでしょうか?

それに、サラの生い立ちは母と似ていると思えば、同情できない事もないんですよね。
カトリーヌ=ルージュと」

 敢えてその名を言ってやれば、苦虫を噛み潰した顔をされる。単に愛のない夫婦と言うには複雑極まりない背景が両親にはあったのだ。

「…お前の考えはよく分かった。ではルーカスとの婚約は解消で良いな?」
「ええ。ところで今後伯爵家の後継については…」
「お前が心配する事じゃない。もう下がれ」
「分かりました」

 ゾーン伯爵家には私とサラしか子供がいない。当初はルーカスが婿入りして私がゾーン伯爵家を継ぐ予定だったが、婚約者を交換する事で当主はサラになるだろう。そう簡単に物事は運ばないだろうけれど。

「やれやれ……あの子はさぞ笑いが止まらないでしょうね」

 いつもの事、と私は諦めて溜息を漏らした。

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