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●番外編
番外編:ココの為に密かに将軍が頑張ったり、ココが夫に惚れ直す話④
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目の前に居るのは、真っ白な馬だった。
毛並みの艶々とした大きな体躯のしなやかな白馬。
ついこの間まで、毎日世話をしていた僕の大事な、お馬さん。
「ユージーン!」
僕は、驚くよりも先にその身体に思い切り抱き着いていた。
「なんで此処に居るの!? クロス王国で暮らしてたはずじゃ……っ」
慌てる僕を見て、ユージーンを連れてきた初老の男性が、蓄えた髭を摩りながら快活に笑う。
「はっはっは、すごい喜びようだのう」
テオドシウス様の外出中は、基本的にアシュリー以外が入ることを許されない屋敷に、この男性が気にした様子もなく入ってきた時はとても驚いたが、使用人たちが全く動じなかった事、そして使用人と共に向かった先で再会したユージーンの姿に、そんな疑問は吹き飛んでいた。
「なんで……?」
嬉しくて涙目になりながらも、僕は思わず疑問を口に出していた。
二度と会えないとさえ思っていたユージーンに会えたことは嬉しいけれど、何故帝国に居るのか、それが分からなかった。
ユージーンの尾が嬉しそうに揺れるのを見ると、年老いた男性はその顔を綻ばせる。
「……ふむ。動物に好かれる性質なのは本当なのだな。君が来るまで、その子はとても不機嫌だったのに、今ではまるで愛玩動物の様だ」
「貴方、は……?」
嫌な感じはしないし、身なりからしてかなり身分の高いだろう相手に、僕は失礼にならない程度に様子を窺った。
男性は上機嫌と言った様子で、年老いてはいるが端正な顔で柔らかく笑うと、こう言った。
「私の名前はアイスバーグ・チェスター。この国の宰相だ」
と。
さすがにその名前には、僕も驚いてしまったのは言うまでもない。
「アイスバーグ殿!! 貴方という方はっ」
息を切らせて屋敷に帰ってきたのは、僕の旦那様であるテオドシウス様だった。
怒りで目を血走らせた姿に、僕は「ひっ」と小さく悲鳴を上げてしまう。
テオドシウス様は、僕にそういう顔を見せるのを嫌っているので、かなり珍しい光景だった。
僕を怖がらせたくないって言うんだよね、うん、愛されてるでしょ?
「……お前は仕事があるというから、早く会わせてやろうとしただけだがね?」
「よくもまぁ、ぬけぬけと……っ」
テオドシウス様の敬語が、皇帝陛下以外に向けられているのを初めて聞いたけれど、お世辞にも仲は良さそうには見えない。
というか、この方が宰相様という事であれば、仲が悪いのも頷ける話ではある。
何せ、僕との結婚を反対していた重鎮の筆頭がこのアイスバーグさんだからだ。
アイスバーグさんとしては、テオドシウス様には女性と結婚して子を成してほしかったんだろうし、反対されていたと言っても嫌がらせとかはされていない相手だったので、僕は別に怒ってはいないんだけれど、テオドシウス様は警戒しているみたい。
「ココ、何か不快な思いをしていないか? この爺はとんだ性悪だからな。気を許すな」
(すごい言い様だな……テオドシウス様)
確かに、アイスバーグさんは中々癖のある人物の様には思えるけどね。
「特に何もされていないよ? というか、それよりもユージーンの話を僕は知りたいんだけど……? なんで帝国に居るの?」
昨日、二度と会えないと思ってテオドシウス様の胸で泣いたばかりなのに、まさかの再会に僕は驚いているわけで。
「……ん、そ、それはな、ココに」
「ああ、あの馬はテオドシウスから、君への贈り物だよ」
「!?」
テオドシウス様が照れながら言おうとした言葉を、アイスバーグさんが遮ってしまった上、内容も言われてしまった事に、テオドシウス様が険しい顔でアイスバーグさんを睨みつける。
「なんで、貴方が言うのですか……っ」
「照れて内気になるテオドシウスを見るのは気持ちが悪いからだな。なんだね、その態度は。怖気が走るわ」
怖いものを見たとばかりに、アイスバーグさんも顔を顰めた。
揶揄っているのではなく、本当に不快なのか、よく見ればアイスバーグさんの肌がぶつぶつと鳥肌になっているのが見えて、僕は乾いた笑いを浮かべた。
