【R18】彼等の愛は狂気を纏っている

終章

122.死と生 02 （終わり）

「一つ、提案があります」

　涙をぬぐい、そして指先についた晃の涙を舐め藤原は言う。

「……なんだ？」

「雫の魂を肉体に戻し、助けを求めさせるのはどうでしょう？」

「魂を戻すには、雫の肉体を抱かなければいけないのではなかったのか？」

「いいえ……」



　藤原は、晃の上に覆いかぶさるように見下ろした。
　太腿をまたぐように膝でたっていた。

　見下ろす視線が、やけにご機嫌で……そして、艶めかしくて不愉快だった。

　何をするつもりかと問おうとする晃の頬を藤原は撫でる。

「少しの間、お別れしましょう」

　そして……肉切り包丁が、胸に突き立てられた。



　熱い……。
　熱い……。
　熱い……。

　理解ができないまま、次の瞬間咳き込んだ。

　刃物は、心臓まで届いておらず、皮と肉を裂き……そして、肋骨にたどり着いていた。

　雫の呪いを得て、不死となった肉が……再生しない。

　何故？

「雫への実験には、再生を妨げるものもあった……そう言いましたよね？」

　優しい声だった。

　心臓に刺さった肉切り包丁が、皮膚を裂き、肉を裂く。

「痛みは、ありますか？」

　嬉しそうに藤原は笑い、優し気な瞳で見下ろしていた。

　ふざけんな……。

　声に出来ない。

　激しい痛みが晃を襲っていた。

　開かれた皮と肉から包丁を抜き、藤原がその手を差し込んでくる。

　晃の呻き声は、もう声にはなっていなかった。

　肋骨が開かれ……そして……心臓に藤原の手が触れる。

「温かい……コレがアナタの熱ですか……」

　晃は泣いていた。
　そして……晃の中の化け物は怒り狂っていた。

　ユックリと心臓に触れる手の感触等わかるはずもないのに……分かっているかのような気分になった。

「なんて、愛おしい」

　何時もと変わらない藤原の声……そして、晃の心臓は引き抜かれ……藤原は止む事の無い鼓動に口づける。

「美味しく料理した暁には……とっておきのワインをだそう」



　晃は物理的に死を迎えた。



　再生の呪いが、不死の呪いが、停滞していた。
　生きようと藻掻く晃の肉の器を藤原はかき回し、その中身を抜き取って行く。

　雫は晃の死を認識した。

『いやぁああああああああああああ！！』

　雫の魂の叫びに、森の中のカラス達が騒ぎ出す。

　藤原はいつもと変わらぬ声とトーンで語った。

「コレは儀式だ。　分かるだろう？」

　穏やかな声に、カラス達は戸惑いながらも静まり返る。



　そして……雫は、晃から切り離された。

　愛を知るはずだったその日、愛を与えるだろう相手の死を感じ取り……その身にすがりつくこともできず、ただ嘆きながら……。



　解放された。

　

　雫の魂が、晃から離れた。
　遠ざかり……そして帰って行く。

「晃、死とは？　なんだと思う？　生とは？」

　晃は泣いていた。

　自分の死が悲しかったのではない。
　ただ、雫のぬくもりが去っていくのが寂しかったのだ。

　雫が目を覚ます……。
　目を覚ましてどうなる？
　苦痛が与えられるだけなのでは？

　彼女は逃げる事が出来るのか？
　カラス達は彼女を助けるのか？

　助けてどうなる？

　皎一さんは守る事ができるのか？



　俺は……？



　雫……。
　雫……。

　せっかく出会えたのに……。
　せめて、君は……生きてくれ……。



　晃は願った。
　チビカラスに。

　雫を守ってくれ……。
　遠い、あの地に……。
　あの子を守ってくれる人の元へ……。
　ここの人間が知らぬ、あの地に届けてくれ。



『了解いたしました……晃殿……』

　恭しくチビカラスはいい、夜にも拘らずカラスは激しく啼き空を行く。

　これで、悔いは……ない訳等ない！！



　流れ落ちる涙に、藤原は口づけ舌先で味わい……そして、笑い……耳元で囁く、甘く切なく……。

「死とは？　生とは？　次に目を覚ます時……君は、誰なのだろうね？」

　血に濡れた晃と藤原の身体。
　藤原の右手が置かれた晃の胸元には、左手に持たれた心臓とは別のものが蠢いていた。





　終わり。



　これで晃を主人公とした物語は終わりになります。

　後編は、雫を主人公とした下記作品へと繋がっていますので、よろしければ後編もよろしくお願いします。

【R18】彼等は狂気に囚われている