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43 観測
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「無念じゃな。この手でマギウスめを討ち取ってやりたかったのじゃが」
格納庫まで出撃の見送りに来たレヴィが、本心から悔しそうにそう言った。
「ま、大将同士の対決なんて、しないに越したことはねえよ。あっちにはどんな隠し球があるかわかったもんじゃねえんだし」
「そうですよ。陛下には要塞の指揮を取っていただかねばなりません。イサルヴァ将軍のベヒモスすら落とされた以上、私一人では要塞を支えきれません」
と、リリス。
レヴィによれば、魔国が現在稼働可能なドラグフレームは二機しかない。
レヴィのマジェスティックとリリスのティアマト。
魔王都にはベヒモスというドラグフレームもあったが、魔王都が陥落した際に撃破されてしまった。
つまり、諸侯軍にはドラグフレームをも落とすような戦力があるってことだ。
「最速でマギウスを撃滅して戻ってくる。それまでなんとか持ちこたえてくれ」
俺が言うと、
「ふんっ。朕を誰だと思っておる? 持ちこたえるなどと甘いことは言わん。敵を残らず蹴散らしてくれるわ。魔王都イズデハンを取り戻し、壮麗な水晶宮で英雄の凱旋を待たせてもらおう」
「余計な心配だったな。楽しみにしてるよ」
俺は昇降用ワイヤーを起動してコクピットまで上がる。
コクピットの中、後部ガンナーシートにはすでにパイロットスーツ姿のエスティカが乗っている。
『ガンナーシートは可能な限り慣性に耐えられるよう調整しました。エスティカのスーツも特別製です。でも、セイヤの操縦は荒っぽいですからね。安全なドライブというわけにはいきません。』
「はい。覚悟の上です」
クシナダの声に、エスティカがうなずく。
「んじゃ、行くか」
俺はコクピットに座り、ヘルメットをかぶる。
「セイヤ・ハヤタカ、ツルギ、出る! ……なんて言えればかっこいいんだろうが、とりあえずハンガーからは歩いて出るぞ」
残念ながらこのハンガーに射出台なんて気の利いたもんはない。
外に出たところで、周囲の安全を確かめ、バーニアをふかす。
ツルギが地面から浮き上がる。
「作戦開始だ。まずは大気圏を離脱する」
『ラジャー。』
バーニアの出力を上げ、ツルギはぐんぐん高度を増していく。
「す、すごい……これだけの巨体が空を飛んでるなんて」
エスティカが全周ディスプレイで眼下を望みながら感嘆の声を漏らした。
「これくらいで驚いてちゃもたないぜ」
ツルギは雲を突き破り、巨大だが薄暗い太陽の照らす大気の中を昇っていく。
大気は徐々に薄くなり、カクテルのようなグラデーションを描いて、宇宙の漆黒へと塗り替わる。
下方に見えていた大地ははるか遠い。
もっとも、この惑星エスティカは、直径が地球の五倍もある巨大な惑星だ。
成層圏に達しても、いまだ大地の果てる先が見えてこない。
「急ぎではあるが、気がかりを潰しておこう。クシナダ、惑星エスティカから離れて星図を確認してくれ」
『了解。』
しばらくして、ようやく惑星エスティカの全容が見えてきた。
紫の森林と赤茶けた大地、青い海、白い雲、凍りついた南北の極冠。
地球に比べると海が少ない印象だが、大地の間を細い内海が縫うように走り、その周辺に紫色の森が広がってる。
内陸に入るに従って森はまばらになり、荒野や砂漠へと変わっていく。
南極と北極はかなり広く、凍土が惑星の南北三分の一ずつを覆っていた。
「こ、これが、私たちの暮らす星なのですか……」
エスティカが惑星の姿に見とれている。
結果的に、エスティカはこの惑星初の宇宙飛行士になったわけだ。
エスティカは、自分の体重が消えたことにも驚いた。
