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若さは可能性

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 20XX年、俺は核の炎に包まれた。

 ……たぶんね。
 とある独裁国が明確な理由もなく隣国に軍事侵攻を開始。その行いを非難した日本は敵国と見なされ、発言を取り消さねば北海道に核ミサイルを落とすと脅された。
 まあ、よくある撃つぞ撃つぞ詐欺だなと、パフォーマンスなんだなと、強国アピールしたいんだなと、誰もが楽観視していた。
 けれどスマホにJアラートのメールが届いた瞬間、激しく輝く閃光とともに、痛みを感じる時間すら無く俺は蒸発したのだろう。
 あっけない人生の幕切れだと嘆く暇も、遺書を残す暇も、走馬灯を観る暇もなく、気が付くとなぜか乳児になっていた――。





 寒村に住む農民の子供に転生した俺は五歳になった。
 春の花が散り、再び咲くと一年。そのくらいアバウトな感覚。
 村人たちの識字率は低く、村の名前など村長ぐらいしか知らないだろう。もちろん俺も知らない。
 家は木造のボロ小屋で屋根や壁には穴が開いている。
 幸いなことに一年を通してわりと温暖な気候なので寒さで凍え死ぬ心配をしなくて良いのは救いだ。
 床板は無く地面がむき出しの状態。
 唯一の家具は食料を入れておく木箱だけ。
 俺の家だけ特別に貧乏というわけではなく、村全体が同じ生活水準なのだ。

 一枚の布に穴をあけ、そこに首を通し腰を紐で結ぶ。いわゆる貫頭衣ってやつを着ている。
 村人全員が同じ服なのでファッションなんて素敵な言葉はこの村にはない。
 下着すら付けていないので女性の恥部は上も下も見放題。
 初めの頃は桃源郷だと喜んでもいたけれど、五年も過ぎれば日常だ。今では見慣れてしまい何とも思わない。
 こちらの世界に来てから衣服は文明が生み出した至高のアダルトグッズなのだと気づかされた。
 例えば、愛する人の裸体は自分しか見ることが許されないという独占欲。隠れている恥部を見たいという知的好奇心。着衣時と全裸のギャップ。どれもこれも衣服がなければ成立しないのだ!!
 はぁ……、女性の裸体を見ても興奮を覚えることは二度とないだろう。グッバイ俺の性春。

 郷に入っては郷に従う、もちろん俺もノーパンツである。
 股間のアレをブラブラさせるのに初めは抵抗あったが今では解放感がたまらない。
 下着で締め付けないためか、俺のアレは自慢できるくらい大きいのだ。
 いや、違うな、他の男性はソコソコの大きさだ。となるとコイツは比類なき俺特有のエクスカリバーなのだ。
 前世の体にこの武器が備わっていたらもっと彼女を喜ばせてあげられたかもしれないが、もう戻れない過去を嘆いてもしかたないか……。
 不感症になった俺がこちらの世界でこの武器を使うことはないだろう。グッバイ俺の――。

 寒村には娯楽と呼べるものが無い。
 真面目で働き者? いや違う、娯楽に時間を割けるほど暮らしが裕福ではないのだ。
 生きるために働き、働くために生きる。とても原始的な生活を強いられている。
 しかしそれを苦に感じている村民はいない。娯楽を知らなければ娯楽が不足していると感じることもない。
 井の中の蛙大海を知らずと言うが、狭い世界で生きるのも決して悪い事ばかりではないのだ。
 だが前世の記憶を持つ俺にはこの村は退屈過ぎる。生涯この村で生き続けるなんて考えただけでもゾッとする。

 そんな寒村だが、今日は年に一回のフェスティバル。
 村の中央広場には刺激に飢えた村人が全員集まっている。
 酒や料理が並び歌い踊る。なんてのは余裕がなきゃ開けない。広場にはそんな贅沢品は並んでいない。並んでいるのは子供連れの家族だ。
 今から行われる唯一の演目は公開ガチャ。
 五歳になる男の子を連れた家族が中央広場の中心に並んでいる。そう、俺もその中の一人だ。
 子供たちとその両親は希望と不安が入り混じった複雑な表情をしている。

