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173 破滅の未来視

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 エルフたちは、広大な森の中に避難していた。
 コロニー内部に作られた人工の森だ。
 コロニー内では、ドーナツの外周に向かって重力が働いてる。従って「地面」は外周の内側だ。中に立って見ると、「地面」はゆっくり弧を描いて上にのぼり、ドーナツ内側の天井に隠れて見えなくなる。地面をまっすぐ歩いていけば、ドーナツ外周の内側をジェットコースターのループのようにひとめぐりできる構造だ。

 私とアーネさんは、途中で助けたエルフの少女を救護役のエルフに預け、神官長に案内されて、巨大な大樹のふもとへとやってきた。
 大樹は幅だけで数百メートルはありそうだ。幹はまっすぐに伸びて、ドーナツの内側の天井を貫いてる。その先は、回転するコロニーの中心軸だ。

「シャフトよ」

 アーネさんが言った。

「シャフト?」

「ええ。外から見たでしょ。外側をまわってる円環から、中心の軸に向かって何本かシャフトが伸びてるの。シャフトを通じて中心の軸――精霊樹に至ることができる。ここでは『枝』とも呼んでるわ」

「ここのことをぺらぺらと部外者に話すな、マリアーネ様」

 神官長の口調は、敬称こそつけてるものの、かなり敵意のあるものだった。

「いまさらじゃない。あいかわらずお固いわね」

 アーネさんが頬を膨らませる。

「このさとの秘密を知れば、自然とお固くもなろうものだ。そのまえに逃げ出したおまえにはわからんだろうがな」

 アーネさんは「枝」と言ったが、目の前にあるのはどう見ても大樹だ。
 それも世界樹とか呼ばれかねない大きさの。

 「枝」の根元に空いたうろに私たちが入る。
 ひんやり湿ったうろの中には、太い透明なチューブが縦方向に走ってた。

「エレベーターか」

 私がつぶやくと、

「ほう、人間にしては物を知っているな」

 神官長がそう言って、近くにあったパネルを操作する。
 透明なチューブの中をカプセルのようなものが降りてきた。
 大きさは数人が一緒に乗れるくらい。

「ミナトはただの人間じゃないわ。いま地上で何が起こってるか、あなたは知ってるの?」

 アーネさんが、神官長に挑むように言った。

「地上のことなど知らんな」

 神官長は、そう言いながらもエスカレーターに私たちを乗せ、自分も中に乗り込んだ。

 エスカレーターが滑らかに上昇する。
 透明なチューブが「枝」の中を走っていく。
 途中から「枝」の壁が透明になり、コロニーのドーナツ部から中心軸に向かってる様子を見ることができた。

 遠くに、エスカヴルムとシャリオンの乗ってるシャトルも見える。
 二人には通信機で状況を伝えてある。
 神官長が許さなかったので、二人をこっちに連れてくることはできなかった。
 でも、いまのところはそれでよかったかもしれない。
 シャトルはオートパイロットだが、無人にするのには抵抗がある。
 コロニーが安全とも言い切れない以上、竜であるエスカヴルムはともかく、ただの駆け出し盗賊士でしかないシャリオンをこっちに来させるのは危険だろう。

 エスカレーターは宇宙空間を抜け、コロニーの軸――精霊樹へと入る。
 精霊樹は外から見た限りでは白銀の巨大な円柱だけど、内側はたしかに樹木だった。
 ドーナツ部とちがい、こっちには重力が働いてない。もちろん空気はあるけど。

「着いたぞ。降りろ」

 神官長の憮然とした声に促され、私とアーネさんがエレベーターを降りる。

「お母さまが眠りに入ったというのは本当なの?」

 アーネさんが聞いた。

「本当だ。いまは起きておられる。フローネさまの命令がなければ、どうして貴様らをここに通すものか」

 神官長がそう言って歩き出す。

 エレベーターを降りた場所は作業用の足場のようなところだった。
 エレベーターの降り場の周りに剥き出しの金属の足場がくまれ、そこから木がからみあってできた螺旋の回廊が上へと続く。
@無重力なので、レールを走るガイドにつかまって自動で進むだけだ。
 回廊は二階分くらいで天井に入った。

