婚約者の恋

うりぼう

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「ど、どういうことよ!?」
「何言ってんの!?」

どや、と胸を張るダリアに信じられないという風に声をあげるアマリリスお同時に俺も声をあげる。

「何故エルまで驚くんだ?はっきりさせろと言ったのはエルだろう?」
「言ったけど!言ったけれども!!」

それはダリアがアマリリスをどう思っているのか伝えろという意味で言っただけで何もダリアが誰を好きだとか愛してるだとか発表しろと言った訳ではない。

「彼女に気持ちはないって伝えるだけで良いだろ!?」
「そうなのか?俺はてっきり、俺が誰を愛しているのか、婚約者が誰なのかをはっきりさせてやれという意味だと思ったのだが」
「ち、が、う……!」

小声でダリアに訴える俺と普通のトーンで返すダリア。
思わず頭を抱えてしまう。

どうしてそんな解釈になるんだ。
俺の言い方が悪かったのか?
いやでもあの流れで俺を愛してるだなんだと言い出すなんて思わないだろう。

待て待て待ってくれ、視線が痛い。
周りの視線はもちろんのこと、アマリリスからの射殺さんばかりの視線が突き刺さってきている。
この馬鹿王子様はこの場で俺の名前を出す事でアマリリスの攻撃対象が俺になるという事がわからなかったんでしょうかね。
前回までの事もあり、これは確実にロックオンされてしまっている。
妬み嫉みの対象だなんて冗談じゃない。
面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。
特に色恋沙汰なんて碌なもんじゃない。

「殺されたら一生恨むぞ」
「何を言っているんだ。エルを殺されるような目に遭わせるはずないだろう?」
「今まさに視線で殺されそうなんですけど?」
「大丈夫だ、俺が守ってやる」

そういう問題じゃない。

ダリアの横腹を肘で突き睨みつつそのセリフを飲み込む。
すると案の定。

「信じられない、惨めに捨てられるはずの地味な男を選ぶなんて、この私よりそんな男を選ぶなんて……!」
「選ぶも何も、最初から選択肢などない」
「嘘よ、嘘、嘘嘘嘘嘘嘘ー!!!!」

きっぱりと再度言い捨てるダリアに対し、アマリリスが壊れた。
嘘だと言いながら自分の髪の毛を両手で乱し、先程よりも殺気のこもった目でこちらを睨み付け、そして……

「アンタのせいよ!全部全部、アンタの……!!!」
「!」

俺に向かって炎の刃が放たれた。

小説の主人公と豪語するだけあってその勢いは鋭く、炎の刃も数が多い上に大きい。
この数の炎の刃を操るのには相当な技術が必要なはず。

しかし、その刃が俺にぶつかる事はない。
交わすまでもなく、弾くまでもなく、守るまでもなく。

「えっ?なんで!?どうして!?どうして消えるのよ!!!」

校内で、授業以外での攻撃魔法は全て無効化される。
みんなが当然知っている基本中の基本のセキュリティである。
それにより、アマリリスの魔法は現れた瞬間蜘蛛の子を散らすように消えていった。

「無抵抗な一般生徒への攻撃は重大な規律違反だ。これは俺の方から学園長へと報告させてもらう」
「そんな……っ」

いつになく冷たい視線でアマリリスを見下ろし感情のこもっていない声で告げるダリア。

「このまま呑気に学園に通い続けられると思わない事だな」

それはつまり、停学どころか退学もあり得るという事だ。

たった一度、と感じるかもしれないが、あの攻撃がもし直撃していたら最悪死んでいたかもしれない。
周りにも甚大な被害をもたらしていたかもしれない。
攻撃魔法を人に向けて使うという事は最悪の事態を常に頭に入れ、覚悟を決めて放たなければならない。
だからこそ学園内での攻撃魔法に対する規律は他の物よりも遥かに厳しく定められている。

いくら都合の良い事だけを耳に入れ続けていたアマリリスもダリアのこのセリフは正しく理解したようで顔面蒼白。
ふるふると唇から伝わった震えが全身に巡りガタガタと揺れるアマリリスの体。

「嫌よ、嫌、私は主人公なのよ?どうして?どうして上手くいかないの?私のためにある世界じゃないの?どうして?私はみんなに愛される運命なのに、私がいないとこの世界は成り立たないのに、どうして?どうして?」

ぶつぶつと呟かれたセリフを理解出来たのはきっと俺だけだろう。
そっと近付く俺をダリアが制するが、それを拒否して膝を付くアマリリスの前に視線を合わせるように同じく膝を付く。

