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第拾章:あるべき姿へ

04:夜叉の求愛

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狗墨と胡涅を先頭にして、真後ろに朱禅と炉伯が並び、その後ろに瀬尾、最後尾に紘宇と吟慈が続く。


「狗墨。ケガは本当に大丈夫?」

「怪我、ですか?」

「毘貴姫様が、狗墨に……その……またがってた、から」

「あれは、目覚めの腹ごしらえの口実です。止めていただいて助かりました」


あのあと、毘貴姫が馬乗りになって狗墨の身ぐるみを剥がそうとしていたのを胡涅が止めた。


「壬禄(みろく)さんは大丈夫かな?」


毘貴姫と一緒に消えた黒髪の青年を気遣ってみる。「後は、お任せします」と、爽やかに立ち去っていったが、酔ったみたいな毘貴姫に絡まれていたので、少し心配していた。


「あれが壬禄のやり方なので平気です」


狗墨のいうとおり、毘貴姫と壬禄は閨にこもってしまった。
本当に夜叉は自由だとうなずくしかない。


「お祖父様は、なぜ保倉先生を?」


気を取り直して、胡涅は話題を再開させた。後方の男たちの牽制に忙しい朱禅と炉伯のことは無視している。結果、話し相手が狗墨になっただけのこと。


「胡涅さまは、仙蒜という草の名を覚えていますか?」

「たしか……夜叉にとって厄介な草。だっけ?」


隣を歩く狗墨の言葉に、胡涅は首をかしげる。先ほど、狭間路を使って近道を試みたのだが、強力な何かに弾かれて入れなかった。いや、本当は問題なく入れるのだろう。負傷さえ怖がらなければ。
バチっと強力な火花が散って、胡涅が怖がったという理由だけで、男性陣は夜の山登りを選択した。
誰も文句をいうどころか、胡涅を抱き上げて運ぼうと、前に進めない事態に至ったので、致し方なく、この陣形で歩いている。


「厄介な草、程度のものであればよかったかもしれません」


狗墨は、柔らかくうなずくと仙蒜について再度教えてくれた。


「仙蒜は、絶滅した太古の植物の名です。保倉が隠し持っていましたが。その祖先である将門之助は、その仙蒜を改良し、様々なものをこの世に誕生させました。それらは基本的に夜叉の血を抑え、時には殺します」

「夜叉狩り、だっけ?」

「ええ。人間は夜叉を怖れていましたから、将門之助の開発する護符や道具で、どれほどの夜叉が死んだかわかりません」


なぜ、堂胡が将充をさらったのか。
なんとなく胡涅にも想像がつく。
将充は将門之助の血が濃いらしく、先祖返りとよべるものであるなら、堂胡は将充を取り込んで、過去の能力を得ようとしているにちがいない。
夜叉を殺すため。
おそらく、朱禅と炉伯を殺すため。
自分の孫娘が夜叉になったと知れば、ひどく悲しむかもしれないと、胡涅の口から憂いの息がこぼれおちる。


「私も夜叉になっちゃったから気を付けなきゃいけないよね?」

「そうですね。これまでは、夜叉の力を抑え、人間としての肉体を維持するため、仙蒜で作られた薬は効力を得たでしょうが、これからは猛毒です。絶対に口にすることはおろか、触れないでください」

「わかった」


長年、飲んでいた薬を始め、結界となる護符、そして、夜叉の血を媒介にして永遠に成長を続ける縄、取巻草。それも仙蒜が進化を遂げた姿と聞けば、植物の不思議には終わりがない。


「将充さんは、将門之助って人の血を受け継いでいるからお祖父様はさらったのね。そんな人の能力なら、お祖父様は手元に置きたいはずだもの」


そこで束の間の沈黙。
また愚叉の団体に出くわしたが、胡涅に良いところを見せたい男たちが飛び出していくので問題はない。
その代わり、守護をまかされた狗墨が難しそうな顔をしている。


「胡涅さまは、藤蜜さまに身体を渡されていたときのことを覚えておられますか?」

「んー、全然。なんだか深い森みたいなところにいた気はするんだけど」

「それならいいです。むしろ永遠に忘れていてください。先ほどのことですが、藤蜜さまの加護を受けた将門之助に、何かしらの能力が生まれると見込んで連れ去ったのだと思われます」


自分の身体を藤蜜姫に乗っ取られていたときの意識はあるものの、それは別の場所にあったように思う。
言われて初めて、胡涅は藤蜜姫が乗っ取った自分の身体で何をしていたのかを想像した。


「…………っ…」


想像して、思い至った妄想が正解だとは思いたくない。しかも、それを口にすれば、問答無用で後ろの朱禅と炉伯に、閨へ引きずり込まれそうな気がする。
狗墨のいうように、永遠に忘れていたほうが、色々と安寧だろう。
先ほど「全然覚えてない」と無意識に答えた自分を褒めてあげたい。もし、藤蜜姫と将充が交わっていたとして、その感触を思い出したなんてことになれば、想像以上の修羅場になることは必須だろう。


「胡涅。心拍が速いな」

「ふぇっ!?」

「疲れただろう。抱くか?」

「いっいいいい、いい。まだ、大丈夫」


愚叉を切っていたはずの朱禅と炉伯が左右を挟んでくることほど、心臓に悪いものはない。


「何やら顔が赤い気もするが」

「そっ、そうかな?」

「まさか狗墨に口説かれたのではあるまいな?」

「狗墨は藤蜜さん一筋って知ってるでしょ。そんなこと言っちゃダメ」


炉伯と朱禅に交互に顔をむけて、最後に両手を腰に当てて胡涅は怒る。


「大体、そんなに心配しなくてもモテないから大丈夫だってば。逆に恥ずかしいよ」


そう告げてみれば、なぜか怖い顔でにらまれた。口元が布で隠れているから余計に怖い。美形は怒らないでほしいと本気で思う。


「胡涅ちゃん、モテへんって嘘やろ?」


そんなに可愛いのにと、なぜか愚叉を切ったばかりの瀬尾に口説かれる。
夜叉の社交辞令は恐ろしい。
本当にそう思っているような口調でいわれると勘違いしてしまいそうになる。しかも、あの場所でこの会話が聞こえていたのだろうか。だとすれば、ますます発言に気をつけないといけないかもしれない。 


「棋綱が孫娘を得たと聞いたときは耳を疑ったものですが、微塵も似ておらずなによりです。胡涅姫は愛らしい」

「まったくだ」


瀬尾と紘宇も当然と言った風に告げてくるので、顔が赤くなる。


「……胡涅」

「わっわかってる。社交辞令だって、わかってるよ。本気にしてないから。耐性がないだけで、これは、そんなんじゃないから」


必死で弁明したかいあって、なんとか閨に引きずり込まれずにすんだ。
その代わり、「はぁ」と、これ見よがしな息を吐かれたが、口を開けば墓穴を掘るような気がして黙るほかない。


「やはり、胡涅はこの紘宇様とつがうべきだと思うが」

「紘宇が選ばれるなら、わたくしも期待していいと?」

「あ、待ちや。わいも参加するし」


そこで刃を向けあって対峙した三人が、一呼吸置いて、それからゆっくりとこちらを向いてくる。なぜか朱禅と炉伯を睨んでいるように見えるが、もしかしなくても気のせいじゃないかもしれない。


「えっ、あっあの」


喧嘩になるのはまずい。
彼らの実力は知らないが、よくない気がして胡涅は口を挟む。


「胡涅、我ら以外の話しに耳を傾ける必要はない」

「別にええやん、朱禅。会話くらい楽しませろや」

「身児神にあたる姫を愛でるのは、夜叉の男として当然のふるまい」

「そんなに目くじらをたて、過保護に接しては、胡涅姫のためにならないのでは?」

「うるせぇよ」


なんとか争いはまぬがれた。
ホッと胸を撫で下ろして、また一行はもとの形で山登りを開始する。というより、繰り返された光景すぎて、全然前に進まない。
隣には無言になった狗墨、ぞろぞろと後ろを歩く不機嫌な朱禅と、後方に向かって怒鳴る炉伯。愛の言葉を次から次に投げ掛けてくる瀬尾、紘宇、吟慈の列は崩れない。
不機嫌な二人を除けば、ハイキングというより、ピクニックに近い雰囲気を持っている。が、今は将充をさらった堂胡の行方を追っているところで、呑気にしている余裕はない。とはいえ、男性陣がまったりとした様子でいるのだから、ひとり慌てふためいても仕方なく、胡涅は深い息をついて空を見上げた。
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