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11 部屋
しおりを挟むふと、昨夜も感じた甘くて爽やかな風味の味がして、目の前がふわふわと歪む。
眠たいような、心地よい……酩酊感。
このまま、この気持ち良さに浸りたいと思わせる、まるで中毒症状のような……。
「これだけで溶けちまって、ほんと可愛いなぁシゲは」
「……っ、ジョー」
「んー?」
「何か変なものを飲ませていないか?」
「……あれ、分かるのか?」
夕べは酔っ払っていたのもあって気がつかなかったけれど、一瞬で眠たくなるわけがない。
体調不良になっているならともかく、今日のおれはなぜか調子がいい。
その原因が、河童の万能薬っていうのを、ジョーがおれに使っているからだとすれば、全てに説明ができる。
おれが昨夜、ジョーとした行為は普通じゃなかった。
普段から運動するように心がけているとはいえ、あんな経験の後で、痛みも何も残っていないはずがない。
初めてで、快感に溺れ狂うなんて思えない。
ジョーが痛む腰に湿布のような冷たいものを塗った後、痛みは溶けるように消えた。
あれが人の作った薬であるはずがない。
「何のためにだ」
「本当にここで言っていいのか?」
「?、どういう意味だ」
「……しゃあねえなあ、シゲに摂らせてんのは、魔羅を奥まで受け入れやすくするための薬だ。
尻子玉を引っこ抜きはしないとしても、この先、ガキを産めるように準備が必要だろう?」
……はい?
ガキをうむ?
ガキって聞いても、対応する漢字が〝餓鬼〟くらいしか思いつかない。
地獄の亡者を産む?生む?膿む?
どれもおかしいよな?宇宙生物に卵を産み付けられた?な展開すぎる。
河童ってのは宇宙から来た生命体だったのか?
ジョーの言葉の意味を考えているうちに、気がつけば抱きすくめられて、ビルを出ていた。
人前でキスされていたということに気がついた時には、もう遅かった。
背後から「ガワさん、ほどほどになー」と主任さんの声がしていたけれど、その言葉にかぶせるように「それは主任が言われる方だよ!」とおっさんたちの声が響いていた。
◆
そのまま、ジョーが行きつけだという個人経営の食堂に連れていかれた。
昼食として、まるっと一尾のキンメの煮付けが出てきて、すごく驚かされた。
「本当は鯛の尾頭付きがいいんだけどな、さすがにいきなりは無理だった」
……どうしよう。
鯛の尾頭付きって、結婚式のご馳走じゃあるまいし。
食後に綿帽子を被って白無垢着てくれとか言われないよな?と不安になりながら、昼食を終えて、再びジョーの車に乗りこむ。
なんだか、ジョーを利用しているのが辛い。
「ジョー、おれは」
車の中で深刻な話をしないほうがいい、って何かで言ってたような気がする。
でも、このままだと、流されるままにしておくと、迷惑をかけてしまう。
不安に駆られて口を開くと、指が唇に押し当てられた。
「全部聞くけど、部屋に戻ってからな?」
「……」
年上の余裕ある態度に押し負けて、口を閉じるしかない。
このまま流されるわけにはいかない。
そう思いながら、二度目のジョーの家……集合住宅?にたどり着いた。
まるでそこだけ世界が時を止めてしまったかのような、古き良き時代ってやつを思わせる木造の二階建て。
周囲には広葉樹が繁り、木の中に埋もれるように、色あせた灰色のトタンの壁が見えた。
すりガラスのはめられている木造の引き戸を、ガラガラと音を立てながら開ければ、そこには旅館の玄関口のような土間があり、小学校の頃に遊びにいっていた子どものいえを思わせる、大きなげた箱が左側に据え付けられている。
そこには男物と思われる靴ばかりがいくつも並んでいた。
「あー!ガワさん!」
入るなり大声が聞こえて、思わず肩をすくめてしまう。
まるで耳元で怒鳴られたような声量に、びくりとした体を、腰に腕を回してきたジョーに抱き寄せられた。