「アマリリス」
「……嫌よ、嫌、違う、間違ってる……」
「アマリリス、聞いて」
「嫌、嫌嫌嫌いや、いや、いやよ」

静かに声をかけるがアマリリスは頑なに首を横に振り続けるが、それを抑える。

「アマリリス、この世界は物語の中なんかじゃない」
「……っ」
「物語じゃない、現実なんだ」

はっきりとそう告げると、アマリリスがゆっくりと顔を上げた。
改めて間近で見たその瞳にはうっすらと涙が滲んでいる。

今まで自分が信じてきた世界が壊れるのは怖いだろうが、現実の世界で生きていく為にはいつかその時が来る。
ずっと夢の中にはいられないのだから。
アマリリスにとっては、今が夢から醒める絶好のチャンスだと思う。

肩……には触っちゃダメだろうな。
セクハラって思われても困るし、落ち着かせる為にさすろうと思ったけどやめておこう。
でもそもそもその必要はなさそうだ。
大嫌いなはずの俺の声に大人しく耳を傾けているのだから、気分も落ち着いてきているのだろう。

「げん、じつ……」
「そう、現実」
「物語じゃ、ないの?」
「うん」
「私は、誰からも愛されないの?」
「わからない。まだ若いんだから、これからそういう人が現れると思うよ?」
「これから?本当に?だって私は、私は……」

物語の中でなければ自分の行動は褒められたものではないと漠然と気付いている様子。
物語の中だとしてもどうかと思うが、そこは黙っておこう。

気が付けば周りで好奇に満ちた視線を送り続けていた野次馬達は消えていた。
きっとダリア達がなんとかしたのだろう。
気が利くだろうと自慢気な反面、どうしてそんな奴に優しく声をかけているのだと言いたげな視線が痛いくらいに突き刺さってくる。
いやいやさすがにこの状況で突き放すような事は言えないだろ。
まだ若い女の子なんだから、間違いのひとつやふたつあるのは当たり前だ。
その間違いがちょっと人様に迷惑をかけまくるものだったにせよ、反省し始めているのだからひとまず受け入れなければ可哀想だ。

散々言われたのにしょうがないなあと思ってしまうのはやはり俺の中身がおっさんだからだろうか。
こいつらの倍以上生きているからか、若者の多少の暴走など可愛らしく感じてしまう。
昔の一部友人の厨二病に比べたら実際に可愛いものだ。
当時同級生だった俺が二度と関わるまいと思った程訳のわからない頭おかしい発言だらけだったからな。
おっと話が逸れてしまった。

「アマリリス」

静かに名を呼ぶと、ゆっくりとその顔があげられる。
思い込みが強く自信に満ち溢れていた勝ち気な瞳が不安と恐怖に支配されていた。
目に滲む涙がその様相を助長させている。

「大丈夫、やり直せるよ」
「……え?」
「ちゃんと迷惑かけた人に謝って、許してもらえなくても謝って、これから迷惑かけないようにすれば良いだけだって」
「やり、直す?でもここは物語の中じゃないんでしょう?やり直すなんて……」
「ははっ、バカだなあアマリリスは」
「え?」
「物語の中じゃないからこそやり直せるんじゃないか」
「!!!」

俺の言葉に目を見開くアマリリス。
どさくさに紛れてバカだとか言ってしまったが気にしていないようだな、よし、良かった。

「物語じゃないから、やり直せる……?」
「うん」
「……そう、か、そう……だよね、そうよ、展開が決まっている物語じゃないから……」

噛み締めるように俺のセリフを反芻するアマリリス。
やがて瞳を濡らしていた涙がぽろぽろと落ち、正面にいた俺にしがみつきながら声を上げて大泣きを始めた。

「うえっ、うえええええええん!!!!」
「おわっ、ちょっ」

いやいやまずいだろこれはと思ったのだが。

「うぐっ、ひっく、うえええええ」
「ふっ、ははっ、しょうがねえなあ」

泣いている様が小さい頃の双子にそっくりで、何より人目も憚らずに号泣しているのを無理に引き離す事も出来ず。

「な!?何をしているんだ!?離れろ!エルも何か言わないか!」
「はいはいちょっと黙ってようか」
「んな!?」

傍らでそう言いながらどうにかしてアマリリスを引き剥がそうとしているダリアを手でしっしっと払い、先程は躊躇ってしまったが、今度は慰めるようにその肩をぽんぽんと優しく撫でた。













