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エルヴァン王国の秘宝
第十九話 これから先の未来のために
しおりを挟む明るくなったケルヴァン殿下の表情が、直ぐに曇ります。
「それはいい考えだが、恥ずかしいことに、俺は王子だが、ハンターを雇うほどの金を持っていない」
第三王子とはいえ、ケルヴァン殿下自身が何かしているわけではありませんからね。
王国の資産は? と思われるかもしれませんが、第三王子に支給されるお金は微々たるものですわ。それも留学費で消えていそうですし。それに、今現在、エルヴァン王国は荒れていますからね、第三王子に出す余分なお金はありませんわね。
一応、ケルヴァン殿下自身もハンター資格を持っているので、魔物の討伐や素材を売っています。なので、小金は持っていますが、何十日もハンターを雇うほどのお金はありませんわ。危険手当も必要ですからね。
「そんなこと、わかっていますわ。なので、ケルヴァン殿下、私を雇いなさい」
私なら、特にお金はいりませんからね。
お母様もお父様も、竜石のことを放っておくと言っていましたが、私はどうしても気になるのです。それに一度、第二王子様と会っておきたかったですし。未来のエルヴァン王国の国王陛下に、恩を売っておくいい機会ですからね。
問題は、シオン様ですわね。
絶対、まず間違いなく、反対されますわね。
ケルヴァン殿下が私を女として見ていないと頭では理解していても、異性ですからね……子供でさえ、不快感を示すこともあるのに。
「……大丈夫なのか? 俺としたら、とても心強いが、隊長が許可しないだろ? あんなに溺愛してるのに。それに、セリア様自身の仕事もあるし、背負う民もいる……迷惑は掛けられない」
ケルヴァン殿下らしい台詞ですわね。本当は飛び付きたいのに。このような場面でも、私の立場を考えるなんて。私が皇女でなくても、同じようなことを言ったでしょうね。
「ならば、諦めるのですか? 諦められるのですか?」
私の問いに、ケルヴァン殿下は唇を噛み締め唸ります。本心は諦められない。嘘でも言えないってことでしょうね。
「…………」
「私にいい考えがありますわ。少し、面倒くさいですが」
無言のケルヴァン殿下に私は告げます。
その時でした。
「駄目だ!! 絶対に許さない!!」
乱暴にドアが開いたと同時に、室内に入って来た人物が怒り露わに怒鳴りました。ケルヴァン殿下を殺気が籠もった目で睨み付けています。
ケルヴァン殿下が小さくなってしまいましたわ。シオン様ったら……
たぶん、私が砦に迎えに行くのが遅くなったから、直接学園に迎えに来たのでしょう。普段は迎えに来ないで砦で待っているのに、今晩に限って……竜人の本能恐るべしですわ。
シオン様は私を抱き上げようとしてきましたが、私はシオン様から逃げます。あっ、シオン様の顔から表情が消えましたわ。これは……完全にキレてますわね。
ここで怯むわけにはいきませんわ。
これは、私にとってもいい機会なのです。すぐに、私を囲おうとするシオン様に対しての、意思表示になりますから。
学園に在席しているうちは、渋々ながらも、個人の時間が持てますわ。だけど……学園を卒業した途端、私の執務室は砦になりそうで、それだけは避けたいのです。シオン様の愛情が冷めたわけではありませんわ。それは違います。日に日に増していきますわ。でも、これとそれは違うのです。
「シオン様が反対しても行きますわ。但し、泊まりはしません。侍女も連れて行きます。シオン様が休みの日は、一緒に旅をしましょう」
私の提案に、シオン様は答えてくれません。代わりに答えてくれたのは、ケルヴァン殿下でした。
「…………それができたら、一番だが……どうやってするんだ?」
ごもっともな意見ですわね。
「転移魔法ですわ。転移魔法は、自分が訪れた場所に瞬時で移動できます。ならば、前日まで進んだ場所まで飛ぶことは可能ですわ。これを繰り返せば、宿屋に泊まることなく、進めますわ。執務も、帰ってからすればいいですし。良い案でしょう。これなら、シオン様の心配ごとも回避できますわ」
ケルヴァン殿下は脳筋ながらも、空気を読んで黙ってます。というか、シオン様から漏れ出す怒気と冷気に声が出ないのでしょう。
「…………駄目だ。許さん」
「何故ですか!?」
「どうしてもだ」
それは答えにならりませんわ。
「私が信用ならないのですか!? 侍女も一緒なのですよ」
「危険だ」
「私の強さは知っているでしょう!!」
「魔物相手と人相手は違う」
シオン様の気持ちは嬉しいですわ。その上で言っているのです。
「……そうですね。魔物相手と人とは違うでしょう。だからといって、避けるのは違うのではありませんか? これから先、私はシオン様と共に、この皇国を支える柱になるのです。人との争いは避けて通れませんわ。自国、他国共に。現時点でも何度もありましたよね。これから先、争いの度に逃げるのですか!? 私は逃げはしませんわ。それが、後に勝利に繋がること以外は。必要不可欠な撤退以外いたしません」
「他国の王位継承問題に口を挟むことが、必要なことなのか?」
冷静な口調ですが、とてもとても低い声で、それだけで、シオン様の怒りの度合いがわかりますわ。
「第二王子様に恩が売れますからね。それに、竜石のことも気になります」
引かない私にシオン様は溜め息を吐くと、手を差し出します。
「わかった……後は、二人で話し合おう」
差し出された手を私は取りませんでした。
「しばらく、学園の寮に泊まりますわ」
「……何故だ?」
シオン様の声が険しくなります。でもその声は、私の胸の奥に痛みを生みました。悲しみを感じたから。
「良い機会ですわ。これから先のことを考えましょう、シオン様」
「…………俺を捨てるか……」
シオン様が絶望した表情で、私に訴えます。
「違いますわ!! どうして、そうなるのです!? 私は絶対にシオン様と別れたりはしませんわ!! これから先、シオン様と長い時を一緒に生きて行くために必要なのです」
「俺から離れることが、必要なことか!?」
シオン様が声を荒げます。
「前に言いましたよね、シオン様。私は貴方の隣に立ちたいと……護られる立場でなく、共に乗り越えたいのだと。シオン様は、常に私を護ろうとします。護られるのは嬉しいですわ。私が大切だと言ってくれてるようで。でも……必要以上に護ってほしいとは思いません。シオン様、これはいい機会ではありませんか? 私たち二人の未来のために、少し距離をおいて考えましょう」
これは、私の素直な気持ち。竜人の性は理解しています。だけど……我慢し続ければ、いつかは疲れてしまいます。それが、いくら愛した人だとしても。そうなるのが嫌だから、私はシオン様と少しの間だけ距離をおこうと考えたのです。
「…………わかった。セリアがそれを望むなら、俺は叶えるだけだ」
力なくシオン様がはそう言うと、部屋を出ていきました。
私が言いたかったことは伝わったの……?
シオン様を悲しませたくはない。あのような表情をさせたいわけでもない。
……間違ったの?
答えはわからない。答えてくれる人がいなくなったから。
「…………いいのか?」
ケルヴァン殿下の心配した声に、私は何も答えることはできませんでした。
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