115 / 201
アニラジを聴いて笑ってる僕らは、誰かが起こした人身事故のニュースに泣いたりもする。(上り線)
12、職人の本音
しおりを挟む
「ザダンカイ?」
あまり日常的には聞き慣れない言葉を響季が繰り返す。
「あのー…、俺がネタ送ってる雑誌の、ネタ職人の。上位ランクのやつとか常連とかを集めて編集者仕切りでやるらしいんだが」
「へえーっ。すごいじゃんっ!それ雑誌に載ったりするの!?」
「まあ、な」
響季自身はあまりピンと来ないが、恐らくそれはとてもすごいことだ。
けれど当の本人は嫌そうな顔をし、
「嫌なの?」
「嫌だろ。ろくでもない」
そう苦々しい口調で言った。
ネタ職人の誌上座談会というものを柿内君も何度か見たことがある。
いつ頃から職人なのか、いつどんな時にネタを考えるか、思いつくか、週に何ネタ送るか、自分が採用された中で一番自信のあるネタなどを喋らされ、編集の指示なのかお寒いオモシロポーズを全力でさせられていた。
ネタ職人というのは往々にして社会不適合者が多い。
柿内君や響季、ここにはいない誰かのように、学生時代の度の超えたお遊びとしてやっているのならまだいい。
が、モラトリアム期を経て尚足を洗えず、職人業がライフワークと化し、そちらがメインになっている人間が座談会クラスの職人には多い。
柿内君はそこに自分が加わるのが嫌だった。
まるで未来の自分そのものを見ているようで。
「そうなんだ…」
自分以外のリアルなネタ職人というのはせいぜい二人しか知らなかった響季が、親友に語られたそんな実状と座談会というものに、多少ショックを受けるが、
「当然、全員が全員そうじゃないだろうがな。ただ、あとは…」
言って柿内君が大きな手で、手のひらをこちらに見せるようにして自分の顔から上半分を隠す。
「あー、そっかあ」
その風俗嬢スタイルに響季が納得する。
彼は顔出しNG希望のネタ職人だった。
座談会ならいくら覆面で登場しても、その存在が生々しく世間に知れてしまう。
柿内君は世間に自分という存在が知られてしまうのが嫌な職人だった。
精製したネタだけを世間に提供し、笑いを取りたい。それを生産する自分にスポットライトなんて当てなくていい。そんなものは無粋でしかないと。
「そもそもほとんどの人間が、ネタ職人のパーソナルな部分なんて興味無いだろ」
上半分から今度は顔の下半分を隠し、柿内君が言う。まるで世間的にはあまり言ってしまってはいけないことを言うように。
「まあ…、そっかな」
その言葉に響季が同意する。
確かにラジオでもメールを介して特定のリスナーとパーソナリティの慣れ合いが続くとうんざりしてくる。
番組側は面白いと思っているかもしれないが、それを聴いているリスナーは内輪ネタのようなノリがお寒く感じてくる。
いや、リスナーとしてならお寒く、疎外感を感じ、職人としてなら特定のリスナーにスポットライトが当たることに妙な嫉妬さえあったが、響季はそれを親友には言わないでおいた。
ともかくそんな現象が雑誌の読者コーナー界隈でも起きているらしい。
「出たくないんですって言えば?」
「言ってたさ。ずっと。それとなく」
響季がアドバイスするが、柿内君はそれはもうやったと顔をしかめる。
彼自身その雑誌の常連職人歴は長い。ランク上位に入ったことも何度もある。
雑誌サイドからはそれまで何度も座談会に出席してくれと言われていたが、なんやかんやと理由をつけてずっとスルーしてきた。自分はシャイなボーイだからと。
だがそれも数年続くと出来なくなった。
「常連職人の間じゃ実在しないんじゃないか説も出てるとかで」
「非実在職人?」
「どこまでほんとかわからないけどな。それを証明するためにいい加減、一度くらい出ろと。逢いたがってる職人もいるからって。平日の昼間は学校あるだろうからってこっちのスケジュールも優先してくれて」