実は、最近テオドシウス様が頻繁に外出をしていたのは、ユージーンを譲り受ける話を進める為だったらしい。
ユージーンはジュリアス様の物だったため、帝国に勝手に連れて行くわけにもいかないし、今回帝国側はクロス王国を攻め落としはしたものの、侵略行為をするつもりも無かった。
だから、ユージーンは本来なら王国にそのままという話だったらしいんだけど、テオドシウス様が、僕がユージーンを気にしていたのをずっと気に病んでいたらしいんだ。
「正直、異国の、しかも男と婚姻関係になってしまったテオドシウスには色々と思う所はあるんだがね。あまりにも君の事で必死になるので条件を出して、その条件を満たせば、ユージーンを何とかしてやろう、という約束だった訳だ。そして、それをこいつは満たした。それだけの事だ」
「……宰相様の所に居たって事? まさかだと思うけど、それって身体……」
「「それは違う!」」
僕の言葉に二人の声が綺麗に重なった。勿論、僕も本気では言っていない。
「……とある魔術の解析を頼まれて、それを解明しただけだ。思っていた以上に時間がかかってしまい、ココには寂しい思いをさせてしまったようだが」
なるほど。アシュリーのあのにやついた笑みはこの事だった訳だ。
(納得した……! でも良かった、悪い話に巻き込まれている訳じゃなかったんだ)
「本当は俺がココに直接、ユージーンを見せる筈だったんだが……」
じろりと、アイスバーグさんを睨みつけるテオドシウス様に、僕は慌ててしがみ付いた。さすがに喧嘩はしないだろけれど、かなり剣呑な視線だったからだ。
ふと、視線がアイスバーグさんと合う。
どこか冷たさを感じさせるけれど、何か憎めないようなそんな目をしている人だと思った。
少なくとも、今のアイスバーグさんには僕への悪意とかそういうのは感じられないし、僕は嫌な人だとは思えなかった。
(ユージーンを連れてきてくれたしね)
「……一度、君の顔を見たかった、それだけだ。テオドシウスは君を私に直接は会わせようとしなかったからのう。至近距離に近づけたのは結婚式の時くらいだったよ」
文句を言っているように見えて、アイスバーグさんはどこか楽しそうだった。
そして、僕たち二人をもう一度見た後、何かを吹っ切るかのように屋敷を去っていった。
毛並みの艶々とした大きな体躯のしなやかな白馬。
ついこの間まで、毎日世話をしていた僕の大事な、お馬さん。
「ユージーン!」
僕は、驚くよりも先にその身体に思い切り抱き着いていた。
「なんで此処に居るの!? クロス王国で暮らしてたはずじゃ……っ」
慌てる僕を見て、ユージーンを連れてきた初老の男性が、蓄えた髭を摩りながら快活に笑う。
「はっはっは、すごい喜びようだのう」
テオドシウス様の外出中は、基本的にアシュリー以外が入ることを許されない屋敷に、この男性が気にした様子もなく入ってきた時はとても驚いたが、使用人たちが全く動じなかった事、そして使用人と共に向かった先で再会したユージーンの姿に、そんな疑問は吹き飛んでいた。
「なんで……?」
嬉しくて涙目になりながらも、僕は思わず疑問を口に出していた。
二度と会えないとさえ思っていたユージーンに会えたことは嬉しいけれど、何故帝国に居るのか、それが分からなかった。
ユージーンの尾が嬉しそうに揺れるのを見ると、年老いた男性はその顔を綻ばせる。
「……ふむ。動物に好かれる性質なのは本当なのだな。君が来るまで、その子はとても不機嫌だったのに、今ではまるで愛玩動物の様だ」
「貴方、は……?」
嫌な感じはしないし、身なりからしてかなり身分の高いだろう相手に、僕は失礼にならない程度に様子を窺った。
男性は上機嫌と言った様子で、年老いてはいるが端正な顔で柔らかく笑うと、こう言った。
「私の名前はアイスバーグ・チェスター。この国の宰相だ」
と。
さすがにその名前には、僕も驚いてしまったのは言うまでもない。
「アイスバーグ殿!! 貴方という方はっ」
息を切らせて屋敷に帰ってきたのは、僕の旦那様であるテオドシウス様だった。
怒りで目を血走らせた姿に、僕は「ひっ」と小さく悲鳴を上げてしまう。
テオドシウス様は、僕にそういう顔を見せるのを嫌っているので、かなり珍しい光景だった。
僕を怖がらせたくないって言うんだよね、うん、愛されてるでしょ?
