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Act.10 いざ、敵の本拠地へ

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 国境の街の検問手前で、俺たちは荷馬車から降りた。
 中まで乗せてってやると言われたが、ここから先は無関係でいた方がお互いにいいだろう、というこちら側の判断だ。
 ブンブンと何度も手を振るおじさんを見送る。

「……よし、ここからはあのおじさんとかち合わないように、でも急いでる風を装いながら行こうか」
「はい」
「……こら。タメ口」
「……おう」
「よし」

 むふー、と満足そうに鼻を鳴らすクリストファー様……、いや、〝リーヴ〟。
 ……いかんな。二人きりだと、すぐに敬語になってしまう。ここからは本当に気をつけないと……。
 俺たちは早足に見えるように、街に入るための関門に向かう。
 関門にはそれなりに人や馬車が並んでいた。
 順番が来て、関門の門番に俺たちは旅券を見せる。

「ほう。御館様からのお墨付きか」
「はい。何故か気に入っていただきまして」

 ……まあ、嘘は言っちゃいない。気に入っていただいているのは本当のことだし。
 旅券は御館様が自らご発行したものだ。それをいただいた経緯もきちんと考えている。

「……俺たちは、互いへの愛に殉ずると決めていまして。それを伝え聞いたハイマー辺境伯様が、俺と彼に話を聞きたいと昼食の席にお招きしてくださいまして。その席で、お前達はマナ・ユリエ教の教会の下働きとして暮らした方がいいだろう、とご助言いただいたんです」
「それなら、我がオーレンダル国内の教会でも良いではないか」
「それは……」

 ぶるり、と俺に縋っているクリストファー様……〝リーヴ〟が震えだした。呼吸も浅い。
 その急激な変化に、門番も焦ったようだった。後ろに並んでいる人たちもざわめきだした。

「ど、どうした!?」
「……ぼ、僕たちは、生まれた国から少しでも、離れた場所で、暮らしたいんです……! 両親たちは、お前たちが間違えている、男同士で愛し合うなど、不毛以外の何物でもない、って……!!」
「……すみません。このことが露見してから、両親に暴力を振るわれて……」

 自分自身を抱きかかえながらへたり込んでしまったクリストファー様リーヴを、抱きしめながら言う俺。
 マナ・ユリエ教の影響か、本当に愛し合っているなら相手が同性だろうか異性だろうか、ぶっちゃけどちらでもいいだろう、という価値観を持つ人がそれなりにいる。
 だが、同性同士など気色悪い、と断じる人もやはりいる。
 〝シグルド〟と〝リーヴ〟の両親は後者だった。自分の息子達に対する愛情なんてない。ただただ、自分たちが決めた型の中に子供を嵌めて自己満足を得るような人間。だから逃げてきたのだ。
 ……と、いう設定だ。設定。

 ひそひそと、俺たちに対する同情の囁きが聞こえ始めてきた。

(……まずいな、目立ち始めてきた)

 なるべく視線を動かさないように周囲を伺う。肩の上でパッセルが大丈夫かと言いたげに見上げてきた。
 安心させるように指先で撫でる。すると、受付官が今日の相方と頷き合い、俺たちに向かってしゃがんできた。

「辛い目を思い出させて済まなかったな。ほら、早く行くといい」
「……ありがとうございます」

 俺はクリストファー様を支えて立ち上がる。旅券が帰ってきた。
 その瞬間、受付官がぱちんとウィンクしてきた。

(……もしかしてこの人、全部分かった上で、こっちの芝居に乗ってたな!?)

 ……オーレンダル国境内の兵士達は、大体がハイマー辺境領騎士団所属の騎士や兵士だ。
 一旦本隊でプライドベキベキになるまで鍛え上げられた上で、地方の町々に異動するけども……まさかな……。

(……俺たちが覚えてないだけで、俺たちが生まれた後に異動した人なんだろうな……)

 もしくは、あらかじめ口が硬いと定評のある兵士や騎士達に、通達が行っていたかのどちらかだ。
 ……どちらにしても、ちょっと気まずい。


***************


 街の中に入り、国境の関所も無事超えることが出来た。
 国境は石材作りの城壁で区切られている。街のど真ん中に関所機能が設けられた城塞があり、オーレンダル側とフィオベルハム側双方の領事館が入っている。
 城塞の一階がまるごと関所になっていて、国越えをしたい人たちがそこに集まるため、結構な人数がひしめき合っていた。
 関所はオーレンダル側からの出国者用と、フィオベルハム側からの出国者用に別れていて、それぞれの受付は三箇所。
 関所番は、オーレンダル側とフィオベルハム側の兵士から受付ごとに二人ずつ付くことになっている。

 並んでから一刻半ほど、オーレンダル側二番受付で順番が回ってきた。
 そこで俺は、「同性の相手を愛したことで双方、相手の両親から殺されかねない程に憎まれている上に、双方ともに両親の知り合いの女性との望まぬ結婚を強いられそうになったので、国をいくつかまたいで逃げてきた。オーレンダル王国に入ったところで、マナ・ユリエ教に保護してもらえばいいのでは、という助言を受け、その総本山があるフィオベルハム帝国に入りたい」と切々と訴えてみる。

 すると、オーレンダル側の兵士は目を覆いながら天を仰ぎ、フィオベルハム側の兵士は二人揃って鼻水垂らしつつ泣きながら「ようこそフィオベルハムへ!!! 歓迎しよう!!!」と、俺たちに言ってきた。
 こっちの耳がキーンとなるほどだった。声量を抑えられないぐらいに衝撃的な出入国理由だったのか。
 それか、この辺の人はみんな涙腺が脆いかだな……。いや、いいんだけど。

 そんなこんなで、俺とクリストファー様は無事にフィオベルハム入りを果たしたのだった。
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