「えー?なんか必死だねー。こわーい」
のんきに言ってくれる響季に、頭痛が痛いと柿内君が額を抑える。
今はどんな人間でもネットツールを使えば世間に自分という存在を知らしめることが出来る時代だ。
同時に、どんな人間でも世間に自分という存在を知らしめたくて仕方ない時代だ。
そんな時代だからイマドキの若者たる柿内少年も、スポットライトを浴びたくて仕方ないだろうと雑誌サイドは勧めてくる。
むしろそれを拒否する少年を疑問視し、遂にはせっかく晴れ舞台を用意してやってるのにという不満すら見えてきた。
「他の職人さんも逢いたがってるって、いっちょ揉んでやるかあ的な?」
言って響季がモミモミとエア肩揉みをしてみせ、柿内君の顔が青くなる。
弱冠15、6歳の自分が常連職人に名を連ねていて、仮に他の職人が年上ばかりならからいっちょ揉まれてしまうかもしれない。
妙な慣れ合い感と年上ヅラを伴って。他にはどこに送っているのか、採用率はどれぐらいなのかなど、おかしなライバル心を持って根掘り葉掘り。社会不適合者のような人達に。
「せっかくだから連絡先交換しようぜー、みたいな?」
続けて響季がそんな考えうる可能性を上げてみせると、
「えっ!?ゲロ吐くの!?」
あまりの嫌悪感に柿内君がぼぐっと頬を膨らます。
更に目も白黒させるが、すぐに頬の中の空気を飲み込み、何事もなかったように頬をしゅんと元の空気圧に戻す。
「相変わらずエアーゲロ上手だね」
最初から何も入ってなかった頬袋と、それを使った名人芸を響季が褒める。
しかし嘔吐物はエアーでも、嫌悪感は本物だった。
「そんなに嫌なの?出るの。と、他の職人さんに会うの」
顔芸を披露してなお晴れない顔に響季が訊くと、柿内君が目線を合わせずに頷く。
うん、…うん、と、少し考え二段階で。
彼もまた、ここにはいないネタ職人と同じで職人同士で慣れ合う気など無かった。
繋がりなど持たず、ストイックに、孤高でいたかった。
「そっかぁ。大変だね」
そんなものに呼ばれるクラスではない響季が、再度柿の種をポリりながらまるっきり他人事のように言い、
「ずーっとパスしてったらどうなるんだろうね。ギリッギリまで拒否ったら」
「………昔な」
「うん?」
「中一の頃かな。全く別の雑誌で、同じような集まりがあって…。常連職人の親睦会みたいな。編集部主催で。それに是非来ませんかってメールが送られてきたことがある」
「うん…」
ぽつぽつとまとまりなく話しだす親友に、響季は柿の種をぽりぽりするのをやめる。
「それを、断ったことがある。精一杯、丁重に。周りは大人ばっかだろうし、後々会の様子とかいって雑誌に載るだろうしと思って」
いつの時代もどの媒体にも、出たがりで有名になりたい人間というのはいる。
それはリアル世界でそれが叶わない人が大半だ。
しかし柿内君はそういったことに興味がなかった。
パーソナルな部分は明かさず、なるべくひっそりと。
目立たないよう雑誌の読者ページという世間の隙間に、笑いの爪痕をカリカリ刻みたかった。それだけで充分だったのだが。
「でもそれ以来、いくらネタを送ってもその雑誌には採用されなくなった」
「えーっ!?何それ!!集まり断ったから!?」
響季の驚きの声には怒りが混じっていた。
それに対し柿内君は腕組みをし、難しい顔をする。
「自分で言うのもなんだが…、ネタのクオリティがいきなり下がったとも思えない。毎週送るネタの量も変わってない。だから…」
「うわあ。見せしめ…、じゃないけど。何て言うんだろうそういうの。わかんないけど…、なんだろ。うわあ。大人げない…、じゃないか。イジメ、じゃなくてなんだろ。村八分?」
モヤモヤが強過ぎて、響季は適当な言葉が思い浮かばない。
だが挙げたそれらに該当しそうなことをされたかもしれないのだ。