 ガチャ動画はご存じだろうか。
 スマホゲームの課金要素であるガチャをライブ動画として配信し、お目当てのキャラやアイテムが出るまでガチャを続ける動画だ。
 わずか三十分足らずで数万円を溶かす配信者たちの狂乱。大当たりが出た時の爽快感や達成感を共有できる楽しみ方もあるが、爆死して泣き叫ぶ配信者を見て謎の優越感を味わうゲスな楽しみ方も少なからずあった。
 もちろん配信者たちも歓喜や絶望を大袈裟に演技して視聴者を増やす努力をしていたので、見る側もエンターテインメントとして楽しめるのだ。
 しかし、この広場で行われるのは人生を左右するリアルなガチャだ。広場を囲む観客たちもセンセーショナルなシーンが見られるかもしれないという期待に心を躍らせていた。



 村に入る唯一の細い道に、馬に騎乗した兵士たちの姿が見え始める。
 オープンフェイスの鉄製ヘルメットに革鎧、腰には長剣を下げている。
 武器を持たない村人たちはその光景に畏怖し、緊張で喉が渇き、唾を飲み込む。
 対して俺は、中世ファンタジーの世界にいつになく心が高鳴っていた。

 前後を兵士に護衛されながら、黒塗りの高級馬車が姿を見せる。
 エライ人は黒塗りの車に乗りたがるのはどの世界でも共通なのだろうか? 謎だ。
 兵士の数は十人ほどで、この村までの旅はそれだけの護衛がいなければ危険なのだと物語っている。

 馬車の扉が開くと青い神官服を着た若い女性が下りてくる。
 肌の露出が極端に少ない聖なる服は強固な金庫を連想させ、厳重に保管される宝物はさぞかし美しいのだろうと妄想を掻き立てる。やはり服は良い、文明の香りがする。
 つるんとした艶々の頬は毎日洗顔しているのだろう。きっといい匂いがするに違いない。
 土埃で汚れたガッサガッサの村人の肌とは雲泥の差だ。比べることが失礼に当たるほどの清らかさを身に纏っている。
 あだ名は聖女で決まりだ。

 次に降りてきたのは長い髭を生やした白いローブの老人。長旅に疲れたのか、それとも年齢からか、手足がプルプル震えていた。
 目は前が見えているか不安になるほど閉じている。
 先に降りた聖女は付き人らしく、老人の手を取り降車の手伝いをしている。
 馬車から降りるより、天国への階段を昇るほうが早いのではないだろうか。

 最後に降りてきたのは気難しそうな中年男性で、刺繍ししゅうがふんだんにあしらわれた高級スーツに身を包んでいる。
 横に長く伸びた八の字髭は油で固めてあるのだろう降車時の振動にもびくともせず形を保っていた。
 頭髪も油で固めたオールバック。ギロリとした目は得物を狙う獣のようだ。
 第一印象が告げる、この男は嫌いなタイプだ、と。
 もちろん偏見だが経験則からこのタイプは会話ではなく態度で相手を黙らせ交渉を自分のペースで進める奴に多い印象だ。

 村長が一歩前へ出る。
 四十歳くらいで特に威厳を感じることはない。世襲制なので無能でも村長になれるのだ。とは言え、村人の中では唯一文字が読み書きできるし、商人と交渉できるので頼られている。
「いらっしゃいませド・レイク様」と、高級スーツの男へ愛想笑いをしながら挨拶する。まるで重役と平社員のようだ。
 村人たちは無学なので敬語を使った気の利いた挨拶などできない。もちろん相手も理解しているので礼儀など期待していない。
 返事もなく不躾に会話を進める高級スーツの男。こいつは奴隷商なのだ。
「今年は何人だ」
「はい、九人です」
 奴隷商は髭をぴくっと揺らし不機嫌そうな表情で、
「少ないな。まあいい。キルス殿頼みます」と、ローブの老人に声をかけた。
 キルスと呼ばれた老人が頷くと、それを合図に聖女が一歩前に進み、
「それでは神職解放の儀を執り行います」と、透き通る声で開会宣言を行ったのだ。

