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第五章:絶対に負けられない戦い

第105話:思い出

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 第1回戦目は和弥の圧勝で終わった。

「10分間の休憩です。トイレなど行きたい人は早く済ませて下さい」

 終わったA卓に大会係員が声をかけた。

「強いわね」

 眼鏡をかけ直した恵がいう。

「どーも」

 目線を合わせず、和弥はペットボトルの水を飲む。

「本当に動じないけど。それが、あなたのいいところであり、悪いところでもあると思うわ」

「………」

 負け犬の遠吠え、という訳でもないのだろう。恵の雀力は低い訳ではない。和弥は思わず、恵の顔を見つめた。

「相手を恐れないのはいい事よ。ヘンに謙虚な心構えは、同時に相手を恐れることも多くなるし」

「何が言いてぇ……?」

 含みを持たせた恵の言い方に、思わずカチンと来る和弥。

「説明が難しいところね。まぁ要は、相手をナメてもいけないし、相手にナメられてもいけないってことよ」

「───どうとでも解釈してくれ。俺は勝つための最短距離を行く」

「ええ。これからも揺さぶられないか、存分に楽しませてもらうわ」

 第2回戦。
 トン1局目は全員ノーテン。
 親流れで東2局・一本場。ドラは三萬。恵の親番である。

(今度は国士でも狙えってか………)

 八種八牌の酷い配牌ハイパイだ。和弥は国士無双コクシムソウを狙いながら、いつでもオリれる体勢を作っている。

「リーチ」
 

 6巡目で恵がドラ切りリーチ。

(このルールでドラ切りって事はある程度まとまった手か…。捨て牌は完全な手なりの順子系……。どっちにしろこの配牌で助かったぜ)

 静かにペーを切る和弥。ところが………。

「ロン。リーチ・ドラ。3,900の一本場で4,200」

(ぐ…!) 

 流石の和弥もこれには固まった。

(ドラを残せば平和ピンフ・ドラドラだろうに………)

「はいよ」

 4,200を恵に支払う和弥。

(この面子でドラスジ両面リャンメンなんて出ないに決まってるもの。それにあなた───その捨て牌、全帯公チャンタ七対子チートイか、あるいは国士でしょ? 字牌抱えてる可能性高そうですものね)

 先ほどの宣言通り、和弥を揺さぶりにきた恵。
 これには控室の龍子も、流石に驚いていた。

(手を安くしてでも、竜ヶ崎を狙い撃ちか………。ふ、私も新一さんにやられたトリックプレイだったな。さて、この逆境をどうするのか。見ものだな)

 東2局・二本場。ドラは八筒。
 牌山がせり上がる。 

(大事なのは…俺が崩れない事だ)

 和弥は自分に言い聞かせるように、牌に手を伸ばしていく。
 9巡目。

「ツモ。平和・ドラ。二本場で900・1,500」

(やるねぇ~。ここまで揺さぶられてもまだ冷静でいられるんだ)

 1,500点を和弥に払う恵。

猛禽類ラプター………。お父さんを破滅させた男・竜ヶ崎新一。実際に会えたら刺し殺してやろうと思って、手芸セットにはいつも大き目の裁ちバサミを忍ばせてた……。あれほど嫌っていた麻雀のルールも憶えて、紅帝楼こうていろうに出入りを始めた……)

『お嬢さん。今の手。ここで一筒を切ったのはどうしてだ?』

『え? あ、いや……345の三色も見てたんで、両面カンチャン優先で…。西ドラも自風牌ですし、ポンに備えて萬子マンズは両面決め打ちにしたくなかったんです…』
 

 恵はそのあと、実際に二筒をツモって和了アガりを逃したのだ。

『はは。ここは七索切りだよ。筒子ピンズは山にたくさん残ってるし。第一上家カミチャ索子ソーズ染めだったし。この場面で六索引きを心配する必要はないさ』

(女って単純だよね………。なまじイケオジだったから、手芸セットの裁ちバサミに入れてたナイフの事も忘れて。私は新一さんの話に聞き入った)

 その日から、恵もまた麻雀にのめり込んでいった。

(その新一さんの息子が、対面にいる。なんて因縁なんだろう……)
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