剣神と魔神の息子

黒蓮

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最終章 未来

最終決戦 11

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side ジョシュ・ロイド



(・・・どうして、こうなった・・・)



 俺様は地面に倒れ伏し、視界にぼんやりと映る景色を見つめながら心の中で呟いた。


エレインを手に入れるため、あの醜悪に蠢く”世界の害悪”の心臓を口にしてから、俺様の意識はまるで他人の見ている世界を強制的に体験させられているような感覚に陥った。自分の意思で身体を動かすことが出来ず、意図せず言葉が勝手に口から溢れていく。そんな、自分の身体を乗っ取られた状態になってしまったのだ。


それでも、あの忌々しいエイダ・ファンネルに苦痛を舐めさせたのは溜飲が下がる思いだった。例えそれが自分の身体を支配している存在が勝手にしたとしても、まるで自分自身があの小僧の土手っ腹を抉ったような感触まで体感できたのだから。


しかし、上手くいっていたのはそこまでで、次第に雲行きは怪しくなり、あろうことか小僧の両親である剣神と魔神が参戦し、更に現状、今のこの世界で2人しか至った事がないはずの【昇華】の段階に小僧が登り詰めたのだ。そこからはこちらが防戦一方の状況となってしまい、気づけば俺様の身体を支配している存在は、どうやってこの場を逃げ出そうかという算段を目論む有り様だった。


そんな追い詰められた状況が視野を狭めていたようで、眼前の小僧とその両親達に集中していたあまり、気配を消して潜んでいた【救済の光】の盟主であるザベク達によって、俺様の心臓目掛けてエネルギーを吸収する杖を3方向から突き刺されてしまった。俺様は利用され、裏切られたんだと理解した時には全てが手遅れだった。


本来なら心臓を潰されようが瞬時に再生するはずの肉体が、その杖を刺された瞬間から身体に力が入らなくなってしまい、何かが俺様の身体から抜け出ている感覚があった。それと同時に、急速に身体の感覚が戻ってきたようで、自分の意思で再び身体を動かすことが出来るようになったのだが、その時には既に身体に全く力が入らないようになり、力なく地面に倒れ伏した時に見た自分の腕は、まるでミイラの様に干からびていた。


冷たい地面の感触を感じながら、自分の身体を操っていた存在が完全に消えたのだと理解できたが、戻ってきたはずの身体の感覚は足先から段々と薄れていき、今ではもう目を動かすのがやっとの状態だ。



(俺様はただ、エレインが欲しかっただけなのに・・・あの艶やかな黒髪に触れたい・・・あの柔らかい手で触れて欲しい・・・あの女神の様な笑顔をもう一度見たい・・・)



今の俺様に残った感情は、エレインに対する想いばかりだった。10歳の頃、王族主催のパーティーに連れていかれて、そこで初めて目にした彼女に一目惚れし、以来父上に頼み込んでエレインと婚約するために動き続けてきたのだが、彼女の返答はいつもお断りだった。理由は自分の夢のために、今は異性との将来を考える余裕は無いと言われてきた。


当時はその答えに納得していたが、時が経ち、彼女は成長するにつれて益々女性としての魅力に溢れていった。どうしても彼女を手に入れたかった俺様は、学院に入学してから彼女の姿を見掛ければ必ず話しかけ、何とかしてこの想いを成就させたかったのだが、彼女の答えは頑として変わらなかった。しかし俺様は、諦めることなく何年もアプローチし続けた。


そして、俺様達が3年生になった時だった。俺様はずっと断られ続けていたものの、彼女も返答通り異性の存在が感じ取れなかった事に少なからず安堵していた状況の中、奴が現れたのだ。


最初はこの世界における最下層に位置しているノアということもあって、特に気にも留めていない存在だった。しかし、あの小僧はノアの常識をぶち壊すような実力を有していた。そこまでだったなら、多少苛つく存在という事で終わっていたはずだったが、次第にエレインと親しくなり始めたことで状況が変わった。


彼女は後輩を気に掛ける上級生の顔つきから、徐々に異性に恋い焦がれるような女の顔つきに変化していったのだ。その顔を向けて良いのは俺様だけのはずなのに、あろうことかポッと出の年下の平民で、しかもこの世界で最も蔑まれているノアに向けているのだ。俺様の心は嫉妬と、彼女の貴族の淑女としてあるまじき心情の変化に発狂しそうだった。


エレインを振り向かせるため、同時に平民の小僧を排除するために、あの手この手を尽くしたが、結果として俺様は何も手に入れることが出来なかったばかりか、全てを失い、利用されるだけされて、用が済めばゴミの様に捨てられることとなった。



(あぁ・・・せめて、最後にエレインの姿を・・・)



既に身体の動かない俺様は、必死に視線を動かしてエレインの姿を探した。すると、遠目にこちらを見つめる彼女と目が合った気がした。その距離から表情までは伺い知れないが、何となく憐れみの目で見られているような気がした。



(そんな目で俺様を見るな・・・こんなつもりじゃなかったんだ。ただ、力さえあれば振り向いてくれると・・・俺様は、間違っていたのか?どうやったらエレインは俺様に振り向いてくれたんだ?)



