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少女期~新しい日々と、これからのあれこれ~

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王城へ到着すると、馭者が王子からの招待の旨を告げ、門番と衛兵に守られた城門を通される。濠に掛けられた橋を馬車で渡り、しばらくすると馬車停まりで馬車を降りる。次に歩いて中門に向かうが、そこにも衛兵が立っていて、そこでは王城へ訪れる者を一人一人チェックしているらしい。

ミーティアは初めて訪れた王城をキョロキョロと見渡していると、隣に立っているジルベルトがコホンと咳払いを一つした。
「わかっていると思うが、エマも貴族の端くれだろう。あまり無遠慮に眺め回すな」
「だって、初めて来たんだもの、仕方ないでしょ?」
二人はカインが手続きをしている間、小声で会話している。そこへカインが戻ってきてジルベルトに告げた。

「ジルベルト様、王子殿下からの招待はマッコール伯爵令嬢とその従者としか承っていないと、衛兵が申しておりますが」
「オルヴェノクが付き添いだと言ってこい。これを持っていけ」
そう言うと、右手の薬指に嵌っていた指輪を引き抜いた。
「畏まりました、しばしお待ちを」
封蝋に使う指輪には、ジルベルト・オルヴェノクの証である紋章と印が刻まれている。ある意味、身分証のようなものだ。カインはその指輪を丁寧に受け取ると、再び詰め所へ歩いて行った。

中門の上には見張り台が築かれ、何人かの衛兵が外を眺めて監視している。

「ジルベルト様、お通り頂けますよ」
カインの言葉に導かれ、ミーティア達一行は中門を潜ると、衛兵が先頭に立ち、王城の入り口へと案内してくれた。
「こちらです、中に案内役の官吏がおりますので」

ミーティアは入る前に、今一度城を見上げる。

ファランダール城は堅牢な石造りの城だ。城の二階部分の窓のひさしからは、ファランダールの色である臙脂の旗が何本もポールにぶら下がり、東西ににそびえ立つ塔の天辺にはひと際大きなファランダール国旗がはためいている。

城に入るとすぐに官吏が現れ、正面にある大階段を上って、更に臙脂色の絨毯が敷かれた廊下を歩く。その間に、城で働く様々な人々……官吏だったり、女官だったりが忙しそうに行き交っていた。

そして、ある部屋の前で立ち止まる。扉をノックすると、中から侍従が現れ、ミーティア達の来訪を確認すると、入るように促された。

そこは磨き抜かれた石の床の小規模なホールだった。奥にはバルコニーが広がっており、その手前のテーブルに王子が従者を従え、片足を優雅に組んでお茶を飲んでいたが、ジルベルトの姿を認めると、その顔が僅かに歪む。
「お前を招待した覚えはないが」
「ご無沙汰しております、王子殿下。ジルベルト・オルヴェノクにございます。本日は我が従妹、ミーティア・マッコールの付き添いとして参上いたしました」
ジルベルトは臣下の礼を執り、ミーティアもその横で淑女の礼を執った。

「招かれざる客、だな。僕はそこのダンスが下手くそな令嬢を呼んだはずだ」
「恐れながら、殿下。この者は王城にお召し頂いたこともなく、何分不調法ですので付き添わせていただきました」
ディスられてる!とミーティアは内心イラっとしたが、そこはカント夫人の言葉を思い出し、優雅に微笑んでいただけだった。後で絶対文句言ってやると意気込んではいたが。

しばし見つめ合った王子とジルベルトだったが、結局王子はそれ以上は何も言わなかった。
紅茶のカップをゆっくりとした動作でソーサーへ戻すと、立ち上がってこちらへと歩いてくる。

ーーーやばい、王子が歩いてる、動いてる!しかもこっちに向かって……ああ、尊い、この目にしかと焼き付けておかなきゃ。スマホがあれば動画取って速攻SNSに上げるのに!