 この世界では誰でも等しく神から神職が与えられるらしい。
 神など見たことはないけれど、不思議な現象は神の力にしておくのはどの世界でも同じだ。
 神職は解放の儀を行わなくても成長と共に自然と身につくのだが、そこには個人差があるので卵の殻を外から割るように無理やり引きずり出すのだ。
 もちろん熟成前に割る行為に代償はついてくる。しかし寒村の村人がどうなろうと奴隷商には関係ない。
 レアな神職の子供は高く売れるので村人も早く出荷したいのだ。
 そう、この村に住む子供は商品なのだ。
 レアな神職に目覚めれば五年は遊んで暮らせるほどの収入になる。だからどこの家族も子供が多い。
 出荷前の子供に過度な愛情を注げば別れが辛くなる。それを見越してなのか親から愛情を感じたことはない。もちろん出荷前の大事な商品なので普通に育児されたわけだが……。
 女の子が並んでいない理由は村を存続させるために女性が必要なためだ。詳しくは語らない、察してくれ。

 一人目の子供が親に背中を押され老人の前に立たされた。
 子供は背筋をピンと伸ばし、額からは汗が流れ、体は少し震えている。父親は期待で目を輝かせ、母親は目を閉じ神に強く祈っている。
 もしハズレならば翌日から食事を与えてもらえないかもしれない。子供も今が人生の岐路だと理解していた。
 観客たちは歓喜と絶望のドラマを今か今かと待ちわびている。

 老人の手がゆっくりと上がり、子供の視界を遮るように顔の前で停止した。
「******」
 小声で呟いているので聞き取れない。たぶん呪文か何かだろう。
 呪文が唱え終わると子供の体が淡い光に包まれ、しばらくすると体に吸収されふっと消えた。
 聖女が老人の顔の前に耳を近づけ結果を聞き、顔を上げると、
「この子の神職は農民です」と良く通る声で告げたのだった。

 遠巻きに見ていた村人たちから歓声があがる。
 父親は妻の肩を抱き、母親は満足そうに子供の頭をなでていた。まるで幸せな家族を絵にかいたような微笑ましい光景。
 狂っている、そう感じているのは俺だけかもしれない。だって数秒前は子供を売ろうとしていたんだぜ。どうかしている……。
 家族とは対照的に不機嫌そうな奴隷商が、
「いらん」と言うと、親と子供は一礼してその場から離れていった。
 農業中心のこの村では『農民』は当たりなのだ。
 奴隷商には売れなかったが、有能な働き手が増えるのは村としては大歓迎。
 『農民』は害虫駆除や農地改善などのスキルが使えるため、農家では必須と言って良い神職なのだ。

 続く二人目、三人目も『農民』を習得した。
 神職は親から遺伝する確率が高いらしい、なのでここの住民は『農民』が占めていた。
 歓迎されたのは最初の一人だけで、連続して同じ神職が出たため観客たちがため息を漏らし始めたのだ。
 まあ刺激が足りないのだろう、その気持ちはわからなくもないが当事者の気持ちも考慮して欲しいな。
 奴隷商はさらに不機嫌になっていた。何の成果もなければ遠征費用を無駄に消費しただけの大損になるのだから仕方ない。

 四人目、
「この子の神職は戦士です」
 会場が微妙な空気に包まれる。
「保留」と奴隷商が告げると村人たちから同情の声が漏れている。
「あの子は親の手伝いをしなかったからな、だから農民を授かれなかったのさ」
「小さい子を虐めていた悪ガキだ、血の気の多い子に戦士はお似合いだ」
 と、中には厳しい指摘も囁かれている。
 親と子供は暗い表情のまま少し離れた場所に移動し待機している。
 『戦士』は戦場で消耗品のように扱われるため売れても安いし、村に残ってもそれほど活躍はできないのだ。
 すべての子供を鑑定したあと予算に余裕があれば買われるだろう。端的に言えばバーゲンセールの棚に置かれたのだ。

 心臓をぎゅっと握られたような感覚で胸が苦しくなる。
 あの親の、子供を見る視線からは可哀そうなどの感情が読み取れない。
 はっきりとわかる、あれは落胆だ。まるでアプリゲームのガチャに数万円をつぎ込んだ結果、当たりが出なかったときのようだ。
 その気持ちはわかる、ハズレキャラに愛情を注ぐ者などいないのだ。
 俺もああなるのか――。