あの後すぐにアマリリスはダリアに付き纏うのをやめ、妙にポジティブで押せ押せな発言もなくなった。

「一段落して良かったな」
「もう二度とごめんだあんな事は。エルが許すと言うから俺も許したが、本来なら退学でもおかしくないんだぞ?」
「いや、だってちゃんと反省してたし」
「……反省だけなら猿でも出来る」

アマリリスの処分に関しては反省の色が濃いとの事で退学は免れ、一週間の謹慎を命じられた。
その処分にダリアは未だに納得出来ていないようだが、せっかく反省してこれからの身の振り方をきちんと考えられるようになったのだから簡単に切り捨ててしまうのは惜しい。
未来ある若者にはたくさん学んで大きな夢を見て貰わなくては。
……まあ、九割被害に遭っていたダリアからすると反省しているというのも信じきれていないのだろうけど。

「なーんて言って、本当は可愛い子に言い寄られて嬉しかったくせに」
「本気で言ってるのか?」
「冗談です」

苦虫を噛み潰したような顔をするんじゃないよ。
色男が台無しだ。

「でもまあ、もう巻き込まれないと良いなあ」
「同感だ」

寮から学園までの道のりをそんな話をしながら歩いていく。
解決したのはほんの一週間前の事なのに随分と懐かしく感じてしまう。

それにしてもアマリリスの号泣には参った。
どうやっても泣き止まずに結局次の授業には間に合わず、場所を移動して落ち着くまで付き合うハメになったのだ。
泣き止んだアマリリスは泣き腫らした目ですぐダリアに謝り、それをダリアが憮然とした表情をぐっと堪えて受け入れて一連の騒動は終了した。

……と思ったのだが。

「エルくん、私気付いたの!エルくんが運命の相手かもしれないって!」
「…………………………はい???」

一週間の謹慎が明けた今日、学園へと着いた途端に目を輝かせこちらに向かいそう宣言するアマリリス。
いやいやおいおい一体何を言い出すんだこの子は。

「あの日エルくんが言ってくれた事、すごく嬉しかった!大丈夫って、やり直せるって言われて、私すっごくすっごく感動したの!だからね、私は私を愛してくれる人はエルくんが良い!」
「え、えええ?」

ぎゅうっと俺の手を両手で握り締めながら詰め寄ってくるアマリリスに困惑する。
そして目の前で言われたセリフにダリアが反応しないはずもなく。

「何を勝手な事を言っている!エルの運命の相手は俺だしエルが愛するのも俺ただ一人だ!」
「えー?でもダリアくんとエルくんの婚約って解消されたんでしょ?」

おお、ついにその情報がアマリリスの耳にも入ったか。

「だからどうした?解消されたかと言ってこの先また婚約しないとも限らないだろう?」
「やだあ、自分から言い出したのに諦め悪すぎ!だから、エルくんの事は私に任せて!」
「だからとは何だ!?大体、この前まで俺に言い寄っていた女にエルを任せられるか!」
「大丈夫だよー、私一途だもん」
「どこがだ!?」
「私の方が絶対エルくんを幸せに出来るもん」
「はっ、バカを言うな。エルを幸せにするのは俺だ」
「エルくんは私の運命の人なの!」
「それは勘違いだ。エルの運命は俺だからな」

ぎゃんぎゃんと言い争う二人。
いやいや当の本人を無視して何言ってんだろうね。

「エルもてもてじゃん」
「いつの間にアマリリス嬢までたぶらかしたんだ?」
「人聞きが悪い上に嬉しくない」

ひょっこりと背後からやってきたデレクとヒースにそう言われ、今度はこちらが苦虫を噛み潰す番だ。

「エル、どちらを選ぶつもりだ!?」
「エルくん、私よね!?」
「俺だろう!?」
「あー……どっちだろうねえ……」

どちらを選ぶ事もないと思うのだが、ひとまず言葉を濁しておいた。
一難去ってまた一難。
早々に俺から興味が失われるのを願うばかりである。















おまけのベアトリス

「なっ、なっ、あの女が、エル様を……!?許せないわ!エル様は私の、私の……!」
「ベアトリス!?」
「ベアトリスしっかりしてー!!!」

一連の騒動を見ていたらしいベアトリスが興奮しすぎて倒れたのをリリーとシシーが慌てて抱き止めていたらしいのだが、騒動の真っ只中にいたエルはこれっぽっちも気付くことがなかったらしい。



終わり。
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