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6 働かせていただきますとも
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「藤森さん!藤森さん!」
私があまりに大きい声で呼んだものですから、周りにいた人たちが皆こちらに注目してしまいました。私が焦っていると、やっと藤森さんは、白目がぐるりんと動いて黒目に変わり息を吹き返しました。まるでホラーの様です。
「あっ、しっ、失礼しました」
「大丈夫ですか?」
「ええっ、だっ、大丈夫じゃないっ。いえっ、だっ、大丈夫です」
「あのう先ほども言った通り、今から...」
「あっ、明日からしゅっ、っしゅっ出勤をお願いできますでしょうか?」
私が言った言葉に藤森さんが言葉をかぶせてきました。
「わかりました。じゃあ明日から出勤させていただきます」
藤森さんが安堵のため息を漏らす音が聞こえてきました。無意識だったのかため息を漏らして、すぐ口を押えました。ダメですよ、今頃口を押えてもちゃんと聞こえていましたよ。私の耳に。
そのつもりでまたにこっと微笑みましたら、藤森さんは口を押えたままぶるっと震えてしまわれました。
ひどいですね~。私の笑みは天使の笑みと呼ばれているのに。といってもそういってくれるのは久美ちゃんだけですが。
「今からすぐ会社の資料をとってまいりますので、少々お待ちくださいませっ」
そういうなり藤森さんは脱兎のごとく、走り去っていきました。
仕方ないので、そのまま待っていると、目の前に受付嬢の方が立っていました。
「お飲み物ご用意させていただきますが、何がよろしいでしょうか」
少しだけ怪訝な表情をした受付嬢の方が、無理やり笑顔を作り聞いてきました。
「ではアイスコーヒーをお願いできますでしょうか」
「はい、かしこまりました」
そういってにこっと微笑んでいかれました。さすがです。先ほどの藤森さんの怪しい態度を見ているのに、おくびにも出さずにお相手をしてくださるなんて、ぜひうちの会社にも来てほしいものです。とひとり感心していると、すぐにアイスコーヒーを持ってきてくれました。
今までは、元いいなずけさんの元へすぐに案内されましたので、こちらでこうやって飲み物を飲むのは初めてです。冷たくておいしいお味です。知らず知らずのどが渇いていたんですね。
ゆっくり飲んでいましたが、すっかり飲み干してしまったころ、藤森さんがこちらに向かって、足取りも重く来るのが目の端に映りました。足に鉛でもついているのでしょうか。それともよく国会で見かける牛歩戦術の練習でもなさっているんでしょうか。
私がじっと見ておりますと、藤森さんとばっちり目があいました。藤森さんは、とっさに回れ右をするのかと思うほど不自然に体が揺れましたが、どうやら踏ん張ってこちらに向かってきました。
「おっ、お待たせしました」
「いえっ、お手数をおかけしました」
藤森さんはまたまた汗を拭き拭き、こちらに資料を渡してきました。ですが、なぜか手がものすごく震えています。思わず体調が悪いのかと思って声をおかけしようかと思いましたが、目が合うと無理やり笑顔を作ってくれましたので、聞くのをやめました。
「こっ、こちらが地図になります。ほっ、本当に行かれるんですよね」
またまた念押しで聞かれましたよ。
行きますとも行きますよ、絶対にという意味を込めて笑顔で言っておきました。
「はい!ぜひ行かせていただきます」
藤森さんは私のその言葉を聞いて遠い目をしました。なんだか魂が頭から抜け出たようにぐったりしています。はい、じゃあもう帰りますね。私は椅子からひとり立ち上がりました。
「ありがとうございます。では明日から出社させていただきます。よろしくお願いいたします」
藤森さんがばね仕掛けの人形のようにピコ~ンと立ち上がって、また90度の角度でお辞儀をしてきました。頭を下げたまま挨拶してくれます。
「よろしくお願いいたします」
私が顔を上げても頭を下げ続けているので、私は失礼しますといって会社を出ていきました。途中振り返ると、周りがみな藤森さんに注目しているのに、藤森さんはまだ頭を下げたままずっといます。中には私を見る人もいて私と目が合うと、死んでしまうとばかりにさっと目をそらしていました。困りましたね。私はメデューサではありませんよ。
とにかく明日から楽しみです!お仕事頑張りましょうね、みなさん!
