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82.贖罪 side レオナード

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「レオナード、貴様!自分が何を言っているのか分かっているのか!?これは国王に対する不敬だぞ!」

 玉座から立ち上がり、唾を飛ばす勢いの大声で僕を怒鳴りつける父上。隣で母上も蔑むような目で僕を見下ろしている。

「不敬、ですか?」

「何を不思議そうな顔をしている?おい、貴様ら何を突っ立っている!?さっさとこの化け物をつまみ出せ!!」

 父上は待機している騎士達に命令するが、誰も動こうとしない。それもそうだろう。

「無駄ですよ、父上。今いる騎士は全て、僕直属の騎士達ですから。いつ気付かれるかと冷や冷やしていたのですが、流石ですね。全く気が付かないとは」

「貴様ぁ!!私を愚弄するつもりか!!」

「仕えている騎士の顔さえ知らず、変わった事に気付きすらしない。これを愚かと言わずして何と言います?」

「臣下の顔など一々覚えているものか!そういう貴様だって覚えていないだろうよ!!」

「貴方と一緒にしないでいただきたい!!私は、私は、人に嫌悪感を抱かせるような、この醜い容姿です。私に味方してくれる者など、いないに等しかった。だけど、だからこそ!信じてついてきてくれる者の有り難さを知っている!貴方達のように、それを当たり前に享受して使い潰すような、そんな人間ではない!!」

 ふぅー、と大きく息を付き、胸の内で荒ぶる感情を抑えつける。怒鳴るつもりはなかったから、自分でも驚いている。
 父上は、真っ赤な顔で口をパクパクとさせて、怒りのあまり言葉も出ないようだった。


「ねぇ、父上、母上。【僕】はね、貴方達に愛されたかった、愛して欲しかった」

「そんな事無理に決まっているでしょう!?貴方みたいな化け物、産まれて来たことが間違いだったのよ! 」

「貴様は恥ずべき存在だからな、そんな事できる筈がないだろう?」

 あぁ……一縷の望みをかけさらけ出した心も、粉々に砕かれた。そう、そうか。もう、いい。もう充分だ。そろそろ終わりにしよう。いくら話し合っても、きっと僕と両親は、分かり合えない。


「貴方達にはその座から下りていただきます」

「は?何を言ってるのだ、貴様は」

「まず、ゾーファ・フォン・ギースベルト。貴女は王族殺害未遂の容疑により、身分剥奪の上、白の修道院にて奉公していただきます」

「何?何を言っているの?貴方にそんな権限なんてないでしょう!?大体、王族を殺そうとした事なんてないわ!」

「母上、貴方は産まれたばかりの僕を死罪に見せかけて殺そうとしたでしょう?僕は産まれた時から王族なのですよ、これでもね」

 それでも尚ぎゃあきゃあと金切り声で反論している母上は無視をし。

「次に、アーダルベルト・フォン・ギースベルト。貴方は先代国王ホーバード陛下の殺害容疑により、東の鉱山での永久労働とさせていただきます」

「何をそんな出鱈目を!!証拠などないだろう?貴様こそ、こんな虚言を吐いた罪で牢獄に入れてやろうか!」

「目撃証拠ならありますよ。お祖母様、どうぞこちらへいらして下さい」

 お祖母様が騎士達の合間から姿を現した瞬間、母上は困惑を隠せない表情をし、父上は青ざめながら、それでもキツくお祖母様を睨み付けていた。

「父上、貴方は先代国王であるお祖父様を殺し、その現場を目撃してしまったお祖母様まで手にかけようとした。そうですね?お祖母様」

「えぇ。私は確かに貴方がホーバードを殺す現場を目撃したわ。貴方があの人を殺してまで欲しかったのは、これでしょう?」

 そう言って、お祖母様は1枚の紙を懐から取り出す。それはお祖父様が書き残した、次代の王を指名するための紙。
 そこには僕の名前が、次代の王の欄にしっかりと記されていた。幼き僕を支えるため、リュグナー宰相を摂政にする旨と共に。

「その紙をよこせぇえ!!」

 それを見た父上の反応は劇的だった。目を血走らせ、大声で叫ぶと凄まじい勢いで近付いてくる。

「そいつを捕らえろ!奴は最早国王ではない!王族殺しの犯罪者だ!!」

「離せ!離せぇ!!その紙が、その紙さえなせれば全てが上手くいったのだ!いや!そもそもレオナード、お前が産まれた事で全てが狂った!貴様だ、全ての元凶は貴様だ!お前など産まれて来なければ良かったのだ!!!」

 パァン!!!

 騎士達に捕らえられ、床に押さえ付けられながらもみっともなく喚き散らす父上の頬を、お祖母様が音が鳴るくらい勢いよく張り倒した。
 少しの間、静けさが訪れる。

「アーダルベルト、貴方をここまで歪めてしまったのは、きっと私ね。貴方が歪み始めた時、きっと私は、貴方を引っぱたいても、嫌われてでも、正しい道に導かなければならなかった」

 父上は、変わらず憎々しげにお祖母様を睨み付けるばかり。

「でも気が付いている?貴方の今の姿、貴方が憎んだ、愛情を与えないという私とホーバードの姿にそっくりよ」

「今さら、母親面で説教ですか」

「そうね、本当に今さら。でもね、アーダルベルト。貴方に対して間違ってしまってばかりだった私とホーバードだけど、貴方の親である事を放棄した事なんて、ただの1度もなかったわ。貴方は認めないかも知れないけれど、私達は確かに貴方を愛していた」

「口では、何とでも言えます」

 お祖母様は父上のその言葉には、ただ静かに微笑むだけだった。


「罪を、償ってください、父上、母上。貴方達には望まれない子どもだったけど、それでも今、産まれてくる事ができて良かったと、ようやく思えるようになりました」

「待って、今までの事は全て誤解だったのよ、レオナード。お願い、話を聞いて!」

 みっともなく僕に縋る母上と、さっきまでの勢いを無くし大人しくなった父上。

「ここでお別れです、父上、母上。もう2度と会うことはありませんが、どうかお元気で」


 連れ去られていく両親が扉の向こうに行くまで、僕は黙って見送った。僕と両親は、最後まで【家族】になる事はできなかった。そしてきっと、お祖母様と父上も。

 母上の向かう【白の修道院】は戒律の厳しい所だが、真面目に奉公すれば衣食住には困らない。贅沢三昧の日々を過ごし、何でもしてもらえて当然と思っている母上が、果たして真面目に奉公できるのかという疑問は残るが。

 父上がこれから永久労働する【東の鉱山】での仕事は、肉体労働中心となる。キツい仕事ではあるが、その分仲間同士の絆が深く、きちんと仕事をこなせば周りからの助けも期待できる。だが、仕事と言えば机に向かう書類仕事ばかりで、肉体労働などした事がない父上。その上、人に命令する事に慣れ切っていて、協調性の欠片もない父上が、仲間の輪に入れるのか、そちらも疑問が残る。

 両親が変われるとも思えないが、だからといってそこまでの責任は僕にも負えない。死罪にする事は簡単だった。だが、死んで簡単に事を終わらせて欲しくなかった、自らを省みる機会を得て欲しかった。
 2人にそんな機会は訪れないかも知れない。この世の全てを恨みながら、ただただ死んでいくだけかも知れない。
 それでもいつか、己の犯した罪を実感し、心から罪を償える日が来ればいいと、そう願わずにはいられない。
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