『砂の器と空の耳 ―ざまぁにならないマルタとマリアの祈りの食卓―』

『砂の器と空の耳 ―ざまぁにならないマルタとマリアの祈りの食卓―』

マルタとマリア

朝は 水の冷たさから始まる
指先にひびをひらかせる温度で
皿を洗い 鍋を磨き
見えない一日を かたちにしていく

「まだ終わらないの?」
「終わらせているのよ」

言葉は交わるのに
意味はすれ違う

庭では 風が本をめくる
触れられない頁が進み
読まれない言葉だけが
静かに残っていく

「今日はいい風ね」
「洗濯物が乾かないの」

同じ空を見ているはずなのに
見ているものが違う

ひとりは 満たすために動き
ひとりは 失わないために留まる

台所の音は 祈りに似ている
繰り返し 続けること
終わらないこと

けれど 祈りは
ひとつのかたちではない

皿は 先に冷める
誰かのために並べられた温度は
触れられる前に 役目を終える

「よくやっている」
その言葉は 救いではなく
崩れないための重さだった

味が消える
噛んでも届かない
それでも 飲み込む

庭では 笑い声がほどける
風に乗って
どこか遠くへいく

「どうして座っていられるの」
「どうして動き続けるの」

問いは 答えを持たない

ただ
同じ家の中で
違う祈りが 続いているだけ

器は 砂でできている
守っているつもりの形は
触れた瞬間に崩れるほど
あやうい

耳は 空に向いている
すべてを聞く代わりに
何も選ばない

それでも
そこに残るものがある

冷えた皿
固くなったパン
乾ききらない布

それらは失敗ではなく
途中のかたち

「これでいいの?」
「……いい」

それは許しでも
正しさでもない

ただ
ここにあるものを
そのまま置いておくという
小さな決断

祈りは 完成しない

満たされず
理解されず
それでも続いていく

誰も勝たず
誰も負けず

ただ
見捨てられなかったものだけが
静かに残る

それを
祈りと呼ぶのかもしれない

マルタとマリアは
同じ食卓の前で
違うかたちで
同じものを守っていた

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