ミーティアは心のうちで悶え死にそうだったが、こっちに向かってくるということは、これからダンスを踊るわけで、ということはあの!セドリックと!手を取り合って、至近距離で密着するわけで……あ、駄目だ、マジで鼻血出そうーーーミーティアは、軽く眩暈に襲われる。

ふらっとよろめいたミーティアを、ジルベルトがその手で支えた。

「大丈夫か?」
「え、ええ。大丈夫」

ミーティアの心の内など知らないジルベルトは、緊張のあまり、貧血でも起こしたかと心配そうにミーティアを見ていた。ジルベルトがあまりに不憫だ。

ふと気付くと、ミーティア達が入ってきた扉の外が段々と騒がしくなってきた。

「リリアーナ様、エリアーナ様、どうかお止めください。セドリック様より誰も近付いてはならぬと……」
「あら、関係ないわよ、ねぇ?リリー」
「そうよ、エリーの言う通りだわ」
その声が大きくなったかと思うと、後ろの扉がノックもなくバンと開かれた。

するとそこには、リリアーナ姫とエリアーナ姫が立っていた。
王子と同じ、美しい銀髪に煌めく美しいアイスブルーの瞳。麗しくも愛らしい、ファランダールの双子の王女である。

「あら、楽しそうね、セディ。私達もお仲間に入れて?」
「姉上……」
一言言うと、王女たちを止められなかった侍従を睨みつけるセドリック。睨まれた侍従は顔を青くして、気の毒なぐらいにガタガタと震えていた。

「あら、ジルベルト・オルヴェノクも来ていたの?!嬉しいわ」
双子の王女はそれぞれジルベルトの右腕と左腕をとり、その手を絡めている。
「王女殿下、臣下にそのような真似はお止めください」
ジルベルトがその腕を引き抜こうとするのだが、二人の王女はぐっと握って離さない。

「随分と冷たいのね、ジルベルトったら」
「本当、私達のどちらかとの婚約も駄目になったし。貴方が嫌がったんじゃないでしょうね?」
「恐れ多いことを。そんなことがあるわけがないでしょう」
「どうだか……あら?こちらのご令嬢は?」
二人の勢いに呆気に取られていたミーティアだったが、これ幸いと淑女の礼を執って王女殿下に挨拶をした。

「お目もじが叶い、恐悦至極に存じます。マッコールが娘、ミーティアにございます。どうぞお見知りおきくださいませ」
「「まぁぁぁ!!」」
双子なだけあって、見事なハモりだった。二人はジルベルトの傍から離れると、それぞれミーティアの手を取って、ブンブンと上下に振った。
「あなたが!一度お会いしたいと思っていたの!」
ねぇ?と二人は顔を見合わせる。二人とも、ミーティアより二歳年上の十四歳のはずだが、思ったより幼い印象を受ける。

「それで、小ホールで何をしているの?」
ジルベルトがミーティアに代わって、事情を説明する。すると、プっとリリアーナ姫が吹き出した。エリアーナ姫もクスクスと笑いを堪えられないようだ。
その二人の様子を見て、セドリックは苦虫を噛み潰したような顔をした。おーい、氷の王子、どこ行ったぁ?

「セディがダンスを教えるですって?笑っちゃうわ」
「本当よ、貴方、人に教えられるほど、いつの間に上達したの?」

その言葉を聞いて、ミーティアは唖然とした。確か、僕が教えようかとこの王子は言わなかっただろうか?普通、人に物を教えるというからには、それなりに出来るのが前提だと思うのだが、自分の認識が間違っているのか不安になる。

「まさか、ミーティア嬢を困らせようとしたんじゃないでしょうね?お母様に言い付けようかしら」
「そうよ、セディは意地悪だものね、きっとそうに違いないわ」
「姉上、言いがかりは止めていただきたい」
「あら?違うの?だったら、教えて差し上げるぐらいに上達したか、私が見てあげるわ」
エリアーナの言葉に、明らかに動揺しているセドリックが、ミーティアには信じられなかった。

(こ、氷の王子が……ガラガラと崩れていく……)
無表情なセドリックがヒロインに優しく笑いかける姿がよかったのだ、ヒロインの窮地をさりげなく救う優しさにもキュンキュンしたものだった。ああそれなのに……現実とは、かくも残酷である。

小ホールで既に準備していた室内楽団の演奏者たちが、事の成り行きを困惑した顔で見ていたが、リリアーナの合図で、音出しを始める。

「さぁ、お姉様が踊ってあげるわよ」
エリアーナがすっと手を差し出すと、渋々と言った様子でセドリックはその手を取った。一方、リリアーナはというと、ジルベルトにその手を差し出す。ジルベルトが跪き、その手を恭しく取ったのを見て、ミーティアの胸がほんの少しツキンと痛んだ。

(……ん?ドレスの中に棘でも入ってたかな?)

