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第二章 魔王様、小学校六年生をお過ごしになる

66 魔王様は小学6年の最後の夏休みを遊び倒したい⑩

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―魔法使いside-


別に、アキラとあんな風に喧嘩したかったわけじゃない。
ただ、オル・ディールの世界の時から勇者に憧れ、勇者だけを愛し、ずっと一緒にいた仲間だったのに、この異世界でも勇者と結ばれることが無かった悔しさと虚しさで、どうにかなりそうだった。
オル・ディールの世界の時は、勇者は聖女に恋をしていた。
入る隙なんて無かった……勇者は一途だったから。
――だから、この異世界では必ずと思っていた。
勇者を見つけたら絶対に自分にと、自分を選んで欲しいと思っていたのに……勇者が選んだのは、異世界の勇者みたいな男だった。

アキラは……いい奴だ。
争いを好まず、平和を愛し、正義感だって強い。
何より勇者を一番に優先して守っていた。
僕が勇者と知り合う前から、ずっと……ずっと勇者を陰ながらでも、身を挺してでも守ってきた。
だから、勇者がアキラに惹かれるのだって理解しているつもりだった。
つもりだっただけで、ずっと嫉妬していた。
勇者の目は僕には向かない。
僕を好きになってくれることも、ましてや愛してくれることもない。
それは――分かり切っていた。


「僕って本当……叶わぬ恋、してきたなぁ……」


地面に寝転がり、高い夏空を見つめて涙が出た。
好きになって欲しかった。
両想いになりたかった。
前世からの願いは――潰えてしまった。
それだけが悲しい、それだけが悔しい、二人の恋を応援したいのに、それが出来ない自分が虚しい。
いっそ、アキラが悪い奴だったら良かったのに、アキラはこんな僕にすら優しかった。
嫌いになりたいのに嫌いになれない憎めない奴。
だからこんなにも苦しい……。


「……諦めるしか、もう、道はないんだよな」


そう呟くと体を起こし、涙を乱暴に拭いて立ち上がる。
今頃アキラも魔王も心配しているだろうし、何時もの感じで戻れば――。
そう思って歩き出したその時、アキラと出くわした。
アキラも泣いたのだろう……涙の跡が残ったままズンズンと僕に近づき、深く頭を下げた。


「アキラ、」
「恵ごめん!」
「何がだよ」
「色々考えたけど、やっぱり俺……小雪の事を守りたい! 俺に守らせてほしい!」


吹っ切れそうだったのに。
モヤっとした気持ちがまた戻ってきそうだったが、アキラは深く頭を下げたままだった。


「……もう、小雪が殺されそうになる姿を見たくないんだ……今でも何度も夢に見る」
「アキラ?」
「俺は……強くなりたい……。もう小雪が危険な目にあわない様に、あんな思いをしなくて済むように。あの事件の時、頭を瓶で殴られて意識を失った後の事は余り覚えていない。
目覚めて小雪が無事だったという事だけで、それだけで当時は良かった。
でも俺は――自分が弱くて情けなくて仕方なかったんだ!」


当時の辛さを吐き出すように叫んだアキラに、僕は狼狽えた。
詳しい話を聞いたことは無かった。
勇者が幼い頃、殺されそうになってアキラが身を挺して助けたという話しか……。
まさかアキラが瓶で頭を殴られて怪我をするまで勇者の事を守ったなんて聞いたことが無かったんだ。


「暫く俺は入院して、やっと会えた小雪は……ショックのあまり当時の事を覚えていないんだ。思い出させたくもない……。ただ、もうあんな思いはごめんだ。俺はきっと、守り切れなかったんだ……」
「……」
「だから強くなりたい。守れるように、次こそは守れるように強くなりたい。恵が俺の事を嫌いなのは解ってる。でも、譲れないんだ!」


――真っ直ぐすぎる程の、純粋な思い。
守りたいのは僕だって一緒だ。
ずっと、オル・ディールの世界でも守ってきたんだから。
いいや違う。
僕が守られてきたんだ……きっと、その差だ。
だから勇者は僕の事を好きにはならない。
守ることが当たり前の使命だった勇者にとって、守られるというのはきっと――求めていた事なんだろうと思った途端、ストンと気持ちが落ち着いた。
なーんだ。
最初から僕が入る隙なんて、何処にもないじゃないか。
だったら、信用できるアキラに、信用してきたアキラに勇者を任せた方が安心できる。


