4 / 40
第4話 評価されるということ
しおりを挟む
第4話 評価されるということ
翌朝。
ベルトーネ・ランナバウトは、いつもより少し早く目を覚ました。
豪奢とは言えないが、清潔で無駄のない客室。
過剰な装飾も、過度な気遣いもない。
(……落ち着く)
それが、目覚めて最初に抱いた感想だった。
王宮で与えられていた部屋は、確かに立派だった。
だがそこには常に「見られるための空間」という圧があり、心が休まることはなかった。
着替えを済ませ、廊下へ出ると、すでに使用人たちが静かに動いている。
誰一人として、彼女を珍しそうに見ない。
「おはようございます」
すれ違った侍女が、簡潔にそう言って一礼する。
「おはようございます」
自然と、同じ調子で返す。
(……“客”扱いされていないのね)
過剰に持ち上げられるでもなく、無視されるでもなく。
ただ、そこにいる存在として認識されている。
それが、妙に心地よかった。
---
朝食後、執務室へ案内される。
扉の向こうから、低い声が聞こえた。
「入れ」
簡潔な一言。
扉を開けると、アルベリク・フォン・グラーフ公爵が、すでに机に向かっていた。
書類の山。
だが、雑然としてはいない。
「昨夜の件だ」
顔も上げずに、そう切り出す。
「君の指摘通り、条件を見直した。
今朝、商会に再交渉の通達を出した」
「……そうですか」
「結果次第だが、損失は防げるだろう」
そこで初めて、公爵は視線を上げた。
「なぜ、王国は君を手放した?」
唐突な問い。
だが、責める調子ではない。
純粋な疑問だ。
「……私にも、よく分かりません」
ベルトーネは正直に答えた。
「表に出ることを、好まなかったからでしょうか」
「それだけで?」
「ええ。それだけで」
公爵は、わずかに眉をひそめた。
「愚かな話だ」
短い断言。
「能力のある者を、目立たないという理由で切り捨てる。
それは国家運営ではない。感情論だ」
その言葉に、胸の奥が微かに震えた。
(……評価、された)
王太子の隣に立っていた頃。
彼女の意見は「余計なこと」として扱われるか、聞き流されるかのどちらかだった。
今は違う。
内容を聞かれ、理由を問われ、結論を尊重される。
「……もう一件、見ていただきたいものがあります」
公爵が書類を一枚差し出す。
「農地改革案だ。
数字が合わない」
ベルトーネは受け取り、目を走らせた。
数分。
「この配分、労働力を考慮していません」
「ほう」
「人を増やすか、工程を減らすか。
どちらかを選ばなければ、破綻します」
公爵は、ゆっくりと椅子に背を預けた。
「君は、すぐ結論を出すな」
「迷う理由がありませんから」
「……気に入った」
ぽつりと、そう言われる。
その一言に、胸の奥がじんと熱くなった。
---
午後。
公爵領の視察に同行することになった。
馬車ではなく、徒歩。
現場を見るためだ。
「視察とは、靴を汚すことだ」
公爵はそう言い切る。
その背中を見ながら、ベルトーネは思う。
(……王太子とは、正反対)
王太子は、常に安全な距離から指示を出すだけだった。
自ら現場に立つことはない。
農民たちは、公爵を見ると静かに頭を下げた。
だが、恐怖ではない。
信頼だ。
「今年の収穫は?」
「去年よりは、良い見込みです」
「水路の件は」
「修繕が進んでおります」
短いやり取り。
だが、必要な情報はすべて引き出されている。
「……よく統制されていますね」
思わずそう口にすると、公爵は歩みを止めずに答えた。
「無駄な命令を出さないだけだ」
振り返り、ベルトーネを見る。
「君も、そうだろう。
余計なことは言わない。だが、要点は外さない」
胸の奥が、また温かくなる。
――理解されている。
それだけで、こんなにも心が軽くなるとは思わなかった。
---
夕刻。
再び執務室。
商会からの返答が届いていた。
「条件、呑んできました」
使用人の報告に、公爵は短く頷く。
「君のおかげだ」
その言葉を、真正面から向けられる。
「……ありがとうございます」
ベルトーネは、少し戸惑いながら頭を下げた。
褒められることに、慣れていない。
公爵は、しばし彼女を見つめ、静かに告げる。
「ここにいる間、君を“客”として扱うつもりはない」
一拍。
「必要なら、私の隣に立て」
その言葉は、命令ではなく、選択肢だった。
ベルトーネは、はっきりと答える。
「――お役に立てるのであれば、喜んで」
その瞬間、公爵の口元が、ほんのわずかに緩んだ。
それを見て、ベルトーネは思う。
(……ここでは)
私は、飾りでも、添え物でもない。
“評価される人間”として、存在していいのだと。
その事実が、彼女の心に静かに根を下ろし始めていた。
翌朝。
ベルトーネ・ランナバウトは、いつもより少し早く目を覚ました。
豪奢とは言えないが、清潔で無駄のない客室。
過剰な装飾も、過度な気遣いもない。
(……落ち着く)
それが、目覚めて最初に抱いた感想だった。
王宮で与えられていた部屋は、確かに立派だった。
だがそこには常に「見られるための空間」という圧があり、心が休まることはなかった。
着替えを済ませ、廊下へ出ると、すでに使用人たちが静かに動いている。
誰一人として、彼女を珍しそうに見ない。
「おはようございます」
すれ違った侍女が、簡潔にそう言って一礼する。
「おはようございます」
自然と、同じ調子で返す。
(……“客”扱いされていないのね)
過剰に持ち上げられるでもなく、無視されるでもなく。
ただ、そこにいる存在として認識されている。
それが、妙に心地よかった。
---
朝食後、執務室へ案内される。
扉の向こうから、低い声が聞こえた。
「入れ」
簡潔な一言。
扉を開けると、アルベリク・フォン・グラーフ公爵が、すでに机に向かっていた。
書類の山。
だが、雑然としてはいない。
「昨夜の件だ」
顔も上げずに、そう切り出す。
「君の指摘通り、条件を見直した。
今朝、商会に再交渉の通達を出した」
「……そうですか」
「結果次第だが、損失は防げるだろう」
そこで初めて、公爵は視線を上げた。
「なぜ、王国は君を手放した?」
唐突な問い。
だが、責める調子ではない。
純粋な疑問だ。
「……私にも、よく分かりません」
ベルトーネは正直に答えた。
「表に出ることを、好まなかったからでしょうか」
「それだけで?」
「ええ。それだけで」
公爵は、わずかに眉をひそめた。
「愚かな話だ」
短い断言。
「能力のある者を、目立たないという理由で切り捨てる。
それは国家運営ではない。感情論だ」
その言葉に、胸の奥が微かに震えた。
(……評価、された)
王太子の隣に立っていた頃。
彼女の意見は「余計なこと」として扱われるか、聞き流されるかのどちらかだった。
今は違う。
内容を聞かれ、理由を問われ、結論を尊重される。
「……もう一件、見ていただきたいものがあります」
公爵が書類を一枚差し出す。
「農地改革案だ。
数字が合わない」
ベルトーネは受け取り、目を走らせた。
数分。
「この配分、労働力を考慮していません」
「ほう」
「人を増やすか、工程を減らすか。
どちらかを選ばなければ、破綻します」
公爵は、ゆっくりと椅子に背を預けた。
「君は、すぐ結論を出すな」
「迷う理由がありませんから」
「……気に入った」
ぽつりと、そう言われる。
その一言に、胸の奥がじんと熱くなった。
---
午後。
公爵領の視察に同行することになった。
馬車ではなく、徒歩。
現場を見るためだ。
「視察とは、靴を汚すことだ」
公爵はそう言い切る。
その背中を見ながら、ベルトーネは思う。
(……王太子とは、正反対)
王太子は、常に安全な距離から指示を出すだけだった。
自ら現場に立つことはない。
農民たちは、公爵を見ると静かに頭を下げた。
だが、恐怖ではない。
信頼だ。
「今年の収穫は?」
「去年よりは、良い見込みです」
「水路の件は」
「修繕が進んでおります」
短いやり取り。
だが、必要な情報はすべて引き出されている。
「……よく統制されていますね」
思わずそう口にすると、公爵は歩みを止めずに答えた。
「無駄な命令を出さないだけだ」
振り返り、ベルトーネを見る。
「君も、そうだろう。
余計なことは言わない。だが、要点は外さない」
胸の奥が、また温かくなる。
――理解されている。
それだけで、こんなにも心が軽くなるとは思わなかった。
---
夕刻。
再び執務室。
商会からの返答が届いていた。
「条件、呑んできました」
使用人の報告に、公爵は短く頷く。
「君のおかげだ」
その言葉を、真正面から向けられる。
「……ありがとうございます」
ベルトーネは、少し戸惑いながら頭を下げた。
褒められることに、慣れていない。
公爵は、しばし彼女を見つめ、静かに告げる。
「ここにいる間、君を“客”として扱うつもりはない」
一拍。
「必要なら、私の隣に立て」
その言葉は、命令ではなく、選択肢だった。
ベルトーネは、はっきりと答える。
「――お役に立てるのであれば、喜んで」
その瞬間、公爵の口元が、ほんのわずかに緩んだ。
それを見て、ベルトーネは思う。
(……ここでは)
私は、飾りでも、添え物でもない。
“評価される人間”として、存在していいのだと。
その事実が、彼女の心に静かに根を下ろし始めていた。
15
あなたにおすすめの小説
【完結】恋人にしたい人と結婚したい人とは別だよね?―――激しく同意するので別れましょう
冬馬亮
恋愛
「恋人にしたい人と結婚したい人とは別だよね?」
セシリエの婚約者、イアーゴはそう言った。
少し離れた後ろの席で、婚約者にその台詞を聞かれているとも知らずに。
※たぶん全部で15〜20話くらいの予定です。
さくさく進みます。
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
10日後に婚約破棄される公爵令嬢
雨野六月(旧アカウント)
恋愛
公爵令嬢ミシェル・ローレンは、婚約者である第三王子が「卒業パーティでミシェルとの婚約を破棄するつもりだ」と話しているのを聞いてしまう。
「そんな目に遭わされてたまるもんですか。なんとかパーティまでに手を打って、婚約破棄を阻止してみせるわ!」「まあ頑張れよ。それはそれとして、課題はちゃんとやってきたんだろうな? ミシェル・ローレン」「先生ったら、今それどころじゃないって分からないの? どうしても提出してほしいなら先生も協力してちょうだい」
これは公爵令嬢ミシェル・ローレンが婚約破棄を阻止するために(なぜか学院教師エドガーを巻き込みながら)奮闘した10日間の備忘録である。
【完結】悪役令嬢の断罪から始まるモブ令嬢の復讐劇
夜桜 舞
恋愛
「私がどんなに頑張っても……やっぱり駄目だった」
その日、乙女ゲームの悪役令嬢、「レイナ・ファリアム」は絶望した。転生者である彼女は、前世の記憶を駆使して、なんとか自身の断罪を回避しようとしたが、全て無駄だった。しょせんは悪役令嬢。ゲームの絶対的勝者であるはずのヒロインに勝てるはずがない。自身が断罪する運命は変えられず、婚約者……いや、”元”婚約者である「デイファン・テリアム」に婚約破棄と国外追放を命じられる。みんな、誰一人としてレイナを庇ってはくれず、レイナに冷たい視線を向けていた。そして、国外追放のための馬車に乗り込むと、馬車の中に隠れていた何者かによって……レイナは殺害されてしまった。
「なぜ、レイナが……あの子は何も悪くないのに!!」
彼女の死に唯一嘆いたものは、家族以上にレイナを知る存在……レイナの親友であり、幼馴染でもある、侯爵令嬢、「ヴィル・テイラン」であった。ヴィルは親友のレイナにすら教えていなかったが、自身も前世の記憶を所持しており、自身がゲームのモブであるということも知っていた。
「これまでは物語のモブで、でしゃばるのはよくないと思い、見て見ぬふりをしていましたが……こればかりは見過ごせません!!」
そして、彼女は決意した。レイナの死は、見て見ぬふりをしてきた自身もにも非がある。だからこそ、彼女の代わりに、彼女への罪滅ぼしのために、彼女を虐げてきた者たちに復讐するのだ、と。これは、悪役令嬢の断罪から始まる、モブ令嬢の復讐劇である。
お前が産め!
星森
ファンタジー
結婚して3ヶ月、夫ジュダルから突然の離婚宣言。
しかし妻アルネは、あっさり「はい、いいですよ」と返答。
だがその裏には、冷徹な計画があった──。
姑ロザリアの暴走、夫ジュダルの迷走、義父バルドランの混乱。
魔方陣が光り、契約精霊が応え、屋敷はいつしか常識の彼方へ。
そして誕生するオシリーナとオシリーネ。
「子供が欲しい? なら、産めばいいじゃない」
冷静沈着な契約者アルネが、家族の常識を魔法でぶち壊す!
愛も情もどこ吹く風、すべては計画通り(?)の異色魔法家族劇、ここに完結。
⚠️本作は下品です。性的描写があります。
AIの生成した文章を使用しています。
《本編完結》あの人を綺麗さっぱり忘れる方法
本見りん
恋愛
メラニー アイスナー子爵令嬢はある日婚約者ディートマーから『婚約破棄』を言い渡される。
ショックで落ち込み、彼と婚約者として過ごした日々を思い出して涙していた───が。
……あれ? 私ってずっと虐げられてない? 彼からはずっと嫌な目にあった思い出しかないんだけど!?
やっと自分が虐げられていたと気付き目が覚めたメラニー。
しかも両親も昔からディートマーに騙されている為、両親の説得から始めなければならない。
そしてこの王国ではかつて王子がやらかした『婚約破棄騒動』の為に、世間では『婚約破棄、ダメ、絶対』な風潮がある。
自分の思うようにする為に手段を選ばないだろう元婚約者ディートマーから、メラニーは無事自由を勝ち取る事が出来るのだろうか……。
『選ばれなかった令嬢は、世界の外で静かに微笑む』
ふわふわ
恋愛
婚約者エステランス・ショウシユウに一方的な婚約破棄を告げられ、
偽ヒロイン・エア・ソフィアの引き立て役として切り捨てられた令嬢
シャウ・エッセン。
「君はもう必要ない」
そう言われた瞬間、彼女は絶望しなかった。
――なぜなら、その言葉は“自由”の始まりだったから。
王宮の表舞台から退き、誰にも選ばれない立場を自ら選んだシャウ。
だが皮肉なことに、彼女が去った後の世界は、少しずつ歪みを正し始める。
奇跡に頼らず、誰かを神格化せず、
一人に負担を押し付けない仕組みへ――
それは、彼女がかつて静かに築き、手放した「考え方」そのものだった。
元婚約者はようやく理解し、
偽ヒロインは役割を降り、
世界は「彼女がいなくても回る場所」へと変わっていく。
復讐も断罪もない。
あるのは、物語の中心から降りるという、最も静かな“ざまぁ”。
これは、
選ばれなかった令嬢が、
誰の期待にも縛られず、
名もなき日々を生きることを選ぶ物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる