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152 まさかあの人に限って

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 アルミィが青い顔で私の部屋に飛び込んできたのは、私がこっちに戻ってひと月が経った頃のことだった。
 このあいだ、私は南北の大陸に飛んでダンジョンの攻略と技術者探しに当たってる。
 昨日ひさしぶりに魔王城に戻り、アルミィと一緒にご飯を食べ、お風呂に入ってゆっくり寝た。
 その翌朝に、凶報が飛び込んできた。

「ミナト! た、大変なの!」

「落ち着いて、アルミィ。どうしたの?」

「は、ハミルトンさんが……」

「ハミルトンが? まさか、樹国に拘束された?」

 ミストラディア樹国は、まだ魔王国を正式に認めたわけじゃない。
 賊の立てた国だと主張し、交渉に出向いたハミルトンを拘束する――そんなリスクは想定していた。

「ち、ちがうの。ハミルトンさんとは連絡が取れてないんだけど、樹国のミナトの知り合いだって人が、セレスタに駆け込んで……」

「えっ、どういうこと? 知り合いっていうと、シェリーさんかルイス?」

「ルイスって人。男性の魔術士だって」

「ルイスはなんて?」

「こ、これを見て」

 アルミィが私に、しわのついた書簡を手渡した。

 私はそれを広げ、一読する。

「えっ……」

 頭が真っ白になった。

 私は、文面をもう一度読み直す。

 それでも、書かれてることは変わらない。


「ハミルトンが……反乱?」


 私はあぜんとつぶやいた。

「そうなの……いったい、なにがなんだか……」

 アルミィがおろおろと言った。

(アルミィが動揺するのも当然だね)

 っていうか、私も動揺してる。

 それくらい、想像もしてなかった事態だった。

 私は手紙に書かれてたことを要約する。

「ルイスによれば、魔王国の全権として樹国との交渉に当たってたハミルトンは、突如ゆくえをくらませた。あわてて捜索に当たった樹国の巡査騎士団――シェリーさんたちは、霧の森のダンジョン遺構に不審な集団が立てこもってるのを発見する。その集団は魔族で構成されていて、それを率いてるのはハミルトンだった」

「嘘よ、そんなの。どうしてハミルトンさんがそんなことするの?」

「待って。まずは情報を整理しよう。
 ハミルトンは、魔王国からの独立を宣言し、霧の森一帯を『魔族共栄圏』の領土であると主張してる。立ち入ろうとした巡査騎士団をハミルトンたちは実力で排除した……」

 といっても、シェリーさんたちだって実力者だ。
 武力衝突を嫌ったシェリーさんが、様子を見るためにいったん引いたというのが真相らしい。

「そんなはずないよ!」

 アルミィが叫ぶ。

(ハミルトンは、アルミィにとっては譜代の臣でもあり、親代わりのような存在でもあるからね)

 だが、信じられないのは私も一緒だ。

 私の言葉に涙すら浮かべ、身命を賭して臨むと誓ったハミルトン。
 あれが嘘や演技だったとは思えない。

「……でも、シェリーさんがルイスに託して送ってきた手紙が嘘だとも思えないんだよね」

 樹国の公式の書簡ではなく、シェリーさんが弟であるルイスに持たせ、こちらに直接送ってきたものなのだ。
 騎士道一直線のシェリーさんが、嘘をついてまで私を罠にかけようとするとは思えない。
 ……まぁ、ルイスは必要とあらばやりそうなんだけど。

『樹国からの正式な使者がセレスタの大使館にやってきた』

 エルミナーシュが言った。

『ミストラディア樹国は、魔王国の内紛に巻き込まれたことを非難してきた。魔王国は、魔王に従わない危険な魔族を野放しにしないと言っている。その言に偽りがないのなら、霧の森を占拠した魔族の一団を速やかに排除せよ、と要求してきている』

 エルミナーシュの言葉に、私は奥歯を噛んだ。

「……たしかに、魔王国は魔族を受け入れるのと同時に、受け入れを拒む危険な魔族を責任を持って処断すると言ってきた」

「ミナト!?」

「各地に散った魔族は、現在の体制にとってはテロリスト以外の何者でもないんだ。それを受け入れることで魔王国の評判は落ちるけど、魔族を放っておくよりはマシだと思ってもらえると思ってた」

『そのもくろみはまちがっていない。各国の首脳は現実を見て魔王国に魔族の受け入れと処断を委ねるという判断をした。いや、そうせざるをえないだけなのだが』

「もし反乱が事実なら。魔王国は反乱した魔族たちを処断しなくちゃならない。それも、今後の戒めになるような、厳しい対応が必要だ」

「待ってよ、ミナト! ハミルトンさんがそんなことするわけ……!」

「そうだけど!
 まずは事実を確認しないと。シェリーさんの誤解なのかもしれないし……」

 だけど、シェリーさんは誤解でこんなことを言ってくるような人じゃない。
 樹国の正式な使者が着く前に情報をくれようとしてルイスを送ってくれたんだ。

 私はしばし考えてから言った。

「……わかった。私が行く」

 魔王国の全権を託していた魔族が反乱を起こし、他国の領土を占拠した。
 こんな事態になっては、もう魔王の体面がどうのなんて言ってられない。

「アルミィは待ってて」

 ひょっとしたら、アルミィにはとても辛いことになるかもしれない。
 そう思って私は言ったのだが、

「ううん。私も行く」

 アルミィはきっぱりとそう言った。

「もし、だけど……本当にハミルトンが裏切ってたら?」

「だからこそ、だよ。もし本当に裏切ってたんなら、ハミルトンさんを信じた私の責任だから。私が……ハミルトンさんを討つ、よ」

「アルミィ……」

 普段の様子からは想像しにくいが、アルミィはもともと魔王剣アルミラーシュの力を受け継ぐ器だ。
 魔法戦なら私が有利だけど、接近戦になったら私でもアルミィには勝てないだろう。

 ハミルトンも四天魔将の古株であり、相当な実力者だ。
 だけど、ハミルトンでは、私にもアルミィにも勝てそうにない。

 それどころか、グリュンブリンにも勝てないと思う。
 グリュンブリンは、私たちと一緒に、エルミナーシュの試練で共闘してる。
 以前はハミルトンと五分かハミルトンがちょっと強いくらいだったらしいけど、いまではグリュンブリンのほうが強いのだ。

 ボロネールは……まぁ、真っ向からの戦いでは、まだハミルトンに分があるだろう。
 でも、反乱とか国を建てるとか、そういった事態につきものの搦め手なら、ハミルトンを手もなくあしらえる。

(だから、おかしいんだよね)

 ハミルトンが自分の実力を思い違えている可能性は低い。
 私とアルミィが双魔王としてこの国に君臨してるのは、単なる肩書きだけのことじゃない。
 そのことを、ハミルトンはよく知っている。

(魔族共栄圏だっけ。そんなものを打ち立てたって、魔王国に敵いっこないのははっきりしてる。
 魔族の集団っていうのは、ハミルトンがつなぎを取ってた各地の不平魔族たちなんだろうけど……)

 魔王国の事情に疎い各地の不平魔族が反乱に加わるのは、まだわからなくもない。
 元四天魔将で人望の厚いハミルトンが号令すればなびくかもしれない。
 心情的には、幽世に長年封じ込められてきた恨みを吐き出したいのが魔族たちの率直な思いのはずだ。
 私とアルミィは、そんな魔族たちの気持ちに蓋をしている。

(ハミルトンも、一緒だったのかな? 魔族の長年の恨みを晴らしたいと思ってた? それが魔王国では叶いそうにないから、自分で国を建てることにした?)

 筋が通っていなくはない。
 けど、あの「堅忠の」ハミルトンが、心酔してるアルミィを、こんなにあっさり裏切るものだろうか?

(まさか……あの神がなにかしたのかな)

 ちゃらんぽらんな神の笑顔を思い出し、私はおもわず宙を睨んだ。
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