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 町の外れに馬車を止め、幾分か足で向かうことにした。皇居の土ではなく、乾き切った土の硬い音が歩くたびに聞こえる。町も主要である割にはさほど大きいわけではなく、町は街ではなく所詮町だった。

「そこの人」

 公爵が野菜などを売っている店を構える店主に声をかける。

「ここの長はどこにいる?」
「そこのデカい建物にいる。それより野菜はいらないか?」
「いや結構……」
「このりんごを一つください。少しお腹が空いているので」
「毎度あり」

 公爵の言葉を遮ってアデリーナは品質が良いとはお世辞でも言えないリンゴを指差し、リンゴ一個の値段よりも多めにお金を渡す。店主もそれに気がついたようで驚いた表情を見せる。

「親切でしたのでチップと思ってください。では」

 店主に手を振り、愛嬌を振り撒いて別れる。手に持ったリンゴはやはり見た目通りでありみずみずしさのかけらもなかった。

「別にあんなことしなくてもいいと思ったが、アデリーナはどうやら処世術が上手らしいな」
「嫌なことですが、これもこの町の信頼をとるには重要なことですから」

 彼女は先ほどの優しさに見返りを求めている。それはその優しさが偽善であることを表しているのだが、この町のためを思っての行動であることに違いはない。あのように愛嬌を振り撒くことだって時には大事だ。

「それにしてもあの店主、クロスさんが公爵だってことに気がついてない様子でした」
「いや、あれは気づいている。ただ、気がついていないふりをしてるだけに過ぎない。ここの人たちはあまり私と関わりたくはないだろうからな」
「皇居の前で抗議している人とは大違いですね」
「そうかもしれんな。と、ここが町長の家みたいだな」
「他の家とは違って大きいみたいですが作りが古いですね」

 町長の家は他の家と比べて一回り大きく分かりやすいが、他の家と比べると作りが古く、心配になるほどである。

「すまない、私だ。クロス・フィールだ」

 ドンドンと扉を叩いて大きな音を立てながら、町長を呼ぶ彼の姿は公爵なんていう高貴なものではなくただの借金取りにしか見えない。数回叩いた後、ようやくギィギィと音を立てながら扉が開いた。

「どうしたのだ?」
「こんな時にすまないが、話をしたくてここに来た」
「公爵か。てっきりもうどこかに逃げたのかと思った」
「そんなことは絶対にない」
「そうだったな。立ち話もなんだ。入ってくれ」

 仲親しげに会話する二人を見て彼女は少し驚いた。彼女はこの国で公爵を好いている人は皇居にいる人だけなのではないかと思っていたからだ。皇居の前であんな抗議をされるほどだし、そうに違いないと思っていたがそんなことはなかったみたいだ。

「ところでそのお嬢さんは?まさか、新しいお嫁さんか?」
「ただの仕事仲間というところだろうな」
「そうなのか。君が侍女や嫁以外で女に隣を歩かせるのは珍しいな」
「少し気が変わったんだ。アデリーナも挨拶してくれ」
「私はアデリーナ・ハートフィールドです。かつてはシライアという国で聖女として生活していましたが、今後はこの国で聖女として生活することになりました」
「聖女だと?」
「はい、そうです」

 アデリーナはすんなりと自分の正体を明かした。というのもこれは馬車の中で話していたことである。

『私が聖女であることは隠した方がいいのでしょうか?』
『私のそばに置く女性というのは侍女や妻だけだ。その身なりじゃ侍女には見られないだろうし、私の妻に見られたくないのなら聖女と名乗った方がいいだろうな』

 アデリーナはその時、妻でもいいと思ったが、後々の事を考えた時に面倒なことになるだろうから聖女と名乗ることにしていた。

「どうやって口説き落としたのだ?あの聖女様を」
「私は何もしてない。ただ、国から追放された彼女に手を差し伸べたまでだ」
「追放とな?何か悪いことでもしたのか?」
「いえ、そのようなことは。裏切られたというか」
「はっはっは、それは気の毒に。いやぁ、聖女を追放するとは。そんな馬鹿聞いたことがない。まぁ、歓迎しよう。聖女様」

 気の毒に、と言いながらも笑っているあたり彼はそんなことは思っておらず、ただ追放した人の滑稽さに自然と笑みが溢れているようだった。

「それで本題に入っていなかったな」
「あぁ、そうだな。つい話し込んでしまった。本題に入ろう。と言ってもアデリーナが聖女であることから察せると思うが、この国を復興させたいと思う」
「本当に聖女がやってくれるというのか?」
「はい、やります」
「そうか。とうとうか。分かった。協力しよう」
「そうしてくれると助かる」

 町長も町長でその気さくな態度から場を和ませてくれるし、話は順調に進んでいく。そして、一度この町を公爵と共に見て回ることにした。
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