シートに固定されてるから宇宙遊泳はおあずけだけどな。
「クシナダ、どうだ?」
『照合は終わりましたよ。ただ、結果の解釈に困っています。』
歯切れ悪く、クシナダが言った。
「どういうことだ?」
『照合の結果をそのまま伝えましょう。私の所有する星図と、ついさっき観測したこの星からの星図が一致しません。』
「そりゃ、観測点が違うからだろ」
『そうではありません。観測点の違いを考慮に入れ、二つの星図をさまざまに変形し、部分的にでも一致する箇所がないかと探したのですが、一致しないのです。』
「太陽系が見つからないとかじゃなくて、星図全体が一致しないってことか? たとえば、シリウスとかプロキオンみたいな目立つ星も見つからない?」
『その通りです。最初はこの惑星エスティカの属する恒星系が重力レンズやブラックホールなどの影響で太陽系から観測できない位置にあるのではないかと思いました。しかし、星図自体が異なるとなると、その仮説は棄却せざるをえません。』
「で、おまえはどう考えてるんだ? 新しい仮説くらい立ててるんだろ?」
『はい。でも、相当に突飛な仮説です。』
「いいから言ってくれ。時間もねえ」
『では、端的に言います。
惑星エスティカの存在するここは、太陽系とは異なる宇宙なのではないか――
私はそのように推測しています。』
一瞬、クシナダの言ってることが理解できなかった。
だが、じわじわと理解が及んできた。
「……そういや、マギウスは、俺を『別の世界から』この惑星に召喚した、と言ってたな。別の惑星から召喚したとは言わなかった。この惑星の住人たちがこの星のことを『この世界』って呼ぶのに違和感はなかったが、マギウスは『惑星』って言葉も使ってた。マギウスは、あきらかに『世界』と『惑星』を区別して使ってる」
『別の宇宙と言いましたが、もっと平たい言い方をしてもいいでしょう。すなわち――』
「……俺たちは今、異世界にいる。そういうことかよ、どちくしょう!」
俺はおもわず、肘かけにあるコンソールをぶっ叩いていた。
格納庫まで出撃の見送りに来たレヴィが、本心から悔しそうにそう言った。
「ま、大将同士の対決なんて、しないに越したことはねえよ。あっちにはどんな隠し球があるかわかったもんじゃねえんだし」
「そうですよ。陛下には要塞の指揮を取っていただかねばなりません。イサルヴァ将軍のベヒモスすら落とされた以上、私一人では要塞を支えきれません」
と、リリス。
レヴィによれば、魔国が現在稼働可能なドラグフレームは二機しかない。
レヴィのマジェスティックとリリスのティアマト。
魔王都にはベヒモスというドラグフレームもあったが、魔王都が陥落した際に撃破されてしまった。
つまり、諸侯軍にはドラグフレームをも落とすような戦力があるってことだ。
「最速でマギウスを撃滅して戻ってくる。それまでなんとか持ちこたえてくれ」
俺が言うと、
「ふんっ。朕を誰だと思っておる? 持ちこたえるなどと甘いことは言わん。敵を残らず蹴散らしてくれるわ。魔王都イズデハンを取り戻し、壮麗な水晶宮で英雄の凱旋を待たせてもらおう」
「余計な心配だったな。楽しみにしてるよ」
俺は昇降用ワイヤーを起動してコクピットまで上がる。
コクピットの中、後部ガンナーシートにはすでにパイロットスーツ姿のエスティカが乗っている。
『ガンナーシートは可能な限り慣性に耐えられるよう調整しました。エスティカのスーツも特別製です。でも、セイヤの操縦は荒っぽいですからね。安全なドライブというわけにはいきません。』
「はい。覚悟の上です」
クシナダの声に、エスティカがうなずく。
「んじゃ、行くか」
俺はコクピットに座り、ヘルメットをかぶる。
「セイヤ・ハヤタカ、ツルギ、出る! ……なんて言えればかっこいいんだろうが、とりあえずハンガーからは歩いて出るぞ」
残念ながらこのハンガーに射出台なんて気の利いたもんはない。
外に出たところで、周囲の安全を確かめ、バーニアをふかす。
ツルギが地面から浮き上がる。
「作戦開始だ。まずは大気圏を離脱する」
『ラジャー。』
バーニアの出力を上げ、ツルギはぐんぐん高度を増していく。
「す、すごい……これだけの巨体が空を飛んでるなんて」
エスティカが全周ディスプレイで眼下を望みながら感嘆の声を漏らした。
「これくらいで驚いてちゃもたないぜ」
ツルギは雲を突き破り、巨大だが薄暗い太陽の照らす大気の中を昇っていく。
大気は徐々に薄くなり、カクテルのようなグラデーションを描いて、宇宙の漆黒へと塗り替わる。
下方に見えていた大地ははるか遠い。
もっとも、この惑星エスティカは、直径が地球の五倍もある巨大な惑星だ。
成層圏に達しても、いまだ大地の果てる先が見えてこない。
「急ぎではあるが、気がかりを潰しておこう。クシナダ、惑星エスティカから離れて星図を確認してくれ」
『了解。』
しばらくして、ようやく惑星エスティカの全容が見えてきた。
紫の森林と赤茶けた大地、青い海、白い雲、凍りついた南北の極冠。
地球に比べると海が少ない印象だが、大地の間を細い内海が縫うように走り、その周辺に紫色の森が広がってる。
内陸に入るに従って森はまばらになり、荒野や砂漠へと変わっていく。
南極と北極はかなり広く、凍土が惑星の南北三分の一ずつを覆っていた。
「こ、これが、私たちの暮らす星なのですか……」
エスティカが惑星の姿に見とれている。
結果的に、エスティカはこの惑星初の宇宙飛行士になったわけだ。
エスティカは、自分の体重が消えたことにも驚いた。
シートに固定されてるから宇宙遊泳はおあずけだけどな。
「クシナダ、どうだ?」
『照合は終わりましたよ。ただ、結果の解釈に困っています。』
歯切れ悪く、クシナダが言った。
「どういうことだ?」
『照合の結果をそのまま伝えましょう。私の所有する星図と、ついさっき観測したこの星からの星図が一致しません。』
「そりゃ、観測点が違うからだろ」
『そうではありません。観測点の違いを考慮に入れ、二つの星図をさまざまに変形し、部分的にでも一致する箇所がないかと探したのですが、一致しないのです。』
「太陽系が見つからないとかじゃなくて、星図全体が一致しないってことか? たとえば、シリウスとかプロキオンみたいな目立つ星も見つからない?」
『その通りです。最初はこの惑星エスティカの属する恒星系が重力レンズやブラックホールなどの影響で太陽系から観測できない位置にあるのではないかと思いました。しかし、星図自体が異なるとなると、その仮説は棄却せざるをえません。』
「で、おまえはどう考えてるんだ? 新しい仮説くらい立ててるんだろ?」
『はい。でも、相当に突飛な仮説です。』
「いいから言ってくれ。時間もねえ」
『では、端的に言います。
惑星エスティカの存在するここは、太陽系とは異なる宇宙なのではないか――
私はそのように推測しています。』
一瞬、クシナダの言ってることが理解できなかった。
だが、じわじわと理解が及んできた。
「……そういや、マギウスは、俺を『別の世界から』この惑星に召喚した、と言ってたな。別の惑星から召喚したとは言わなかった。この惑星の住人たちがこの星のことを『この世界』って呼ぶのに違和感はなかったが、マギウスは『惑星』って言葉も使ってた。マギウスは、あきらかに『世界』と『惑星』を区別して使ってる」
『別の宇宙と言いましたが、もっと平たい言い方をしてもいいでしょう。すなわち――』
「……俺たちは今、異世界にいる。そういうことかよ、どちくしょう!」
俺はおもわず、肘かけにあるコンソールをぶっ叩いていた。
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