ミーティアはそれぞれのカップルを壁際に立って眺める。するとゆったりとした音楽が流れ、ワルツが始まった。

王子とエリアーナ姫のダンスと、ジルベルトとリリアーナ姫のダンス。こうして比較対象すると、どちらが上か嫌でもわかる。王子が下手だとは口が裂けても言えないが、エリアーナ姫との差はかなり大きい。その証拠に、エリアーナ姫が何度か眉を顰めていたので、もしかしたら足を踏まれたのかもしれない。

一方のジルベルトとリリアーナ姫は、それはそれは優雅に踊っていた。どちらもダンスの腕前はかなりのものなのだろう、特にジルベルトのリードは上手かった、クラスの男子など比較にもならないほどだ。

(こうして見ると、ジルはなんでも出来る人なのよねぇ……)
オルヴェノクの屋敷で幼い頃に聞いた、容姿端麗、頭脳明晰に剣術に優れ、社交ダンスも得意というのが加わって、これは向かうところ敵なしなのではないかと思う。攻略対象の王子でさえ、あの程度なのだ。
(ジルはもしかしなくともハイスペックなんじゃあ……)
その彼の従妹の自分はというとどうだろう、私的な場ではあるが、壁の花になっているし、家は借金に追われているし、ドレスだって、ナンシーがなんとかしてくれたお陰で恥ずかしくないものの、一人だったら何も出来なかった。

(良くない、これは良くない傾向だわ)

クルクルと王女のドレスが回る、腰に添えられた手が、王女の華奢な腰を支えている。微笑みながら踊る二人はとても楽しそうだ。

良くない傾向だとわかってはいるが、ミーティアは自分の気持ちが段々と沈んでいくのを止められなかった。


*****

結局、ミーティアはダンスを披露することなく、その後、王女達にジルベルトとお茶に招待された。
「ジルベルトはたまに王城に来て、私達と遊んでいたのよ」
エリアーナ姫が、その白魚のような指で優雅にカップを摘まみ上げながら、ミーティアに教えてくれた。

「あの頃は楽しかったわねぇ、ジルベルト」
リリアーナ姫が懐かしそうに微笑むと、ジルベルトも相槌を打つ。
「ええ、懐かしいですね」

ミーティアは、そんな三人の様子を見ながら、紅茶に口を付けた。

「あら、ミーティア嬢は大人しい方なのね?」
リリアーナ姫から話しかけられ、曖昧に微笑むミーティアを、ジルベルトが気遣わし気に見ていたが、ミーティアは気付かない。
「登城したのは初めてですから、緊張しているのでしょう」
ジルベルトが代わりに答えると、エリアーナ姫が微笑んだ。
「ぜひ、また遊びにいらして?」
「もったいないお言葉、ありがとう存じます。」
ミーティアは頭を下げて、手元のカップを見つめた。

「そろそろ、お暇させて頂きます、ミーティア嬢」
ジルベルトに話しかけられ、はっと顔を上げると、王女たちにお礼と別れを告げて、二人は立ち上がった。

侍従に連れられ、廊下を俯いたままミーティアが歩いていると、先を歩くジルベルトが後ろを気にしながら歩いているのがわかるが、どうにも顔を上げることが出来ない。

城を出て、馬車に乗ると、ようやくジルベルトが口を開いた。

「どうした?大丈夫か?」
「ええ、大丈夫。ジル、悪いけど、このまま学園に戻るわ」
「屋敷で晩餐をと思っていたんだが。父上にも会っていないだろう?」
「ごめんなさい、ちょっと気分がすぐれないの」
ミーティアは俯いたまま、ジルベルトを見ようともしなかった。


この沈みこんだ気持ちをどうにも持て余しているミーティアだったが、寮の部屋に戻ってコルセットさえ外れればきっとすっきりするに違いないと考えていた。


とんだ勘違い女である。















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