「……お前は仕事があるというから、早く会わせてやろうとしただけだがね?」
「よくもまぁ、ぬけぬけと……っ」
テオドシウス様の敬語が、皇帝陛下以外に向けられているのを初めて聞いたけれど、お世辞にも仲は良さそうには見えない。
というか、この方が宰相様という事であれば、仲が悪いのも頷ける話ではある。
何せ、僕との結婚を反対していた重鎮の筆頭がこのアイスバーグさんだからだ。
アイスバーグさんとしては、テオドシウス様には女性と結婚して子を成してほしかったんだろうし、反対されていたと言っても嫌がらせとかはされていない相手だったので、僕は別に怒ってはいないんだけれど、テオドシウス様は警戒しているみたい。
「ココ、何か不快な思いをしていないか? この爺はとんだ性悪だからな。気を許すな」
(すごい言い様だな……テオドシウス様)
確かに、アイスバーグさんは中々癖のある人物の様には思えるけどね。
「特に何もされていないよ? というか、それよりもユージーンの話を僕は知りたいんだけど……? なんで帝国に居るの?」
昨日、二度と会えないと思ってテオドシウス様の胸で泣いたばかりなのに、まさかの再会に僕は驚いているわけで。
「……ん、そ、それはな、ココに」
「ああ、あの馬はテオドシウスから、君への贈り物だよ」
「!?」
テオドシウス様が照れながら言おうとした言葉を、アイスバーグさんが遮ってしまった上、内容も言われてしまった事に、テオドシウス様が険しい顔でアイスバーグさんを睨みつける。
「なんで、貴方が言うのですか……っ」
「照れて内気になるテオドシウスを見るのは気持ちが悪いからだな。なんだね、その態度は。怖気が走るわ」
怖いものを見たとばかりに、アイスバーグさんも顔を顰めた。
揶揄っているのではなく、本当に不快なのか、よく見ればアイスバーグさんの肌がぶつぶつと鳥肌になっているのが見えて、僕は乾いた笑いを浮かべた。
実は、最近テオドシウス様が頻繁に外出をしていたのは、ユージーンを譲り受ける話を進める為だったらしい。
ユージーンはジュリアス様の物だったため、帝国に勝手に連れて行くわけにもいかないし、今回帝国側はクロス王国を攻め落としはしたものの、侵略行為をするつもりも無かった。
だから、ユージーンは本来なら王国にそのままという話だったらしいんだけど、テオドシウス様が、僕がユージーンを気にしていたのをずっと気に病んでいたらしいんだ。
「正直、異国の、しかも男と婚姻関係になってしまったテオドシウスには色々と思う所はあるんだがね。あまりにも君の事で必死になるので条件を出して、その条件を満たせば、ユージーンを何とかしてやろう、という約束だった訳だ。そして、それをこいつは満たした。それだけの事だ」
「……宰相様の所に居たって事? まさかだと思うけど、それって身体……」
「「それは違う!」」
僕の言葉に二人の声が綺麗に重なった。勿論、僕も本気では言っていない。
「……とある魔術の解析を頼まれて、それを解明しただけだ。思っていた以上に時間がかかってしまい、ココには寂しい思いをさせてしまったようだが」
なるほど。アシュリーのあのにやついた笑みはこの事だった訳だ。
(納得した……! でも良かった、悪い話に巻き込まれている訳じゃなかったんだ)
「本当は俺がココに直接、ユージーンを見せる筈だったんだが……」
じろりと、アイスバーグさんを睨みつけるテオドシウス様に、僕は慌ててしがみ付いた。さすがに喧嘩はしないだろけれど、かなり剣呑な視線だったからだ。
ふと、視線がアイスバーグさんと合う。
どこか冷たさを感じさせるけれど、何か憎めないようなそんな目をしている人だと思った。
少なくとも、今のアイスバーグさんには僕への悪意とかそういうのは感じられないし、僕は嫌な人だとは思えなかった。
(ユージーンを連れてきてくれたしね)
「……一度、君の顔を見たかった、それだけだ。テオドシウスは君を私に直接は会わせようとしなかったからのう。至近距離に近づけたのは結婚式の時くらいだったよ」
文句を言っているように見えて、アイスバーグさんはどこか楽しそうだった。
そして、僕たち二人をもう一度見た後、何かを吹っ切るかのように屋敷を去っていった。
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