『十五人囃子の不在』

『十五人囃子の不在』

緋色の段に
並ぶはずの音が
今夜は足りない。

太鼓は沈黙し、
笛は息を忘れ、
小鼓の指先だけが
空を叩いている。

ひとり、
ふたり、
数えても、
どこかで欠ける。

「誰がいないの?」

と、幼い声が問う。

母は笑う。
「最初からこうだったのよ」

でも違う。

この壇は、
祝うための舞台ではなく、
長い時間の箱。

樟脳の匂いが、
鼻の奥で白くほどける。
絹の袖が擦れ、
小さな鈴がかすかに鳴る。

音はある。
けれど、合奏は始まらない。

「十五人囃子って、いたっけ」

父が冗談めかす。

「五人でしょ」

娘が笑う。

それでも私は知っている。

この壇には、
声を上げなかった誰かが
もう十人、立っていた。

口を閉ざした官女の後ろに。
傷を負った右大臣の陰に。
掃ききれなかった仕丁の埃の奥に。

祝祭は、
いつも誰かの沈黙で出来ている。

桃の花は、
無邪気に咲く。

「きれいね」

その一言の裏で、
何が折れ、
何が諦められ、
何が箱に戻されたのか。

緋色は鮮やかだ。
血のように。
約束のように。

でも、
不在はもっと鮮やかだ。

座るはずの場所に
ぽっかり空いた影。

そこに風が通る。

「片付けようか」

箱を開け、
人形を戻す。

ひとつ、
ふたつ、
数えながら。

「あれ?」

誰かが言う。

「一体、足りない」

けれど、誰も深く探さない。

いなかったことにすれば、
祝祭は崩れない。

私は
緋色の布の上に
そっと手を置く。

冷たい。

けれど、
確かに温もりが残っている。

十五人囃子は、
最初からいなかったのではない。

鳴らなかった音が、
ここにあったのだ。

沈黙の拍子で、
わたしたちは育ち、
笑い、
嫁ぎ、
去っていく。

そして来年も、
また並ぶ。

同じ顔で。
同じ姿勢で。

ただひとつ、
不在を抱えたまま。

緋色の上で、
音のない囃子が
今日も鳴っている。

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