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知らぬは私ばかりなり

2 ―――あれ?あれれ?

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 案外近い場所に座っていた企画部の笹倉課長を発見すると、知夏は環菜さんと共に移動した。笹倉課長のサイドは通販部門、経理部の課長が揃い踏みしていた。

 うーん、これは一人じゃ気後れしてたなぁ。きっと。

 こういう場が案外苦手とする知夏とは違い、環菜さんは臆することなくすたすたと歩いていく。慣れているのか、平気なのか。それとも、通販部門課長が夫ということもあり、知夏とは違い普段から他の課長たちとも顔を会わせる機会が多いのかもしれない。
 とにかく助かったことは間違いない。

「西村課長、笹倉課長、お疲れ様です」
「お、お疲れ様です」
 溌溂とした環菜さんの挨拶の後に続けとばかりに、知夏は一応挨拶だけはなんとか言えた。
うーん、緊張したよう。
 たったこれだけなのに、もう一仕事を終えた気分だ。

 環菜さんの声掛けに最初に応じたのは経理部の西村課長だ。見た目は恰幅がいい50代。おおらかだという噂は聞こえてくる。けれどその言葉の後、どこかいい加減なのよねという一言も付いて回る。そんな人柄らしい。
「お、三田君か。―――と、今は木槌君だったな。もう一人は、確か野間君だったな。木槌君どうだ企画部は。もう慣れたか?」
 環菜さんからビールを受けながら、噂通り西村課長は気さくに話しかけきた。すでに出来上がっているのか、赤ら顔になっている。
「はい。野間さんは勿論、皆さんにもよくして頂いてなんとか付いて行っています」
 にこりとして環菜さんは答えた。
「おや、木槌さんは随分と控えめですね。ウチでは確実に戦力の一員です。呑み込みが早いうえに、行動力もあってとても助かります」
 ウチの企画部の笹倉課長から誉め言葉が出た。

 うん、確かに環菜さんは一度教えると大概の事は覚えてしまうし、新しい企画も意見をどんどんと出してくる。年齢的は私が三つ下。企画部に所属している長さだけを言えば私の方が長いから先輩と言えなくもないけれど、入社したのは環菜さんが一年早いから先輩にあたる。
 けど、環菜さんはごく普通に同年代と同じように接してくれるから、話しやすい。同じ所属ということもあるけれど、一番会話を交わす人。
 笹倉課長が言うように、まだ半年も経っていないけれど、自分より戦力となっている人だと思う。・・・いや、私がもっとしっかりしなさいってことなんだけどさ・・・。

「いえ、そんなことないですから」
 環菜さんは照れて控えめに謙遜したが、そんなことはないと知夏は思う。
「私もそう思います。環菜さんを見習って、もっと頑張らなきゃ、っていつも思ってます」
 笹倉課長に続いて、知夏も実際思っていることを正直に告げた。少しでも伝わるといいなと思いながら。こんな場でもないかぎり普段は言えない。正面からは恥ずかしくて中々伝えにくい。
 企画部に女性一人だけだった多少感じていた心細さも、今では全然感じなくなった。仕事のやりがいは感じていたけど、環菜さんが来てからはもっと頑張れてると思う。食べることがお互い好きという共通点もあって毎日が楽しい。

「そういう野間も頑張ってるよ。二人が頑張ってる姿を見て、うちの男たちもやる気を出してるところがあるから。これからも二人共、宜しく頼むよ」
 ふわっと優しく笑う笹倉課長を見てしまった知夏は衝撃を受けた。

 うわっ。

 まさか笹倉課長に自分まで褒めてもらえるとは思ってなかった事と、眼尻にしわが出来る優しい笑顔を至近距離で見てしまったことに対して急激に顔に熱が集まり始めたのを感じた。

「お、どうした?野間君。顔が赤いぞ?飲みすぎか?」
 照れくささと自分でも良く分からない胸の高鳴りを感じてしまい対応に困ってる知夏を見て、西村課長は勘違いしたらしい。
「いえ、そんなには」
 畳に正座しなから、手にはビール瓶を持ったままの知夏は、笹倉課長に見られている視線を感じた。
 会社では仕事の話だけでなく、時々は雑談だってしていた。いつも普通に話しているのに、どうしてか今に限って見られることが恥ずかしい。どうしてなのかなんてわからない。まともに目を合わせるのも出来なくなり、視線を自分の膝へと落とした。すると膝頭が触れ合うほど近い距離に笹倉課長のスラックスがあった。別に普段と違うスーツ姿でもない。仕事場で何度も見たことがあるダークグレイのスーツだ。
 ―――なのに何故。
 何故かは分からないが課長とのその距離を見て、知夏の顔に更に熱が上がり始めた。
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