 天井を抜けた先にあったのは、植物に覆われた広い円形の空間だ。

 その真ん中に、ねじくれた木の根のようなものに覆われた、天蓋付きのベッドがあった。

(ベッドっていうより、冬眠用のカプセルみたいだけど)

 そのカプセルに、アーネさんより幼く見える、桜色の髪をしたエルフの少女がいた。

「お母さま!」

 アーネさんが少女に駆け寄った。

「ああ、マリアーネ。愛しい娘。よく戻ってきました」

 少女が淡い微笑みを浮かべてそう言った。

 私はアーネさんに近づきながら聞く。

「アーネさんのお母さん、なの?」

「そうよ。エルフはエーテルと相性がいいほど若い身体で成長が止まるって言ったでしょ」

「それでアーネさんより幼いのか」

「せめて若いって言ってくれる?」

 アーネさんにじろっと睨まれた。

 アーネさんのお母さんは、私たちのやりとりを楽しそうにながめてる。

「ふふっ。アーネにもお友だちができたみたいでよかったわ」

 幼い顔に母親らしい笑みを浮かべ、お母さんが言う。

「わたしはミルフローネ。フローネでいいわ。あなたは、魔王ジョウレンジ・ミナトでいいのよね?」

「えっ、どうして知ってるんです?」

 神官長は私の身元になんか興味を示してなかった。
 そのせいで、まだ自己紹介もしていない。

「お母さま。やっぱり精霊樹で眠られていたのですね。お身体のほうは?」

 アーネさんが心配そうに聞いた。

「だいじょうぶ、とは言えないわね」

 フローネさんが、自分の髪のひとふさをすくった。
 もとが桜色なのでわかりにくいが、そこには白髪が混じってる。

「そんな……」

「悲しそうな顔をしないで、アーネ。必要なことだったのよ」

「お母さまは何を見たのですか?」

「精霊樹は、わたしに未来を見せました。
 エルヴァンスロウが滅び、神へのほこが失われ、地上もまたあの灰に覆われ、人々は生きながらにして世界を呪う道具とされる。
 双魔王ジョウレンジ・ミナトとアルミラーシュたちはその脅威に最後まで立ち向かった。
@でも、最後の最後で、この事態を打開するには、既に滅びてしまったエルヴァンスロウが必要だったと知る」

 フローネさんの言葉にぞっとした。

「それは……予言ですか?」

 私の質問に答えたのはアーネさんだ。

「精霊樹が巫女に見せるのは『ありうべき未来』だと言われてるわ」

「正確には、その時点で最も実現する可能性の高い未来を見せられるの」

「じゃあ、いまのままでは私たちは神に勝てない?」

「その可能性が高い、というだけよ。だいいち、本当に動かしがたい未来なら、見たってしょうがないじゃない。未来はまだ決まってないわ」

 フローネさんが力強く言った。

「あなたが戻ってくるのも見えていたのよ、アーネ」

「だから神官長にあらかじめ命令しておいたんですね。ここに連れてくるようにって」

「ええ。だから、エルヴァンスロウが滅んでしまうまえに、わたしは可能な限りの未来を見ておく必要があった。後事をあなたたちに託すために。
 ……けほっ、けほっ!」

 フローネさんがうつむき、手を口に当てて咳き込んだ。
 その手についた鮮血を見て、私とアーネさんは息を飲む。

「お、お母さま!」

「……まだ、だいじょうぶよ。時間がないわ。いまから言うことをよく覚えておいてちょうだい。だけど、わたしがあげられるのはあくまでも未来の可能性についての断片的な情報だけ。未来を勝ち取るのはあなたたち自身だってことは忘れないで」

「そんな、これが最後みたいな言いかた……」

「アーネ。郷を出て行ったあなたがこうして戻ってきたのにはきっと意味があるわ。わたしは神を信じないけれど、人知を超えた運命のようなものがあるんじゃないかと思うことはある。
 あなたの隣にミナトさんがいるのも、きっと偶然ではないのでしょう。ああ、愛しい娘。押し付けるみたいで悪いけれど、世界の未来をあなたに託すわ」

 そう言って、フローネさんは語り始めた。

 精霊樹が彼女に見せた、これから起こる世界の破滅について。

 すべてを聞き終えたとき、私の身体は震えていた。
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