「声がでかすぎるぞ、毒嶋ぁ」
「すんません!失礼するっス!」
動かすとギュルギュルと音がしそうな、まるでカエルのように目の飛び出ている(ように見える)男性が、ぺたりぺたりと廊下の奥から姿を見せた。
ひどい猫背で、気のせいでなく、顔中がニキビ跡のようにボコボコとしているし、顔のパーツ配置がカエルにしか見えないから、きっとこの人も人間じゃないのだろう。
なんだか寺に出てくるウシガエルそっくりに見えて、背筋がゾッとする。
「なんだよ?」
「なんだよじゃねえっス!お披露目の予定伝えて行かねえから、苦情が殺到してるっス!」
「あー、お披露目はしばらくしねえ」
「……えええええ!?なんでぇっ!?嫁さんそこにいるじゃないっスか!」
ぎろり、と底光りするような目を向けられると、体が勝手に硬直した。
カエルを怖いと思ったことはないけれど、人の大きさだと受け付けないかもしれない、と思ってしまった。
「大事にしてえんだよ、プロポーズはしたけど、子作りの同意はまだだ。
その時になったら伝えるから、大人しくしててくれ」
「……仕方ねえっスねぇ」
「伝えとけよー」
「うっスー!」
今時見ないような大仰な仕草で、べっとりと頭に貼りついている髪の毛をかきまわし、カエルらしき男性はおれの方を見ながら背を向けた。
ぺたん、ぺたんと廊下を歩く足音が遠ざかっていって、薄暗い廊下がふわりと明るくなった気がした。
なんだかものすごく会話の中身を知りたくない、と思いながら、ジョーの上着を指先で捕まえる。
聞かないといけない、知っておかないとまずい、そんな直感に従って。
「お披露目ってなんだ?」
「……部屋で教えてやるから」
誤魔化すなよ、とジョーの丸い瞳を睨みつければ、人の姿の時でも横に大きめの口が、ニヤリと緩められる。
「誘ってんのか?ここで?そのままお披露目で子作りになっちまうぞ?」
「誘ってない」
ジョーの言葉の意味を知りたくない。
理解したくないけれど、おれにとって歓迎できることではないのだろう、と感じる。
脱いだスノーブーツをげた箱の隅に押し込んで、いつのまにかジョーが抱えているおれの荷物を、取り返そうと手を伸ばす。
中身が詰まっていても、ダッフルバッグの一つくらい自分で持てる。
嫁になれと言われるのはともかく、女性扱いや、レディファーストをされたいとは思えない。
色あせていても派手なカーテンが引かれている部屋の中は、窓が東向きなのか、明るくても日差しは差し込んでいなかった。
ジョーがサイケデリックなカーテンを開くと、花柄のレースカーテンを残して、室内が少し明るくなる。
無人だった室内はしんと冷えていて寒く、コートを着たままは不躾だと思いつつも、脱げない。
玄関で履いたダウン入りのルームシューズのまま、畳を踏んで良いのか悩んでいたら、そのまま入っていいぞと言われた。
「茶でも飲むか?」
「いらない」
ビルで警備員のおっさんたちに三杯も茶を頂いたから、腹の中はチャポチャポだ。
昼食の後なのに、勧められるままにお茶菓子も詰め込んでしまったから、夕食の時間までに腹が減らないかもしれない。
部屋を暖めるからな、とジョーが部屋の隅にある陶器?の器のようなものに向かう。
他に暖房器具はないのか?と思った直後、ジョーが金属の箸のようなもので器の中を搔きまわし、一気に室内が暖かくなった。
「どうだ?寒くないか?」
寒い風に吹かれて冷えていた頬が、一気に熱を持つ。
冷えすぎた後に血が集まってくる感覚で、頬が赤くなっているのを感じた。
どれだけ高性能の暖房でも、こんなに短い時間で室内を暖められないのではないだろうか、と思いながら、八畳の室内を見回す。
この広さなら、すぐに温まるのか?
応援ありがとうございます!
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