17 / 70
16 希望の話
しおりを挟む会社はすんなりと辞めることができた。嫌味はたんまりと言われたけどね。特にお局様の当たりが強かったわ~
まぁ、それは聞き流せばいいんだけどね。どうせ、もう会わない人たちだから。特に親しくしていた人もいなかったし。とはいえ、内心はちょっと複雑かな。社畜までとはいかないけど、それなりに頑張って積み重ねてきたつもりだから。それなりの仕事量をこなしていたしね……私が居なくなると、少しは困るかなって思っていた。
でも、現実は違った。結局、私一人いなくなったところで、困る人はいないんだって知ったよ。会社ってそういうところあるよね。引き止めて欲しいわけじゃないけど。ちょっと、身勝手かな。
とりあえず、やるべきことを一つ終え、次は引っ越しの準備。
更新日が来月の末日だから、来月の半ばには引っ越しておきたい。お祖父ちゃんは古い人だから、暦をよく見て決めないとね。だとしたら、この日かな。大安だし。引っ越しにも吉ってなっている。そうと決まれば、早速お祖父ちゃんに連絡しとかないと。
『お祖父ちゃん、私』
『おう。大丈夫か? しんどかったら、無理せず休むんだぞ』
お祖父ちゃんの過保護がまた一段と酷くなってるよ。
『ありがとう、大丈夫だよ。それでね、今日、会社辞めてきた』
『そうか……』
私が明るい声で報告しているのに、お祖父ちゃんの方が沈んでる。まるで、私と反対よね。お祖父ちゃんなりに思うことがあるんだと思う。
『引っ越しなんだけど、来月の十四日はどうかな? 一応、大安だし。引っ越しも吉だよ。シーズンオフだから高くないと思うし、手配もできると思う』
『わかった。なら、十二日にそっちに行く』
『え~いいよ。遠いし』
『遠慮するな』
お祖父ちゃんを説得するのは難しいわね。なら、甘えますか。
『ありがとう、お祖父ちゃん。助かるよ』
『おう……どうした? 一葉』
会話が少し途切れただけで、お祖父ちゃんは私の心の機微に気付いてくれる。生物学的な親とは違ってね。お祖父ちゃんの優しくて温かい声に、私は癒やされ素直になれる。
『電話したの、編集さんに。……でね、やっと書いてくれる気になってくれたんですねって言われたの。ファンタジー物じゃないけどいいですか? って訊いたら、それでも構いませんって言ってくれた』
五年も前なのに、担当編集だった木下さんは、私を覚えていてくれていた。気に掛けてくれていた。イタ電だと思われて、切られてもおかしくないのにね。
『よかったな……一葉……』
『うん。忘れずにいてくれたことが、すっごく嬉しかった。嬉しくて涙がでたよ。小型船の中だったから、ものすごく恥ずかしかったけどね』
電話を切った後、見て見ぬ振りをしてくれてる乗務員さんから逃げるように隅に座って、下船するまで寝た振りをしたわ。
『そうか……今度は、どんな話を書くんだ?』
訊いてくると思ったわ。
『……家族愛をテーマにしようと思ってる。血の繋がらない四人家族の話。両親はいなくて、兄と妹、弟、そして主人公。些細なきっかけで集まり、そして一緒に暮らすの。平凡な、でも……温かい、何気ない日常を綴っていこうと思ってる』
ノンフィクションに近いフィクション。
希望の話。
お祖父ちゃんなら、誰をモデルにしようとしてるか、直ぐにピンとくるわね。でも、何も訊いてはこなかった。ただ、こう言ってくれたの。
『温かくて幸せな作品になるな。一葉らしい』って。
そうなったら、私も凄く嬉しいよ。心からね……
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
48
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる