好きだと言わずにいられない。

古城乃鸚哥

文字の大きさ
12 / 18
壊れた音

5

しおりを挟む
 その後のことは、思い出したくないものだった。と同時に、忘れてはいけないものだとも思っていた。

 何がいけなかったのか、いつからだったのか、あの時を境になのか実はもっと前からだったのか。答え合わせをする勇気のなかった奏一は、自省するばかりで確かなことはわからない。ただ、少しずつ、眞音との仲がぎくしゃくしていった。本当に些細な違和感から始まったせいで、追求する機会も逃していた。そうしたら、いつの間にかどう手をつければいいかわからないほど、わだかまりが大きくなってしまった。

 音楽科の実技試験は、他の学科試験よりも一週間後に行われる。夏季休暇直前の最後の学校行事の中で、奏一は愕然とした。

 眞音の演奏は最後だった。学年の中でも特に異彩を放っていた眞音のバイオリンは、その日、まったくの別物になっていた。生き生きした音色、艶のある歌い方、目を惹く所作――そのどれもが、失われていた。音を楽しんでいることが周囲に伝わるような、そんな演奏が彼の持ち味だったはずなのに、一切も発現されていなかった。出番を終えて聴いていた他の生徒たちはどよめき、教師も目を見開いた。目を瞑っていたら、確かに下手ではないけれど、それが眞音の演奏だとは誰も思わないだろう。とくに奏一は、あの練習室で聴いたロマンスとの差に強い衝撃を受けていた。
 そしてそんな会場の動揺をよそに、眞音は淡々と演奏を終えた。

 他の生徒が遠巻きにする中、奏一は眞音に声をかけずにはいられなかった。

「眞音」
 眞音は奏一の呼びかけに振り返り、苦笑しておう、と応じた。
「ひどい演奏だろ」
 奏一が言葉を掛ける前に、眞音はそう自嘲する。
「どうしたんだ、……らしくない」
「さあ、どうしたんだろうな。オレにもよくわからん」
 いやに軽く言う眞音。あの時から、瑠璃の告白の日からそうだった。どこか一線を引かれているような、表面的な眞音の言動。
「眞音、この後、少し時間はあるか」
 何をどう言えばいいのか、奏一にはわからない。それでも、このままではいけない、そんな気がして眞音を誘い出そうとした。眞音は、なんだ、と短く問う。
「少し、話たいことがある」
 正確に言えば、聞きたいことだった。ここ最近、避けられているような気がするのはなぜか、今日の演奏はどうしたのか、自分が、何か気に障ることをしたのだろうか、と。
「イヤだね」
 眞音から返ってきた予想外の言葉に、奏一は面食らってすぐには返事ができなかった。今まで、冗談の調子で一旦断りを入れたりすることはあったが、そんなふうに真顔で一片の余地もなく否定されることはなかった。
「嫌なのか」
 駄目ではなく。そう聞きたかったけれど、そこまで言葉にはできなかった。眞音はしばらく奏一を見ていたが、後ろ頭をぐしゃぐしゃにしながら小さく息をついた。
「あぁ……と。わかった聞くよ聞く、だからそんな顔するな」
 言われて自分がどんな顔をしていたのかとはっとする奏一に、眞音はすかさず弓を突きつけた。
「そのかわりに、だ。何の話か先に言え」
 この前みたいなのはもうごめんだ、と付言する眞音は、いつも自信に満ちいていた彼とは思えないほど力なく笑っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

別に、好きじゃなかった。

15
BL
好きな人が出来た。 そう先程まで恋人だった男に告げられる。 でも、でもさ。 notハピエン 短い話です。 ※pixiv様から転載してます。

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

寂しいを分け与えた

こじらせた処女
BL
 いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。  昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。

僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ/Ⅱ

MITARASI_
BL
I 彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。 「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。 揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。 不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。 すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。 切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。 Ⅱ 高校を卒業し、同じ大学へ進学した陸と颯馬。  別々の学部に進みながらも支え合い、やがて同棲を始めた二人は、通学の疲れや家事の分担といった小さな現実に向き合いながら、少しずつ【これから】を形にしていく。  未来の旅行を計画し、バイトを始め、日常を重ねていく日々。  恋人として選び合った関係は、穏やかに、けれど確かに深まっていく。  そんな中、陸の前に思いがけない再会をする。  過去と現在が交差するその瞬間が、二人の日常に小さな影を落としていく。  不安も、すれ違いも、言葉にできない想いも抱えながら。  それでも陸と颯馬は、互いの手を離さずに進もうとする。  高校編のその先を描く大学生活編。  選び続けることの意味を問いかける、二人の新たな物語。 続編執筆中

生まれ変わりは嫌われ者

青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。 「ケイラ…っ!!」 王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。 「グレン……。愛してる。」 「あぁ。俺も愛してるケイラ。」 壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。 ━━━━━━━━━━━━━━━ あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。 なのにー、 運命というのは時に残酷なものだ。 俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。 一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。 ★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!

処理中です...