今はただただ、後悔の念しか浮かんでこなかった。もっと違った方法があったのかもしれないが、俺様にはこれ以外の方法を思い付かなかったのだ。


そんな事を考えながらエレインを見つめていると、先程から感覚が薄れてきていた自分の身体が、いよいよ全く何も感じられなくなってきた。力が入らないどころか、自分の身体が地面に横たわっている触覚すら感じられないのだ。


疑問に思って自分の手足に視線を向けると、まるで老朽化して壊れる建物のように俺様の身体がボロボロと小さく崩れ落ち、灰のように真っ白く細かくなった俺様の肉体だったそれは、風に吹かれて消えていっていた。



(嫌だ!死にたくない!消えたくない!こんなところで何も出来ず、何も残せず、塵のようになるなんて・・・)



既に痛みという感覚から随分と遠ざかっていたが、痛みもなく自分の身体が崩壊している状況を間近に見て、これほど恐怖を覚えることはなかった。そこに痛みがあれば、まだ死に対して納得が出来たかもしれない。しかし痛みもなく、何の抵抗も出来ずに自分の身体が崩れている様を見ていることしか出来ないというのは、想像を絶する恐怖だった。



(嫌だ、イヤだ、いやだ・・・どうして俺様の身体が消えていくんだ・・・どうして何も出来ないんだ・・・どうして・・・どうして・・・どうしーーー)



やがて身体の崩壊は全身に至り、絶叫をあげることも、その感情を叫ぶことも叶わず、俺様の最後の思考は、現状の嘆きと疑問の言葉に塗り潰され、永遠の暗闇に呑まれて消えたのだった。






 【救済の光】の盟主であるザベク・アラバスと、おそらくは組織の構成員達から波状攻撃を強いられ、僕はエレイン達を守ることで手一杯だった。


現状、父さんと母さんは何とか耐えている様子だが、あれほど”世界の害悪”一人に手を焼いていた状況から、同じような力を持つ存在が何十人と増えた状況になってしまったことで、明らかに劣性を強いられていた。


僕のこの【昇華】の状態もいつまでもつか分からないし、このまま物量に押しきられてしまえば、いくら父さん母さんと言えど万が一の事が起こりうるのではないかと不安になってしまう。


そんな必死に防戦をしている中で、視界の端に干物のようになって地面に倒れ伏していたジョシュ・ロイドの姿が映った。彼はすがるような視線をエレインに向けていたが、そんな視線を向けられているエレインは、一瞬だけ憐憫な表情を彼に向けていた。


やがて彼の身体はボロボロに崩れていき、絶望に染まった表情をしながら風に吹かれて消えていってしまった。彼が最後の瞬間に何を考え、この状況をどう思っていたのか知るよしもないが、最後の表情から、自分がこんな状況になってしまったことに納得がいっていないような、そんな思いが垣間見えた。



(どうやら、最後まで自分の犯した罪を反省することなく死んでしまったようだな・・・何をしてでもエレインを手に入れようとした結果、間違った方向に突き進み、周りの迷惑も省みず、暴走の果てに利用されて死んでいく。彼に対して同情の感情など微塵もないけど、それでもこうして結果だけを見ると、可哀想な人だったんだな)



結局彼は、何も出来ずに利用されて終わった。自業自得ではあるが、それでも同じ女性を好きになった者として、その報われなさを憐れみ、心の中で手を合わせ、冥福を祈っておく。



 そんな感傷も、続く組織からの攻撃に意識から消え去り、この状況をどう打開するかに思考は塗り潰されていった。


”世界の害悪”の力を魔道具を介して取り込んだ構成員達は、自我を失ったり身体の見た目が変化するといったような副作用もなく、戦略的にこちらを追い込もうとしてきている。ただその力は、先程まで対峙していた”世界の害悪”と同等というほどではないようで、精々が半分以下の威力だが、質で劣る分は量でカバーして余りあるという状況で、濃密な一斉攻撃に晒されてしまっている。



(くっ!エレイン達を守る為にこの場から離れられない。父さん母さんも気掛かりだし、かといってこの攻撃の中、ここを離れることも不可能だ!)



エレイン達を守るために迫り来る数々の攻撃を消去するために飛び回りながら、逆転の手立てを考えるが、そんな事を考えていた僕に、最悪の事態が襲いかかってきた。



「ーーーなっ!!」



急にガクッと力が抜けるような感覚と共に、動きが鈍ってしまったのだ。そんな自分の状態を確認せずとも理解する、【昇華】の効力が切れたのだと。



(まずい!!)



その瞬間、僕は焦燥感と悲壮感がない交ぜになったような感情に支配された。
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