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12、縫い付けられ、寄り添われ、追い抜かれ

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 「元・文芸部で元・読書部で出戻り文芸部ってことと、後輩ギャルに慕われてたことぐらいしかわかんなかったねー」
  「あとは本人が入り浸ってたっていうサイトか」

  響季と柿内君は零児の母校を後にすると、一時間かけて駅前まで戻り、漫画喫茶に入った。
  そしてパソコンで栗山さんから聞いたサイトを検索する。
  《全国中学生読書部》というサイトはすぐにヒットした。
  アクセスカウンターを見るとかなりのアクセス数だ。
  わりと大きく表示されている元・全国中学生読書部BBSという項目をクリックすると、元・読書部だった読書家達の意見交換の場になっていた。小生、などという一人称が妙に鼻につく。
  部を卒業してもなおサイトに入り浸り、卒業生は毎年増え続ける。
  書評で紹介された本の売り上げがちょっとだけあがるというのも頷けた。

  『ある読書家の書評』という項目をクリックすると、毎日更新で1日1冊、年間365冊の本が全国の中学生たちによって紹介されていた。
  とりあえず今日の日付をクリックしてみると、岐阜県のPN 蛙石。 という中学生が『パイシートが常温に戻るまでに君を殺す』という背筋が寒くなるようなタイトルのライトノベルを紹介していた。
  そこから日付を遡ると、昨日、一昨年、その前、さらにその前と続いている。

  「この中から探すのか」

  柿内君がカップに入った無料ソフトクリームを響季に差し出しながら言う。

  「いやあ、すぐ見つかるでしょう。あっ、柿内氏。あたし、アイスはコーン派なのにぃ」
  「だったらご自分でどうぞ」

  渋々響季がカップのアイスを受け取り、零児が読書部に在籍していた二年前の書評ページをクリックする。
  本のタイトルと、紹介した中学生のペンネームがずらりと並ぶ。

  「何度も採用されてるって言ってたから、その中でも面白い、人を惹き付ける文章書く子だよ。さっきの、キング探すよりはたぶんずっと簡単だ」

  そう言って響季と柿内君は365個の書評を一つずつ読んでいく。

  「これ…、かな?」
  「たぶん、そうだな」

  果たして、零児のペンネームはすぐにわかった。ヒントになるのは年齢と住んでる地域ぐらいだったが。
  独特のネーミングセンス。
  常連と言っていいほどの採用率。
  読んでみたいと思わせる書き方。
  妙に詩的な文体だったり、時にはこれは絶対オススメですと、ストレートに、テンションが高い紹介文。
  紹介する本は他の中学生がその時流行った本や恋愛小説、往年の名作と言われるものや、ライトノベルなどが多い中、零児はハードカバーの本から始まり、タレント本、伝記、10年前のダイエット本、クトゥルフ神話、ゲームの攻略本、20年前に書かれた最先端癌治療についての本、世界の戦車・戦闘機写真集、大衆歌舞伎について書かれた本、すでに失墜した経営者が過去に出した経営本、大人が泣ける絵本、簡単収納術、小説の書き方本、世界のフレーバーティーの本、芸人のコラム本。

  チョイスが実におかしなことになっている。乱読、なんてものではない。
  本ならなんでもいいんでしょとばかりに、手当たり次第なチョイスだった。
  しかし不思議と読んでみたいと思わせる本ばかりだった。
  ソフトクリームは、カップの中ですっかり溶けていた。

  「これほんとに一人で書いたのか」

  柿内君がディスプレイを見ながら呟く。

  「なんかもう、荒らしに近いよね」

  何かに追い立てられ、掻き立てられて投稿しているように響季には思えた。
  まるで自分の有り余る文才と時間を無理やり消費するかのごとく。

  「これ、採用されたらなんか貰えんの?紹介して本売れたら売上から何ポイントか貰えて使えるとか」
  「何もないだろ」
  「タダでこんなめんどくさいことやってんの?」

  ビスケットと交換で血を分け与える響季からすれば信じられなかった。

  「呼吸でもするように文章が浮かぶんだろ」
  「だったら他に才能回したほうが…」

  高校生達が顔を見合せ、デカ長代理補佐見習いが言う。

  「だからラジオのネタ職人に流れたのか?」

  
  くらっぷおんちゃんねる!
  パーソナリティ 久東 蘭/河村 鈴佳 コーナーアシスタント 誉志野 紗智
  第43回放送分 ふつおたのコーナーより抜粋

  久東「だってもー、あれだよー?女スパイが太腿に付けてるちっさい金色のピストルあんじゃん。あれで宇宙戦艦百個ぐらい相手にするようなもんだよー?もう。はい、もうじゃあメール。えー、オチャーンネーム 三年連続雨天中止くん」
  河村「何がだよ(笑)」