「……もういいよ、わかったよ」
「恵?」
「僕は小雪が好きだった。今も好きだけど、ずっと好きかも知れないけど……アキラなら守り切れると思うから諦める」
「――っ」
「でも泣かせたら許さないからな!」
「ありがとう……ありがとう恵! これからも友達でいてくれるよな!?」
「監視する為にも友達でいてやるよ」


そう言うと僕はアキラの頭を強く撫でまわした。
きっとコレでいいんだ。
コレが一番ベストで、一番平和で、一番僕だって安心するんだ。


「馬鹿野郎アキラ」
「う……」
「ちゃんと守れよ」
「わかってる」


そこまで言うとアキラは身体を起こし、手を差し出してきた。


「仲直りの握手だろ!」
「そうだな、仲直りの握手は大事だな!」


清々しい程真っすぐで、清々しい程純粋なアキラに、結局僕だって勝てないんだ。
きっと、魔王もそうだろう。
異世界の勇者は、中々に手強い。


「さ、祐一郎を探しに行こうぜ。きっと俺たちが本気でケンカしたことがショックで今頃泣いてるんじゃないか?」
「泣いてませんよ」
「「うわ!」」


物陰から現れた魔王に僕とアキラが驚いていると、呆れたような……でも嬉しそうに微笑む魔王が僕たちに歩み寄ってきた。


「祐一郎、何時から聞いてたんだ!?」
「さて、何時からでしょうね? まぁ、仲直り出来たんならいいんじゃないですか?」
「いや、そうだけども」
「我が妹ながら何とも罪作りなものですね。けれど、あなた方が元に戻って良かった。ギスギスしていては何時もの毒舌もできやしない」


魔王の態度に僕は苦笑いを零し、アキラは声をあげて笑う。
――この何時もの感じ。酷く懐かしく感じるようで、最も求めていた安息の時。


「さて、あなた方を見つけた事ですし、母の所に向かいましょう。そろそろ水分補給をしなくては干からびてしまいますよ」
「それもそうだね」
「俺も母ちゃんにお茶貰いに行こうかな」
「行きましょう」


こうして、何時もの面子、何時もの三人で慣れ親しんだ学校を歩きつつ、少しだけ寂しくも感じられた。
卒業して皆が同じクラスになるとは限らない。
離れて行ってしまうのだけは嫌だ。
ずっと、この三人で居たい。


「……ところでさ、中学の学生服もう採寸行った?」
「俺もまだだなー。このイベント終わったら母ちゃんが連れてくって」
「私たちもこのイベントが終わってからでしたね」
「俺達も大人の階段を順調にのぼってんな!」
「爺臭い言い方」
「枯れてるよりはマシです。アキラには私はドライフラワーだと言われましたよ」
「何それウケル」


そんな話で盛り上がりながら校庭で各自お茶を貰い、少し夕焼けが見えるころ担任にクラスメイトが集められ、後者の二階……踊り場へと向かった。
何でもサプライズイベントがあるらしい。
全員が集まり、担任の到着を待っていると――奥から木で出来た長い階段を持って担任は現れた。


「お前たちにサプライズだ! 校舎の屋根に登れ!」
「「「「「はぁ!?」」」」」
「でも落ちるないよ! 先生との約束だ!」


まさかサプライズって、校舎の屋根に登る事?
此れって大問題にならないの???


「先生、流石にそれは大問題になるのでは?」
「やってしまったもの勝ちだからな!」


この担任、色々ぶっ飛びすぎる。
でも折角の人生に一度あるかないかの校舎の屋根に登れるんだし……いっか。


「無論」
「登るよな?」
「生徒会的にはアウトですが……今日くらい普通の悪戯小僧の生徒に戻りましょうか」


悪巧みをする生徒会三人組。
祭りに乗らなきゃ意味がない。
スリッパを脱ぎ捨て、靴下も脱ぎ捨て僕たちは梯子をのぼって屋根に登っていく。
夕焼けの綺麗な空が、小学校の屋根の上から見ることが出来る。
遠くで保護者の叫び声が聞こえたけれど無視だ無視!


「あ―――!! 今日は最高の一日だな!!」


腹の底から叫ぶと、アキラも魔王も笑ってる。
僕たちはこのままきっと、このままの仲の良さのままきっと――大人になっていくんだ。
きっと変わらない、変わりようがない。
それが凄く、今日一番……嬉しかった。


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