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 これからのこと。それは、私の今後についての重要なことだろう。

「まず、君はこの世界のことについて、どのくらい知っている?」

 突然の問いに、私は正直に答える。

「えっと……種族と生活形態くらいは知っています」

 スチュワートさんには色々と教わってきたが、主に文字の読み書きと簡単な計算、種族についての知識が主流だった。

 ここにきて、ろくに勉学に勤しんでこなかったことを悔やむ。

「すみません……ろくに勉強してなくて……」
「構わないさ。そうだな……勉強も出来る環境を用意させよう」
「そんなっ! 私なんかには勿体ないです!」

 慌てて制止をかけようとするが、アーヴェント様は微笑むばかりだ。

「いや、寧ろ君には勉学も学んで貰わないといけない」
「え?」

 どういうこと? そう思った時、アーヴェント様の隣に座っていた虎のような子がぴょんと私の膝に乗ってきた。

「きゃっ」

 乗り上げると、着ているメイド服の上から掘る仕草をして、そのままくるんと丸くなってしまった。 

「こらファーレン。話がまだ途中だ」

 ネロさんが戻ってくるようにと自身の隣の席をぽんぽんと叩くが、ファーレンと呼ばれた子は私の膝の上で寝る姿勢を取り出してしまった。その姿に、ネロさんは呆れ顔だ。

「全く……強情な奴だ」

 やれやれと溜め息を吐く彼には申し訳ないが、とても可愛い。白い毛色に灰色の縞模様。毛艶もよく、ふわふわとした毛並みはつい触りたくなってしまう。

「あの、触ってもいいですか? アーヴェント様」

 許可をとろうと口を開くと、何故か彼は不機嫌そうに顔をしかめた。やはり、図々しいお願いだったのだろうか。

「ネロでいい」
「ですが……」
「様もなくていい。君には、素で呼んでほしい」

 口角を上げそう告げてくる彼は出会った頃と同じ眼差しを向けてくる。仮にも一国の王子をそんな軽々しく呼んでもいいのだろうかという不安はあるが、本人からの要望とあらばその方がいいのだろう。

「……では、ネロさん。私のことはリリアと呼んでください」
「ああ」
「早速ですけど、この子に触ってもいいですか?」

 そう訊ねると、ネロさんは頷いた。許可を貰い、そっと、ファーレンと呼ばれた子の頭を撫でる。短い毛足ながら、とてもふわふわしていた。撫でていると、喉を鳴らして喜んでくれる。

「さて。話の続きをしようか」
「す、すみませんっ」

 撫でることに夢中になっていた私は、手を止めネロさんの方に視線を向ける。彼は膝に手を置き、話の続きをしだした。

「この世界には、四つの大国があるのは知っているかい?」
「それは知ってます。ここジェルダも、その一つなんですよね」
「ああ」

 この世界は、四つの大国と小さな小国で成り立っている。スチュワートさんに教わったことだ。それぞれ東西南北に大国はあり、東のエオスト、西のジェルダ、南のスルート、北のノルドーテとある。

「四つの大国には、それぞれ四神(キャトルデュー)と呼ばれる聖獣が存在する。ファーレンは、その聖獣の子どもだ」

 その言葉に、一驚し目を見開く。呑気に私の膝の上で欠伸をしているこの子が、聖獣だったとは。そこでふと、疑問が浮かぶ。

「あの時、怪我をしていたのは何か理由が?」
「いや……こいつ、脱走癖があってね。鼠避けの罠に嵌まっただけのようだ」
「そうでしたか」

 聖獣なんて見慣れない存在だから、誰かに苛められたのかと不安になったが、杞憂に終わって良かった。

「それで、君にはハスブルト家の屋敷でも話したように、こいつの世話係を頼みたい」
「わかりました。精一杯、お世話させていただきます」

 膝の上でゴロゴロと喉を鳴らすファーレンを、私はもう一度撫でた。

「よろしくね、ファーレン」

 声をかけると、ファーレンは「ギャウ!」と可愛らしく鳴いてくれた。

「あ、つい呼び捨てで呼んでしまいましたが、様付けした方がいいでしょうか?」
「いや、君ならば呼び捨てで構わないさ」
「? そう、ですか……?」

 何か含みのある言い方に引っ掛かりを感じ首を傾げる。だが、そうこうしている内に、馬車は大通りを抜け城下の繁華街を通り、城の見える位置にまで来ていた。




 馬車が城門を潜り、城内へと入る。大きな敷地の中では見回りの騎士や慌ただしく走り回る人、獣人の姿が目に入った。少し離れた場所では騎士たちが一斉に剣を振り稽古をしている様子が見られる。