私があまりに大きい声で呼んだものですから、周りにいた人たちが皆こちらに注目してしまいました。私が焦っていると、やっと藤森さんは、白目がぐるりんと動いて黒目に変わり息を吹き返しました。まるでホラーの様です。
「あっ、しっ、失礼しました」
「大丈夫ですか?」
「ええっ、だっ、大丈夫じゃないっ。いえっ、だっ、大丈夫です」
「あのう先ほども言った通り、今から...」
「あっ、明日からしゅっ、っしゅっ出勤をお願いできますでしょうか?」
私が言った言葉に藤森さんが言葉をかぶせてきました。
「わかりました。じゃあ明日から出勤させていただきます」
藤森さんが安堵のため息を漏らす音が聞こえてきました。無意識だったのかため息を漏らして、すぐ口を押えました。ダメですよ、今頃口を押えてもちゃんと聞こえていましたよ。私の耳に。
そのつもりでまたにこっと微笑みましたら、藤森さんは口を押えたままぶるっと震えてしまわれました。
ひどいですね~。私の笑みは天使の笑みと呼ばれているのに。といってもそういってくれるのは久美ちゃんだけですが。
「今からすぐ会社の資料をとってまいりますので、少々お待ちくださいませっ」
そういうなり藤森さんは脱兎のごとく、走り去っていきました。
仕方ないので、そのまま待っていると、目の前に受付嬢の方が立っていました。
「お飲み物ご用意させていただきますが、何がよろしいでしょうか」
少しだけ怪訝な表情をした受付嬢の方が、無理やり笑顔を作り聞いてきました。
「ではアイスコーヒーをお願いできますでしょうか」
「はい、かしこまりました」
そういってにこっと微笑んでいかれました。さすがです。先ほどの藤森さんの怪しい態度を見ているのに、おくびにも出さずにお相手をしてくださるなんて、ぜひうちの会社にも来てほしいものです。とひとり感心していると、すぐにアイスコーヒーを持ってきてくれました。
今までは、元いいなずけさんの元へすぐに案内されましたので、こちらでこうやって飲み物を飲むのは初めてです。冷たくておいしいお味です。知らず知らずのどが渇いていたんですね。
ゆっくり飲んでいましたが、すっかり飲み干してしまったころ、藤森さんがこちらに向かって、足取りも重く来るのが目の端に映りました。足に鉛でもついているのでしょうか。それともよく国会で見かける牛歩戦術の練習でもなさっているんでしょうか。
私がじっと見ておりますと、藤森さんとばっちり目があいました。藤森さんは、とっさに回れ右をするのかと思うほど不自然に体が揺れましたが、どうやら踏ん張ってこちらに向かってきました。
「おっ、お待たせしました」
「いえっ、お手数をおかけしました」
藤森さんはまたまた汗を拭き拭き、こちらに資料を渡してきました。ですが、なぜか手がものすごく震えています。思わず体調が悪いのかと思って声をおかけしようかと思いましたが、目が合うと無理やり笑顔を作ってくれましたので、聞くのをやめました。
「こっ、こちらが地図になります。ほっ、本当に行かれるんですよね」
またまた念押しで聞かれましたよ。
行きますとも行きますよ、絶対にという意味を込めて笑顔で言っておきました。
「はい!ぜひ行かせていただきます」
藤森さんは私のその言葉を聞いて遠い目をしました。なんだか魂が頭から抜け出たようにぐったりしています。はい、じゃあもう帰りますね。私は椅子からひとり立ち上がりました。
「ありがとうございます。では明日から出社させていただきます。よろしくお願いいたします」
藤森さんがばね仕掛けの人形のようにピコ~ンと立ち上がって、また90度の角度でお辞儀をしてきました。頭を下げたまま挨拶してくれます。
「よろしくお願いいたします」
私が顔を上げても頭を下げ続けているので、私は失礼しますといって会社を出ていきました。途中振り返ると、周りがみな藤森さんに注目しているのに、藤森さんはまだ頭を下げたままずっといます。中には私を見る人もいて私と目が合うと、死んでしまうとばかりにさっと目をそらしていました。困りましたね。私はメデューサではありませんよ。
とにかく明日から楽しみです!お仕事頑張りましょうね、みなさん!
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