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第1章
4(side ルートヴィヒ)
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「お呼びでしょうか、母上」
入室の許可を得た、ルートヴィヒ・フォン・アッシェンは母であるアーデルハイト王妃の私室に足を踏み入れる。
こちらへ、とアーデルハイトはお茶の準備がなされたテーブルへとルートヴィヒを促した。彼が着席したことを見届けると、彼女は息子に紅茶の入ったカップを差し出す。
「熱いのでお気をつけなさい」
「もう子供ではありませんよ」
「私からすればまだまだ子供です」
イタズラっぽく呟いた母は、片目をパチリと瞑った。公の場では隙の無い王妃と言われているが、家族の前では茶目っ気を見せる。
ルートヴィヒには、どこにでもいるような母親、というものは分からないが、きっと母のような人のことを言うのだろう。そう思った。
アーデルハイトから菓子を勧められ、手近にあったクッキーに手を伸ばす。仄かな茶葉の香りが菓子の美味しさを引き立てている。
「美味しいでしょう?」
ルートヴィヒの表情が微かに和らいだのを見て微笑む。
「そのクッキーの香り付けに使われている茶葉、シュトルツ領のものなの」
この紅茶もそうよ、と優しげな眼差しで茶器を見つめていたが、それも束の間。アーデルハイトは音を立てずにカップをソーサーに置くと、真っ直ぐルートヴィヒを見つめた。
あなたの婚約者候補についてです、と静かに告げる王妃に、王子は背筋を伸ばす。曰く、ようやく人数が出揃ったらしい。
有力貴族による水面下での睨み合いが原因か、ルートヴィヒの元へ候補が上がってくるまで実に数年の時間が経っていた。
「候補は5人。いずれもこの国の中枢、あるいはこの国に大きく貢献した家の令嬢です」
——アナベル・フォン・ロイエンタール侯爵令嬢
——スザンナ・フォン・マッケンゼン侯爵令嬢
——コンスタンツェ・フォン・シュテルンベルク辺境伯令嬢
——エミリア・フォン・ノイラート伯爵令嬢
「そして最後の令嬢は私からの推薦です」
——アナスタシア・シュトルツ伯爵令嬢
ルートヴィヒ第一王子は1年をかけて、彼女たちの中から婚約者を選ぶ必要がある。国を統治し、維持する為の伴侶を限られた期間の中で見極めなければならない。同時に、弟であるハインリヒとの関係も決着をつける必要がある。
誰がこの国を導くのにふさわしいのか。
誰がこの国を支えるのにふさわしいのか。
その力量を、覚悟を示さねばならない時が来たのだ。
「ルーイ」
ふと、アーデルハイトが自分を呼ぶ。最近ではとんと聞かなくなった愛称で。
彼女は慈愛を込めた微笑みを浮かべてルートヴィヒを見つめていた。
「たとえ誰を選ぼうとも……母は、あなたの下す選択を信じています」
入室の許可を得た、ルートヴィヒ・フォン・アッシェンは母であるアーデルハイト王妃の私室に足を踏み入れる。
こちらへ、とアーデルハイトはお茶の準備がなされたテーブルへとルートヴィヒを促した。彼が着席したことを見届けると、彼女は息子に紅茶の入ったカップを差し出す。
「熱いのでお気をつけなさい」
「もう子供ではありませんよ」
「私からすればまだまだ子供です」
イタズラっぽく呟いた母は、片目をパチリと瞑った。公の場では隙の無い王妃と言われているが、家族の前では茶目っ気を見せる。
ルートヴィヒには、どこにでもいるような母親、というものは分からないが、きっと母のような人のことを言うのだろう。そう思った。
アーデルハイトから菓子を勧められ、手近にあったクッキーに手を伸ばす。仄かな茶葉の香りが菓子の美味しさを引き立てている。
「美味しいでしょう?」
ルートヴィヒの表情が微かに和らいだのを見て微笑む。
「そのクッキーの香り付けに使われている茶葉、シュトルツ領のものなの」
この紅茶もそうよ、と優しげな眼差しで茶器を見つめていたが、それも束の間。アーデルハイトは音を立てずにカップをソーサーに置くと、真っ直ぐルートヴィヒを見つめた。
あなたの婚約者候補についてです、と静かに告げる王妃に、王子は背筋を伸ばす。曰く、ようやく人数が出揃ったらしい。
有力貴族による水面下での睨み合いが原因か、ルートヴィヒの元へ候補が上がってくるまで実に数年の時間が経っていた。
「候補は5人。いずれもこの国の中枢、あるいはこの国に大きく貢献した家の令嬢です」
——アナベル・フォン・ロイエンタール侯爵令嬢
——スザンナ・フォン・マッケンゼン侯爵令嬢
——コンスタンツェ・フォン・シュテルンベルク辺境伯令嬢
——エミリア・フォン・ノイラート伯爵令嬢
「そして最後の令嬢は私からの推薦です」
——アナスタシア・シュトルツ伯爵令嬢
ルートヴィヒ第一王子は1年をかけて、彼女たちの中から婚約者を選ぶ必要がある。国を統治し、維持する為の伴侶を限られた期間の中で見極めなければならない。同時に、弟であるハインリヒとの関係も決着をつける必要がある。
誰がこの国を導くのにふさわしいのか。
誰がこの国を支えるのにふさわしいのか。
その力量を、覚悟を示さねばならない時が来たのだ。
「ルーイ」
ふと、アーデルハイトが自分を呼ぶ。最近ではとんと聞かなくなった愛称で。
彼女は慈愛を込めた微笑みを浮かべてルートヴィヒを見つめていた。
「たとえ誰を選ぼうとも……母は、あなたの下す選択を信じています」
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