 敷地に咲き誇る大輪の花や植え込みを剪定する庭師の数も、ハスブルト家の何倍もいて、凄いとしか言いようがない。

「そろそろ着く。ファーレン、もうリリアから降りろ」
「ギャウ」

 プイとそっぽを向き、私の膝の上に座り直すファーレン。ネロさんは眉間に皺を寄せながら、ファーレンの首根っこを掴み自身の隣に座らせた。

「ギャウウ!」
「文句を言うな」

 そんな一人と一匹のやり取りに、小さく笑みが溢れる。次第に近づく王城に、私は不安と期待と入り交じった感情を抱きつつ、窓の外に見える城を見つめた。



 馬車が停まり、御者がドアを開ける。先にネロさんが降り、手を差し伸べてくれた。その手に掴まり、私も馬車から降りる。降りると、周りにはたくさんの使用人と騎士が集まっていた。私の姿を見ると、ざわめきが広がる。

 やはり、亜人の私が来るべき場所ではなかったのかもしれない。

 周りの囁きが聞こえてしまうのも問題なのかもしれない。

「何故、亜人が?」
「王子が連れてきたのか?」
「まさか。どう見ても亜人だぞあの子」

 そんな周りからの囁きに、顔を上げていられず俯く。どうしよう、今更だが、スチュワートさんやナイアさん、料理長にフラウが恋しい。

 ここには、私の味方はいない。


「リリア」
「ネロさん……」

 不安に呑まれかけていると、ネロさんが肩を抱いてくれた。大丈夫だと、安心させるように何度も肩を優しく叩いてくれる。私の後に降りてきたファーレンも、脚にすり寄ってきて安心させてくれる。

「……ありがとうございます。ネロさん、ファーレン」

 礼を述べると、ネロさんは優しく微笑んでくれた。ファーレンも、「ギャウ!」と鳴いて脚にすり寄ってくれる。


「さあ、行こう」
「何処に、ですか?」
「顔を合わさいけない人がいるんだ」

 そう言い、ネロさんに肩を抱かれながら、私は城内に入っていった。


 城内でも、私へ向けられる視線は多かった。好奇心から向けられる視線が殆どだったが、中には警戒心を向ける人もいた。

 そんな中、何事も起こらない理由は私を挟むようにして共に歩いてくれているネロさんとファーレンのお陰だろう。彼らが、全ての視線を払い除けてくれている。

 一体、何処に向かっているのだろう……。長い通路を歩き、階段を上り、奥へ奥へと進んでいく。


 そうして、漸く一つの扉の前でネロさんは足を止めた。

「リリア、いつも通りでいい。落ち着いて」
「は、はい……」

 恐らく、この扉の向こうに会わせたいという人がいるのだろう。深呼吸をし、心を落ち着かせる。

 そうしている内に、扉の両サイドにいた騎士たちが扉を開けた。



 部屋の中は、広々とした空間だった。目の前には絵本で見たことのある玉座が置かれており、そこには二人の人と、間にファーレンが大きくなったような獣が座っていた。

 ネロさんに肩を抱かれながら、真っ直ぐ玉座まで歩く。近づく度、鼓動が早くなる。メイド服の下に隠れている尻尾は膨らみ、脚の間に挟まる始末だ。

「アーヴェント……」

 玉座に座る国王様が、ネロさんに向けて声をかける。国王様ということは、ネロさんのお父さんだ。

「父上、約束を守って貰います」
「しかし……」
「俺は彼女を選びました。ファーレンも、受け入れている」

 ネロさんの言葉に、国王様は顔をしかめた。すると、隣に座る綺麗な女性が口を開いた。

「アーヴェント、その子に全てを話したの?」
「母上、それは……」

 どうやら、彼女はお妃様のようだ。彼女の言葉に、ネロさんがたじろぐ。

 全てとは、どういうことだろうか?
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