  
  そのラジオネームを聴いて、零児は電気を消した自室のベッドでカッと目を開く。
  そして枕元に置いたカセットウォークマンを見る。
  今聴いたラジオネームは、自分が《全国中学生読書部》というサイトで書評を書くときに使っていたペンネームだった。

  
  久東「わかんない(笑)体育祭?」
  河村「三年間ずっと。中学高校と体育祭雨天中止(笑)」
  久東「あー、でも高校がいいかな(笑)結構サボれますよね。中学だとわりとがっかりしそう(笑)組体操とかすげえ練習したのにみたいな」
  河村「あの子とフォークダンス踊れない、みたいな」
  久東「フォークダンス?」
  河村「えっ!?踊らなかった!?マイムマイムだった?」
  久東「知らない。パラパラとかじゃないの?」
  河村「手、繋がないじゃん!(笑)」
  久東「いいですよそこは別に(笑)思春期だからみんな繋ぎたくないですよ。手汗びっちょりだし」
  河村「それはお前だけだよ!!」
  久東「ばらすなよぉー!!(笑)しっとりさらさらだよぉー!!」
  河村「しっとり(笑)湿度はあるんだ」

  
  ラジオネームだけでこんなにいじられている。
  たまたま同じラジオネームなのか。よくある名前なのか。 
  知らない誰かが、かつての自分と同じ名前の誰かがウケていることに、笑いを取っていることに零児は歯噛みする。
  確かにこのペンネームは、体育祭が三年連続で雨天中止になったら面白いなとぼんやり思い付いたことから考えた名前だ。

  だが中学一年の終わりに考えた名前だから、今聞くと恥ずかしい。
  ラジオなどの音声媒体に比べ、ウェブサイトなどの文字媒体では字数が少ない名前の方がいい。
  そのため少ない字数でインパクトを与えられる漢字は重宝する。
  逆にすべて漢字で書いた名前は、音声媒体では読みづらい。
  学のないパーソナリティの場合、読み間違えてネタ殺しに、あるいは読みづらい名前付けんじゃねえよとキレられることもある。
  気の効かないやつが、自分と同じようなセンスを持っている。
  零児はウォークマンを、憎しみの籠った目で見つめる。


  河村「(笑)早く内容いけだって」
  久東「ラジオネームだけで引っ掛かりすぎだよ(笑)えー、『かわさん、くどぅーちゃん、くらにちわー。自分は最近運転免許の教習所に通っているのですが、その教習所にすごく可愛くて仲良くなりたい子がいます』」
  河村「おっ、恋バナ?」
  久東「『でも自分はなかなか話しかけることが出来ません。そのことを友達に言ったら、免許合宿の方がすぐに彼女が作れると言われました。バイクの免許はぜひ合宿でとろうと思うのですが、お二人は合宿免許に興味はありますか?』」
  河村「何コレ(笑)想い人の子はいいの?」
  久東「もう過去の人なんだよ(笑)教習所の子は。教習所ちゃんは」
  河村「じゃあ合宿ちゃんに向けてアップを始めたと」
  久東「その前に今の免許とろうね(笑)これ普通乗用車?」
  河村「オートマかな」
  久東「マニュアル?どっちでもいいですけど(笑)えっ、合宿興味ありますかって」
  河村「それは恋人が出来るかもしれないから興味ありますかってこと?」
  久東「わかんないけど(笑)でもあたしちょっと行ってみたい。わりと田舎の方とかだったりなんですよね?」
  河村「えっ?周りなんもないじゃん」
  久東「あー、だから恋が芽生える」
  河村「おおっ!フゥー!(笑)ヒューヒュー!ホッワホッワ!(笑)」
  久東「いやみんなそうではないでしょう(笑)えー、でもあたし免許もうあるしなー」
  河村「とってないやつないの?なんか、大型とか。わかんないけど(笑)番組でさあ、行こうよ」
  久東「合宿?」
  河村「合宿所から収録(笑)ゲストが相部屋の人で」
  久東「合宿って何週間とかでしょ?何週分もあっちで録るんですか?」
  河村「じゃあくどぅーちゃんだけ合宿行って、その間あたしモーリー(※ 森永茜)とやるよ。あのあたしがたまに履く、可愛いけど窮屈なミュールを脱いで放送するよ!モーリー脱いでても全然怒んねーし!(笑)」
  久東「なんでお前だけ大好きな子とやんだよ!(笑)じゃああたしも村谷さん(※ 村谷航兵)とやるわ。呼んだらアイツすぐ来るわ、あのオッチャン(笑)ラジオ大っ好きやから」
  河村「あーあ!じゃあもうコンビ解消だこりゃ!!あんたとはもう、やっ…、ヤッ、テラレマヘン、わぁー(棒読み)」
  作家「(笑)」
  久東「関西弁が全っ然口に馴染んでない(笑)」
  河村「すっごい探り探り(笑)」
  久東「はい、次のメール」
  河村「やってられまへんわぁーってホントに言うの?関西の人」
  久東「言わない(笑)」


  
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