中学一年の少年がされたこととしては、相当に傷つく行為だ。
「どうだろうな。まあ、心象悪くしたのは確かだろう」
思い出したくもないと少年がため息をつく。
「それってさ…、年齢バレてた?カッキーの」
響季の言葉に柿内君が頷く。
要は、彼はネタ職人少年として祭り上げられる可能性があったのだ。
現に月間MVPを取った時は現役中学生職人という余計な称号をつけて紹介された。
そんなことから嫌な予感を察知し、柿内君は誘いを断ったのに。
「後で載った親睦会の写真見てゾッとしたよ。思った通り歴代MVPがさ、ばっちり顔写真撮られて載ってた」
「うわああ」
その様を想像して響季が顔をしかめる。
中学生が雑誌に顔出しで載るなどという目立った行動をすれば、学校でどんな扱いを受けるか容易に想像出来る。
少なくとも昭和の大人が思い描くようにヒーロー扱いされる確率は低い。
可能性ではなく、編集部は本当にいち中学生を祭り上げる気満々だったのかもしれない。
年端もいかない少年を面白おかしく紙面を飾る食材にしようとしたのかもしれない。
それを予想して柿内君は回避したというのに。
だが、企画した側は晴れの舞台を用意してやったのにそれを蹴るとは何事だとへそを曲げたのかもしれない。
それらはあくまでこちらの想像、被害妄想に過ぎないのだが。
「一応、向こうも大人だろ?出版関係の人間なんていいとこの大学出てるだろうし、そんな人間が小じんまりした嫌がらせするとも思えない。だけど」
その時のことが相当にショックだったのだろう、額に手をやり、くしゃっと柿内君が前髪を掴む。
いつもいつも、毎週のようにネタを採用してくれていたのに、ある日を境に一切それが採用されなくなった。
どんなネタ送っても、何通送っても、一切。
そのきっかけがもしその親睦会への不参加ならば。
年端もいかない少年の不遜な態度ならば。
そんなことで出禁を食らうだなんて、いい大人がそんな仕打ちをするだなんて。
信じたくはなかった。
だがそれ以来、彼は雑誌編集者という人間をどこかで信用出来なくなった。
読者ページなんてものはいってしまえば雑誌内では末席にあたる。
占いコーナーの次にあってもなくてもいいリストラ候補。
いい大学を出て、雑誌編集者というそこそこの職について読者ページ担当。
そんなところを任されている人間なんてたかが知れている。
きっとそんな人間は子供の小生意気な態度に腹を立て、自分が任されたちっぽけな陣地から締め出してしまうのだ。
そう思えるほどに少年の心は歪んでしまっていた。
「あーあー、お可哀想にぃ」
ぐずぐずとした鬱屈が全身から湧き出ているのを見て、響季が柿内君の背中を擦ってやる。
見るからに凹んでいる。正確には思い出し凹みだが、元来の猫背が更に丸くなっていた。
職人にとってネタの送り先が信頼出来ないのは何より辛い。
個人情報の扱い。きちんと匿名で採用してくれるか、本名はバラさないでくれるか。ノベルティはきちんと発送するのか。そのネタの公開場所はいつまで存在するのか。ネタ選びの採用基準。そして選ぶ人間の質。
それらとライバルを掻い潜り、時間をかけてネタを書いても、何かがきっかけでそれがすべて無駄になることもあるのだ。
そして行きたくて仕方ないアニソンディーヴァ達のライブ当日、柿内君は編集者が企画したネタ職人座談会に行かなくてはならない。
悲痛な叫びも納得がいった。
二人しか居ないパソコンルームがどんよりした空気に包まれる。
「はーあ…。あれっ!?えっ!?もうこんな時間!?」
自分から振ったにも関わらず、朝っぱらからなんだねこの空気はと響季が思っているとチャイムの音が聞こえてきた。そろそろ教室に戻らなくてはならない。
「えっと、じゃあライブは」
「れーじくんと行ってきてくれ」
猫背なままの親友に、当然そのつもりだと響季が頷いた。
あまり日常的には聞き慣れない言葉を響季が繰り返す。
「あのー…、俺がネタ送ってる雑誌の、ネタ職人の。上位ランクのやつとか常連とかを集めて編集者仕切りでやるらしいんだが」
「へえーっ。すごいじゃんっ!それ雑誌に載ったりするの!?」
「まあ、な」
響季自身はあまりピンと来ないが、恐らくそれはとてもすごいことだ。
けれど当の本人は嫌そうな顔をし、
「嫌なの?」
「嫌だろ。ろくでもない」
そう苦々しい口調で言った。
ネタ職人の誌上座談会というものを柿内君も何度か見たことがある。
いつ頃から職人なのか、いつどんな時にネタを考えるか、思いつくか、週に何ネタ送るか、自分が採用された中で一番自信のあるネタなどを喋らされ、編集の指示なのかお寒いオモシロポーズを全力でさせられていた。
ネタ職人というのは往々にして社会不適合者が多い。
柿内君や響季、ここにはいない誰かのように、学生時代の度の超えたお遊びとしてやっているのならまだいい。
が、モラトリアム期を経て尚足を洗えず、職人業がライフワークと化し、そちらがメインになっている人間が座談会クラスの職人には多い。
柿内君はそこに自分が加わるのが嫌だった。
まるで未来の自分そのものを見ているようで。
「そうなんだ…」
自分以外のリアルなネタ職人というのはせいぜい二人しか知らなかった響季が、親友に語られたそんな実状と座談会というものに、多少ショックを受けるが、
「当然、全員が全員そうじゃないだろうがな。ただ、あとは…」
言って柿内君が大きな手で、手のひらをこちらに見せるようにして自分の顔から上半分を隠す。
「あー、そっかあ」
その風俗嬢スタイルに響季が納得する。
彼は顔出しNG希望のネタ職人だった。
座談会ならいくら覆面で登場しても、その存在が生々しく世間に知れてしまう。
柿内君は世間に自分という存在が知られてしまうのが嫌な職人だった。
精製したネタだけを世間に提供し、笑いを取りたい。それを生産する自分にスポットライトなんて当てなくていい。そんなものは無粋でしかないと。
「そもそもほとんどの人間が、ネタ職人のパーソナルな部分なんて興味無いだろ」
上半分から今度は顔の下半分を隠し、柿内君が言う。まるで世間的にはあまり言ってしまってはいけないことを言うように。
「まあ…、そっかな」
その言葉に響季が同意する。
確かにラジオでもメールを介して特定のリスナーとパーソナリティの慣れ合いが続くとうんざりしてくる。
番組側は面白いと思っているかもしれないが、それを聴いているリスナーは内輪ネタのようなノリがお寒く感じてくる。
いや、リスナーとしてならお寒く、疎外感を感じ、職人としてなら特定のリスナーにスポットライトが当たることに妙な嫉妬さえあったが、響季はそれを親友には言わないでおいた。
ともかくそんな現象が雑誌の読者コーナー界隈でも起きているらしい。
「出たくないんですって言えば?」
「言ってたさ。ずっと。それとなく」
響季がアドバイスするが、柿内君はそれはもうやったと顔をしかめる。
彼自身その雑誌の常連職人歴は長い。ランク上位に入ったことも何度もある。
雑誌サイドからはそれまで何度も座談会に出席してくれと言われていたが、なんやかんやと理由をつけてずっとスルーしてきた。自分はシャイなボーイだからと。
だがそれも数年続くと出来なくなった。
「常連職人の間じゃ実在しないんじゃないか説も出てるとかで」
「非実在職人?」
「どこまでほんとかわからないけどな。それを証明するためにいい加減、一度くらい出ろと。逢いたがってる職人もいるからって。平日の昼間は学校あるだろうからってこっちのスケジュールも優先してくれて」
「えー?なんか必死だねー。こわーい」
のんきに言ってくれる響季に、頭痛が痛いと柿内君が額を抑える。
今はどんな人間でもネットツールを使えば世間に自分という存在を知らしめることが出来る時代だ。
同時に、どんな人間でも世間に自分という存在を知らしめたくて仕方ない時代だ。
そんな時代だからイマドキの若者たる柿内少年も、スポットライトを浴びたくて仕方ないだろうと雑誌サイドは勧めてくる。
むしろそれを拒否する少年を疑問視し、遂にはせっかく晴れ舞台を用意してやってるのにという不満すら見えてきた。
「他の職人さんも逢いたがってるって、いっちょ揉んでやるかあ的な?」
言って響季がモミモミとエア肩揉みをしてみせ、柿内君の顔が青くなる。
弱冠15、6歳の自分が常連職人に名を連ねていて、仮に他の職人が年上ばかりならからいっちょ揉まれてしまうかもしれない。
妙な慣れ合い感と年上ヅラを伴って。他にはどこに送っているのか、採用率はどれぐらいなのかなど、おかしなライバル心を持って根掘り葉掘り。社会不適合者のような人達に。
「せっかくだから連絡先交換しようぜー、みたいな?」
続けて響季がそんな考えうる可能性を上げてみせると、
「えっ!?ゲロ吐くの!?」
あまりの嫌悪感に柿内君がぼぐっと頬を膨らます。
更に目も白黒させるが、すぐに頬の中の空気を飲み込み、何事もなかったように頬をしゅんと元の空気圧に戻す。
「相変わらずエアーゲロ上手だね」
最初から何も入ってなかった頬袋と、それを使った名人芸を響季が褒める。
しかし嘔吐物はエアーでも、嫌悪感は本物だった。
「そんなに嫌なの?出るの。と、他の職人さんに会うの」
顔芸を披露してなお晴れない顔に響季が訊くと、柿内君が目線を合わせずに頷く。
うん、…うん、と、少し考え二段階で。
彼もまた、ここにはいないネタ職人と同じで職人同士で慣れ合う気など無かった。
繋がりなど持たず、ストイックに、孤高でいたかった。
「そっかぁ。大変だね」
そんなものに呼ばれるクラスではない響季が、再度柿の種をポリりながらまるっきり他人事のように言い、
「ずーっとパスしてったらどうなるんだろうね。ギリッギリまで拒否ったら」
「………昔な」
「うん?」
「中一の頃かな。全く別の雑誌で、同じような集まりがあって…。常連職人の親睦会みたいな。編集部主催で。それに是非来ませんかってメールが送られてきたことがある」
「うん…」
ぽつぽつとまとまりなく話しだす親友に、響季は柿の種をぽりぽりするのをやめる。
「それを、断ったことがある。精一杯、丁重に。周りは大人ばっかだろうし、後々会の様子とかいって雑誌に載るだろうしと思って」
いつの時代もどの媒体にも、出たがりで有名になりたい人間というのはいる。
それはリアル世界でそれが叶わない人が大半だ。
しかし柿内君はそういったことに興味がなかった。
パーソナルな部分は明かさず、なるべくひっそりと。
目立たないよう雑誌の読者ページという世間の隙間に、笑いの爪痕をカリカリ刻みたかった。それだけで充分だったのだが。
「でもそれ以来、いくらネタを送ってもその雑誌には採用されなくなった」
「えーっ!?何それ!!集まり断ったから!?」
響季の驚きの声には怒りが混じっていた。
それに対し柿内君は腕組みをし、難しい顔をする。
「自分で言うのもなんだが…、ネタのクオリティがいきなり下がったとも思えない。毎週送るネタの量も変わってない。だから…」
「うわあ。見せしめ…、じゃないけど。何て言うんだろうそういうの。わかんないけど…、なんだろ。うわあ。大人げない…、じゃないか。イジメ、じゃなくてなんだろ。村八分?」
モヤモヤが強過ぎて、響季は適当な言葉が思い浮かばない。
だが挙げたそれらに該当しそうなことをされたかもしれないのだ。
中学一年の少年がされたこととしては、相当に傷つく行為だ。
「どうだろうな。まあ、心象悪くしたのは確かだろう」
思い出したくもないと少年がため息をつく。
「それってさ…、年齢バレてた?カッキーの」
響季の言葉に柿内君が頷く。
要は、彼はネタ職人少年として祭り上げられる可能性があったのだ。
現に月間MVPを取った時は現役中学生職人という余計な称号をつけて紹介された。
そんなことから嫌な予感を察知し、柿内君は誘いを断ったのに。
「後で載った親睦会の写真見てゾッとしたよ。思った通り歴代MVPがさ、ばっちり顔写真撮られて載ってた」
「うわああ」
その様を想像して響季が顔をしかめる。
中学生が雑誌に顔出しで載るなどという目立った行動をすれば、学校でどんな扱いを受けるか容易に想像出来る。
少なくとも昭和の大人が思い描くようにヒーロー扱いされる確率は低い。
可能性ではなく、編集部は本当にいち中学生を祭り上げる気満々だったのかもしれない。
年端もいかない少年を面白おかしく紙面を飾る食材にしようとしたのかもしれない。
それを予想して柿内君は回避したというのに。
だが、企画した側は晴れの舞台を用意してやったのにそれを蹴るとは何事だとへそを曲げたのかもしれない。
それらはあくまでこちらの想像、被害妄想に過ぎないのだが。
「一応、向こうも大人だろ?出版関係の人間なんていいとこの大学出てるだろうし、そんな人間が小じんまりした嫌がらせするとも思えない。だけど」
その時のことが相当にショックだったのだろう、額に手をやり、くしゃっと柿内君が前髪を掴む。
いつもいつも、毎週のようにネタを採用してくれていたのに、ある日を境に一切それが採用されなくなった。
どんなネタ送っても、何通送っても、一切。
そのきっかけがもしその親睦会への不参加ならば。
年端もいかない少年の不遜な態度ならば。
そんなことで出禁を食らうだなんて、いい大人がそんな仕打ちをするだなんて。
信じたくはなかった。
だがそれ以来、彼は雑誌編集者という人間をどこかで信用出来なくなった。
読者ページなんてものはいってしまえば雑誌内では末席にあたる。
占いコーナーの次にあってもなくてもいいリストラ候補。
いい大学を出て、雑誌編集者というそこそこの職について読者ページ担当。
そんなところを任されている人間なんてたかが知れている。
きっとそんな人間は子供の小生意気な態度に腹を立て、自分が任されたちっぽけな陣地から締め出してしまうのだ。
そう思えるほどに少年の心は歪んでしまっていた。
「あーあー、お可哀想にぃ」
ぐずぐずとした鬱屈が全身から湧き出ているのを見て、響季が柿内君の背中を擦ってやる。
見るからに凹んでいる。正確には思い出し凹みだが、元来の猫背が更に丸くなっていた。
職人にとってネタの送り先が信頼出来ないのは何より辛い。
個人情報の扱い。きちんと匿名で採用してくれるか、本名はバラさないでくれるか。ノベルティはきちんと発送するのか。そのネタの公開場所はいつまで存在するのか。ネタ選びの採用基準。そして選ぶ人間の質。
それらとライバルを掻い潜り、時間をかけてネタを書いても、何かがきっかけでそれがすべて無駄になることもあるのだ。
そして行きたくて仕方ないアニソンディーヴァ達のライブ当日、柿内君は編集者が企画したネタ職人座談会に行かなくてはならない。
悲痛な叫びも納得がいった。
二人しか居ないパソコンルームがどんよりした空気に包まれる。
「はーあ…。あれっ!?えっ!?もうこんな時間!?」
自分から振ったにも関わらず、朝っぱらからなんだねこの空気はと響季が思っているとチャイムの音が聞こえてきた。そろそろ教室に戻らなくてはならない。
「えっと、じゃあライブは」
「れーじくんと行ってきてくれ」
猫背なままの親友に、当然そのつもりだと響季が頷いた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
15
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる