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6章 居場所

54.父様が、私に内緒で死ぬわけない 02

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「ちゃんと私が世話をするから!!」

 と言うか、世話と言う意味だけなら、もう8年にも渡ってし続けていると言って良いのだから今更と言う気がする。

 父様は私の肩に手を置き目線を合わせ、真剣な様子で語ってきた。

「人を使うと言う事は責任が生じるのですよ。 エリアルはとても難しい立場にいます。 まったく関係の無い大人の男性をつきあわせると言う事はどういう事なのか分かっているのですか? 彼にだって責任を負う家族がいるでしょう。 その方々の面倒まで背負うことになるのですよ?」

 魔法機関の長達や貴族連中が私個人に人をつけようとした事は何度もあったけれど、必要なら自分か、自分の配下の者に世話をさせると父様が言っていたのは、そういう意味だったのかと今更ながら知ったのだけど。

 私はチラリとヴェルを見る。

「問題ない」

 視線を伏せ前髪に顔の半分を隠したヴェルは、笑みを形作る口元を見せつけていた。 それは静かで穏やかな笑み。

「ですが」

 父様の声と重なるようにヴェルは言う。

「問題ない。 私に家族と同等、家族以上、私以上に守る者があるなら、ソレは主だけだ。 他には興味がない。 どうでもいい。 主は私が守るなら余計な者はない方がいいだろう」

 ヴェルは私の前に膝をつき手を取り口づけ、膝をついたまま父上を見上げる。

「貴殿は、安心して行くといい。 主は私が守る。 私が側で守る。 主に害をなすのなら、二度とその気を起こさぬよう、世迷い事を語らぬよう手を尽くしてやってもいい」

 低く深いヴェルの声に、父様は少し戸惑いを見せ苦々しく笑った。

「仕方がありませんねぇ……」

「私が、仕方ないの?」

 拗ねたように言えば、やはり父様は困ったように笑った。 父様は迷宮図書館の管理人だ。 ロノスが与えた力の欠片を管理する者だ。 ある意味、父様も……いえ、オルコット公爵家の者達は代々精霊使いとしての血を受け継いでいるのかもしれない。 ヴェルの正体に気づいたのかもしれない。

「1つ、私的な事だが聞かせてもらっていいでしょうか?」

 父様がヴェルに問う。

「なんだ?」

 私を主と呼ぶヴェルが一番偉そうなのは、どうしてなんだろう? と、首を傾げる中で会話は続く。

「エリアルに害をなそうとする外敵には……精霊であっても範疇となるのでしょうか?」

 緊張を帯びた父様の声に返されたのは、ニヤリと笑うヴェルの笑み。

 そんな事があって、父様は、安心して仕事に出向いただろうと思う。 これ以上の護衛は、人の世において存在しない。 ただ、人を超える場合であれば分からないけれど……。 それこそただの人間が側にいても邪魔にしかならないと言うものだ。

「娘の事をお願いします」

 父様は、公爵と言う地位を意味ないかのように、私の父としてヴェルに頭を下げる。 頭を下げる意味がヴェルにあるのかは分からないが、ヴェルは笑っていた。 堂々と偉そうに。

「あぁ、任せておくがいい」

 そして、父様は私に頼む。

「武器、防具に付与されている術式のチェックをお願いしたい」

「いいけど……たぶん、きっと、問題ないと思うよ?」

 それでも父様は、余りにも慎重に、闇に紛れ、父の率いる騎士団の宿舎に隣接してつくられた武器、防具の保管庫へ連れていかれた。 

「あると思っていた加護の効果が、実は切れていて死にかけましたなんて冗談になりませんからね。 後は、エリアルが加護を与えた武器防具を持たない魔力持つものが近寄ってきた時に、伝えてくれるような何か……と言うのは無理でしょうか?」

「確かに、軽量の付与をされている全身鎧から軽量の付与が消えたら大変だよね。 検知の方も条件付けがはっきりしているから余裕」

 だが、結論としては術式のいくつかは崩壊していた。 あり得ない……と思ったけれど、まぁ、少し前にルデルス国の戦士との戦闘行為があったのだから、無い事も無いかもしれないと考え直した。 ただソレだけ……。

 私は父様の態度、その用心深さにどんな理由があるか考える事もなく……。 ルデルス国の戦士が未だ潜んでいる事を心配しているのだろうと簡単に考えていたのだ。





 今考えれば、他の騎士団に注意を促すでもなく、ひっそりと自軍のみを強化していた。 その強化すら、父様の信頼を寄せる側近のみが手伝っていた訳で……父様は最初から自分が狙われていると知っていたと考えるべきだろう。

 私は、芋と肉がゴロゴロ入り、ミルクとチーズベースの濃厚なスープを飲みながら考え、そして目の前のギルド長へと視線を向ければ、自然ときついものとなっていた。 仕方がない……今の私には誰が敵で誰が味方なのか分からないのだから。

「私に怒っても仕方がないだろう」

「それもそうね。 ご飯を食べさせてもらっておいて、文句を言うのも悪いし……でも、1つだけ聞かせて」

「なんだ?」

「父様たちの死体は? 死体が無ければ葬儀も出来ない」

 私は視線を伏せて言う。

「死体は、獣に食い荒らされたかのようになり、そこから腐敗が進み、見られたものではなかったと言う話だ。 公爵の率いる騎士団は実力派として名の通った騎士団だ。 穢れた精霊がその体を奪うかもしれないと、発見されたその場で浄化され、埋葬されたと聞いている」

「そう……そうなの……なら、場所を教えて」

「場所を知ってどうする」

「どうって、私は父様の子だよ?」

「だが、聖女だ」

「魔人が解放された今となっては、ただの称号に過ぎないじゃない」

 私はうつむいたまま話した。 顔を見られてはいけないと……。

 私に精霊が近寄れなくて良かった。 彼が敵か味方かは分からないけれど、私が、父様の無事に心の底から安堵している表情を知られる訳にはいかなかったから。

 この国の騎士達が纏う鎧は、他人が装備すればその重さは何倍ともなり、脱がせることが出来るのは使用者本人と上司と術者だけ。

 馬鹿か? 馬鹿なのか? それは死んだあとも同じだ。 浄化をするために鎧ごと父様の鎧を焼いたのか? ありえない、あるわけがない。 だって、父様の用心ぶりに不安を覚えた私は、鎧に反射の術式も加えた。 炎で鎧ごと埋葬しようとすれば、埋葬者が火に巻かれる。

 私は視線を伏せたまま、笑うのをこらえていた。 父様が死ぬ訳がない。 殺される訳がない。 私が、父様の武具にどれほどの術を加えたか知らない者の言葉だ。



 ギルド長との会談……と言う名の食事は、おずおずとした声とノックによって中断された。

「ギルド長、お客様がおいでになっております」

「聖女よ」

 そう振り返ったギルド長の前から、私は消えた。

 全て信用してはいけない。
 全てを考え直さなければいけない。

 ゆっくりと考えて、それから……父様と合流しよう。



 私はヴェルの腕の中、彼の空間に帰ってきた。
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