「次の人、前へ」
 可愛らしい聖女が今は地獄の裁判官に見える。
 俺は老人の前に立つと、レア来い! レア来い! レア来い! と心の中で何度も祈った。
 農民となって寒村で一生を終えるなんて嫌だ!
 剣士になって戦場で犬死なんて、もっと嫌だ!
 可能ならホワイト企業!
 文系、できれば商人がいい!
 頼む神よ、どうか俺にウルトラレアを授けてくれ!
 目をぎゅっと閉じ、審判の声を待つ。

「この子の神職は穴師ですぅ?」と聖女は小首をかしげながら告げたのだった。
 会場がザワつく。
「何だそれは?」
 少し期待しているのだろうか、奴隷商の声が弾んでいるのがわかる。
 レア来たか! 俺の鼓動も期待で早くなっていた。
 聖女は通訳のように老人から情報を聞き出すと、
「初めて観る神職のようでして、詳しくは分かりませんが、どうやら穴を掘るのが得意なようです」
「それならば坑夫であろう、どう違うのだ!」
 詰め寄る奴隷商の顔圧で聖女が怯んでいる。
「あっ、あのっ、坑夫は鉱脈発見などのたいへん有益なスキルを覚えますが、残念ですけど穴師は覚えないようです」
 奴隷商は込み上げてくる怒りでワナワナと震えると、
「消えろゴミが」と、俺に唾を吐き付け罵った。
 ガチャ動画の配信者ならば荒れ狂う滝のように罵声を浴びせ場を盛り上げ悲劇を演出するのだろうが、奴隷商は意外と冷静なようで俺への興味は既に薄れているようだ。

 軽いめまいを覚え体がふらつく。
 はっと気づき後ろを振り返ると、立ち去る両親の背中が小さく見えるほど、もう距離が離れていた。
 捨てられたんだ、俺は……。
 ドラマなどで『子供を愛さない親などいない』とか『親は子供を見捨てない』とか『子供のためなら親は命を投げ出す』なんてシーンがあるが、あれは演出のための虚像だ。子供など将来介護してくれるハウスキーパーとしか見ていない。利用価値が無ければ簡単に捨てる、それが現実の親だ。
 観客たちは落胆する両親の後ろ姿を眺めながら薄ら寒い笑みを浮かべている。
 他人の不幸は蜜の味。娯楽の少ない村では今まさにこの瞬間が最上のエンターテインメントショーなのだった。
 理性ある人間と言えど所詮は動物。明日を生きる糧としてストレス解消のための息抜きが必要なのは理解できる。だが表情に出すのは醜悪だ。同情の表情を浮かべながら心の中で嘲笑う、それが大人ってものだろう。

「次の人、前へ」
 聖女は俺のことなど気に留めず儀式を続けようとする。
「そこをどけ」
 呆然と立ち尽くす俺が邪魔らしい、次の子供の親に突き飛ばされてしまった。
 突っ伏す俺に誰も手を差し伸べてはくれないが、不思議と涙は出なかった。
 村人たちは泣き叫ぶ俺の姿を今か今かと心待ちにしているのだろう。

 ん? いや、待てよ……。もしかして、今の状況って好機なんじゃね?
 仮にレアな神職を引き当てたら、両親に五年、奴隷商に中間マージンとして五年、合わせて十年くらいの金額で誰かに売られ、否応なしに十年以上は自由を束縛され働かされるのだ。
 奴隷商が俺を買う可能性は皆無。親からは捨てられたも同然。そう、言い換えれば俺は自由!!
 食事がもらえないのは心配だが、落胆するくらいなら自活する方法を考えたほうが良いではないか。
 体は子供だが頭脳は大人。それにまだ五歳、可能性に満ち溢れている。
 こんな糞な村、俺のほうから出て行ってやる!

「フフッ、フフフフッ、フフフフフフフフ」
 聖女が『あーあ壊れちゃった』みたいな目で見てくる。
 美女に憐みの視線を向けられるのも悪くはない、むしろご褒美なのだよ。
 すっくと立ちあがると膝についた土埃を手で払い、村の外れに向かい歩き出す。
 観客たちは俺のために道を開けてくれた。
 いや違うな、腫物に触らぬよう避けたのか。悪いな期待通りの反応をしてやれなくて。





 村の北側は開拓されておらず、うっそうとした林になっている。
 奥のほうには野生動物が住んでいるが、村に近い場所ではめったに遭遇しないから比較的安全だ。
 まずは『穴師』のスキルを試してみよう。
 赤子が手足を動かすように、誰に教えられるでもなくスキルの使い方は理解できている。
 呪文を口に出して詠唱しなくて良いのは救いだ。アレは恥ずかしすぎる。
「まずは試しに掘ってみるか~」
 手のひらを掘りたい場所へ向けて心の中で『穴掘り!』と唱えた。
 ゴッ! と、無機質な音と共に拳サイズの穴が掘れたのだった。
 穴を観察してみると足跡のように上からの圧力で地面が凹んだと言うよりは、えぐり取った跡のようだった。
「う~ん、微妙? いや、まだ諦めるには早いだろ」
 消えた土がどこへ行ったのか多少は気にはなるが、そもそも神職やスキルが人知を超えているのだ、深く考えるのは無駄だな。
 一度に掘れる穴は一つ。クールタイムは三十秒くらい。
 もう一つ穴を掘ってみる。
 ゾクリと背中を鳥の羽でなでられたような感覚。スキルの成長だ。
 どうやら掘れる穴のサイズが若干広くなったようだ。
 わずかな一歩だか確実に成長した。それはゴミと言われ、邪魔だと突き飛ばされ傷ついた、俺の心を癒すのに十分な成果だった。
「はっはっはっは! 今に見てろ、このスキルでのし上がってやる!」





 翌日、父親に殴られた。
 頬には痛々しい青痣が、鼻からは血が流れ落ちている。
 俺が掘った穴で猟師が転んで怪我をしたそうだ。
 あの後、実験を兼ねて数十個の穴を掘ったのだが、穴を埋める道具がないので放置したのだ。
 俺が悪いので素直に謝罪するが殴ることはないだろ。
 まあ、ハズレを引いた俺に不満があるのは理解できる。悪かったなダメな息子で。

 まるで猫のように首根っこを掴まれ、引きずられながら猟師と村長の家へ行き、頭を下げた。
 村長の家を出ると父親は俺のことなど気にもせず、すたすたと仕事場の農地へ向かった。
 俺は身をひるがえし再び村長の家に入る。
「なんだ、まだ用か」
 こちらも不機嫌で、あからさまに嫌な顔をしている。村の利益に繋がらない子供など邪魔なだけなのだ。
 ならば俺が有益だと知らしめてやればいい。
「穴を掘る許可をください」
 じつは村長と話をするのは今日が初めてだ。
 そもそも大人と子供が会話することが珍しい。
 出荷前の家畜に愛情を注ぐと別れが辛くなるからだろう。
「は……。え?」
 予想していなかったのだろう、村長が自分の耳を疑っている。
 大事なことだ二回言おう、それも一度目より大きな声で。
「穴を掘る許可をください!!」
「ダメに決まっているだろう、怪我人を増やす気か小僧。また殴られたいのか。次は殺されるぞ」
 村長は握り拳をつくり殴るようなジェスチャーをしているが、まあ、父親よりひ弱な体躯をしているので怖くはない。
「俺の神職は穴師でした。農民としては役立たず、殴られて死ぬか、飢えて死ぬか、何もしなければ残された道は二択。ならば穴師の可能性に賭け、第三の選択肢は自らの力で切り開きたい!」
 売れ残った子供が悲惨な末路を辿ることがあると、もちろん村長ならば知っている。だから俺が必死に懇願している理由は理解できるはずだ。
 村長は深く長いため息をつくと、
「オヤジの言う事を聞き畑仕事を手伝えば酷いことにはならないだろう」
「酷くはないかもしれないが、良くもないですよね。家畜、もしくはそれ以下の生活になるでしょう」
 反論してこない。これは無言の同意だ。
「ならば幼いオマエに何ができる」
「解放の儀を受けた子供が少なかったのは出荷制限を強いたからですよね。それは売れ残った子供を養えるほどの土地が無いからだ。農地を増やしたいができない、それは水量の少ない川に頼らざるおえない環境のせいで、常に水不足に悩まされているからだ。違いますか?」
「子供が知ったような口をきく」
「大人たちの会話を聞いていれば自然と理解できますよ」
「オマエ、本当に五歳なのか?」
「娯楽の無いこの寒村で、五年間ずっと退屈を我慢してきましたが、それが何か?」
 渋い表情をした村長は禿が進行している頭をゴリゴリと掻き、しばらく考えると、
「オマエは水不足の対策をすると言うのだな」
「はい」
 じっと俺の目を見つめてくる。真剣な気持ちというのは目で相手に伝わると言うが、この村長が読み取ってくれるだろうか?
「はぁ……。生意気な小僧だ。止めても勝手に堀りそうだな。いいだろう許可してやる」
「ありがとうございます。つきましてはお願いがあるのですが――」





 俺は掘った。ひたすら掘った。
 雨にも負けず、風にも負けず、夏の暑さにも負けず。
 無駄だと言う兄弟には、黙ってろと言い。
 働けと言う父には、これが俺の仕事だと言い。
 村人にはでくの坊と呼ばれ。
 石を投げられ。
 次第に相手にされず。
 近寄る者はいなくなった。





 二年後、村の近くに対岸が霞むほどの広大な湖が完成した。
 澄んだ水に満たされた湖面は穏やかな風に揺れ日光を乱反射させている。

「まさか本当に湖を作るとはな」
 二年間ですっかり禿てしまった村長が頭を撫でながら呟いた。
「雨垂れ石を穿つ」
「はぁ?」
「今は小さな穴だろうと、いずれ大きな穴となる。唾を吐かれゴミと言われた神職だけど、諦めなければ湖だって作れるんですよ」
 修行なんてのは、俺も、見ている者も、ただただ退屈で変化の少ない作業だ。だが目に見える成果があれば、モチベーションを維持することも可能なのだ。
 二年間、延々と『穴師』のスキルを使い続け、育成RPGのように己を成長させ、この湖を完成させた。
「途中で諦めるか、野垂れ死ぬと思っていたが、どうやら小僧を侮っていたようだ」
 村長の俺を見る視線は、もう子供ではなく、村の発展に役立つ一人の男として認めているかのようだった。
「俺に掘れない穴などないのです、はっはっは! ところでー、約束、覚えてますよね」
「ああもちろんだとも。水不足が解消できたら小僧を自由にし町まで連れて行く、だったな」
 俺の目標は村からの脱出だ。二年前、村長と取引をし成果報酬として俺の身の自由と、近くの町までの旅費を要求したのだ。
 まあ、あの日から両親とは会っていないので身の自由は確保できていた。
 ちなみに食事は村長から恵んでもらったのだ。
「村人たちが小僧に酷い仕打ちをしていたのは知っている。知っているだろう、狂った者へは何をしても罰しない、それがこの村の掟。ようは口減らしだ。その手前、湖を手放しで喜ぶ者がおらん。だから村から離れるのは正解かもしれんな。どうですド・レイク様、この子は」
 村長の隣には俺に唾を吐いたあの奴隷商が立っている。
 今年度の解放の儀を終え、村から離れる前にこの湖へ呼んだのだ。
「穴師か……。ゴミだと思っていたがどうやら価値があったようだな。いいだろう買ってやる」
「勘違いするな、俺はアンタに買われるんじゃない、俺が自由を買ったんだ」
「自由ねぇ~、フッ」
 鼻で笑い俺を睨みつけてくる。だがここで引くわけにはいかない。その目を睨み返してやる。
「世間知らずで生意気な餓鬼だが度胸は座っているようだな。……いいだろう、商品ではなく人間として運んでやる、ありがたく思え」
「よっしゃ~!!」
 俺は子供のように飛び上がり喜んだ。いや、見た目は子供なのだが。
 村長が湖を眺めながら呟いた。
「この湖は製作者であるお前の名前を付けよう。オマン湖と」
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