氷の花は美しく綻ぶ

綴舞

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第1章

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 シュトルツ伯爵家が治める領地は、王都よりも辺境に近いところに位置している。そのためか、領地内には華美で大勢が行き交うような都市は存在せず、どこかこぢんまりと街しかない。口さがない者達は田舎貴族と蔑むが、決して寂れているわけでもなく、市場が開かれる日には常に人で賑わっている。

 民はよく働き、その仕事でもってシュトルツ領を支え、街には子供達の遊ぶ楽しそうな声がどこからともなく聞こえてくる。アナスタシアはその光景を見るのが一等好きだった。

 貴族令嬢ともなれば、たとえ領地であっても街を一人で歩くことは褒められたことではない。だが、シュトルツ領ではその光景が頻繁に見られている。

 それは一重にシュトルツの伯爵家と領民の信頼関係によって成り立っているだった。

 アナスタシアは自身の家が治める領地とそこに住まう人々を愛している。そして同様に、シュトルツ家に守られている領民も彼女をはじめとした伯爵家を尊敬し、敬愛していた。


「こんにちはお嬢様。今日も孤児院に向かうのかい?」

「ご機嫌よう、ベッカーさん。はい、子供達の様子を見に」


 いつものをくださる、とアナスタシアは小首を傾げれば、心得たとばかりにベッカーはお菓子で敷き詰められたカゴを手渡す。


「ありがとうございます。ベッカーさんのところのお菓子は子供達に人気なので」


 もちろん私にもです、と告げると初老の男は破顔した。


「そりゃあ嬉しいねぇ!しがないパン屋が作ったものであればいつでもどうぞ!」


 子供達が首を長くして待っているよ、と促され、パン屋を後にする。

 丘の上に建てられた孤児院へ向かう途中、何度も笑顔で声をかけられてはアナスタシアも真摯に応える。

 そうしてようやく辿り着いた目的地には、子供達が寝起きする建物以外に小さな教会と新しく建てられた学舎があった。


「あ!アナスタシア様だ!シスター!神父様!アナスタシア様が来たよ!」

「もうハンナ、行儀良くなさい!アナスタシア様、一昨日も来て下さいましたのに」

「いいの、シスター。明日には学園に戻らなければならないもの。みんなに行ってきますの挨拶をしたかったの」


 微笑みながらカゴを手渡すと、シスターは安堵したように笑みを浮かべて感謝を述べる。


「それに、学舎の感想も聞きたくて」

「ねぇねぇ、アナスタシア様」


 くい、とハンナが目を輝かせてアナスタシアのドレスを引く。シスターは焦りを見せたが、当の本人に制止され様子を見守るだけにとどめた。

 なあに、と身をかがめて問う彼女に、少女は満面の笑みで告げる。


「ハンナね、自分のお名前書けるようになったよ!」

「本当?ハンナは凄いわね」

「でも、でもね!パウルは他の子の名前を書けるしね、ルイーザはもっとたくさん書けるの。だからハンナもいっぱい練習してるんだよ!」


 褒めて欲しいと頬を紅潮させて笑う少女に、アナスタシアは目一杯の褒め言葉とハグで応える。ぎゅっと抱き返してくれた温もりの持ち主は、先程の陽気からは一転した寂しそうな声音で呟いた。


「アナスタシア様、また遠くへ行くんでしょう?」

「ええ、でもまた帰ってくるわ」

「うん……、でもね、寂しいからお手紙書くね」


 ——頑張って書くから、お返事くれる?


 もちろんよ、とアナスタシアは腕の中の温もりに頬を寄せた。
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