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友達の定義とは 6

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 なんとなく複雑かつ困惑する光景だった。
 いつもの通りカレッジに行って時間ぎりぎりまで図書館で本を読み漁り、晩ご飯の材料と明日の朝食の分を買ってアパートへと帰って来た。
 俺が住むアパートは学生が住むには少々高額になりがちなので社会人、もしくは家族で住む人で構成されていると言っても良い。そのせいか家に帰る頃にはまだ人通りはなく、アレックス達が晩飯をたかりにたむろってるのが印象的だ。ただし住人に不安を与えないように本を読んで談義をすると言うカモフラージュは完ぺきで、同じアパートに住む方から勉強熱心なご友人ですねと褒められてるのか嫌味なのか判りにくい言葉を頂く事になった。確かにこれがチャライ奴らばかりなら問題視されるのだが、この地域の名前を頂くカレッジの学生なのだ。おおむね良好な関係でいたいと言うのが見え隠れしている。
 いつもならそんな光景を見ればすぐさまジェレミーが買い物袋を代わりに持つと言う展開が待っているのだが、いや、持ってくれるのだが
「やあアヤトお帰り。遅いと思ったら買い物してたのかい?」
「……ケリー。待っていたのなら連絡くれても良かったのに」
「なに、この間『家』にお邪魔した時に気になった本について話をしたかったから。時間を取らせるつもりもなかったしね」
 なぜかジロッとクリフォード達に睨まれてしまった。さしずめまだ俺達案内してもらってないぞと言う所だろうか。
「カレッジで聞いてくれればいいのに」
「また週末に君の蔵書を見せてもらいたいから」
「使用料を払うのならな」
「ああ、晩ご飯は楽しみにしてくれ」
「それは怖い」
 なんてったって「アヤトは料理できるのか?!」と驚いていたケリーなのだ。変に感化されて料理をしようとして実験されるのだけは勘弁してほしい。イギリスにまで来て水野メシの恐怖を思い出しながら、それでもだいぶましになって来たよなと一人暮らしの経験は社会人になっても続く一人暮らしの確かな訓練の場になっていた。ただし今も時々植田の所に泣きついている報告を受けているが、社会人になった時もお隣同士になれるか判らないのだから今から心配してしまうのは仕方がない。
 そんな会話をしていれば
「アヤト、そいつ誰?」
 何故か妙になれなれしく肩に腕を回してアレックスが聞いてきた。
 俺はその手を摘み落して
「同じ授業のケリー・エマーソン。
 ケリー、こいつらは噂のランチ授業のメンバー。アレックスにクリスにウィルとジェム。毎晩飯たかりに来てるだけだから気にしなくていいぞ」
「毎晩……」
 さすがに驚いたようだ。普通は驚くなと改めて俺が既に馴染んでいる事自体が問題なのかと反省はしておく。
「さすがに週末までは面倒見るつもりはないからな」
 俺にも一人の時間は必要だと遠回しに言いながらジェムから買い物袋を取り返し
「あとお前ら、人んちのアパートで待ち合わせは感心しない。早く帰って出された課題を済ませて置け」
 課題が山積みになるぞとやって来たエレベータに乗りこめば何故かケリーを含めて全員乗りこんで来やがった。狭い、というかだ。
 アパートのドアを開ければ当り前の様に全員入って来た。一体何なんだと夕食の準備をして居ればケリーが手伝うと言う様にキッチンに来ればウィルも負けじと手伝いに来る。
「というかだ。
 お前らじゃまだから帰れ。って言うかうちは溜り場じゃねえ。
 高い金支払って留学に来てるのにたかりに来るな。寮の飯で我慢しろ!ここはガキの遊び場じゃねえんだぞっ!」
 ドアを開けてさあ出て行けと言う様に言えば気の小さなジェムから捨てられる子犬の如くの視線で出て行って一人また一人と全員去って行った。そこにはもちろんケリーも含まれて、誰も居なくなった所でしっかりと鍵をかけた。
 そんな視線に負ける俺じゃない。
「ったく、油断ねえな」
 そう言ってやがて窓から聞こえる賑やかな言い合いの声が遠ざかるのを聞きながら料理を作り、それを食べながら本を読むと言う、山の暮しと何ら変わらない生活にゆったりと夜を過ごすのだった。


 と言うわけわからん縄張り争いを見たような次の日。

「あー、おっさんなんかいいもん食ってる!」
 久しぶりと言うわけではないが聞こえた日本語を俺はガン無視をする。
「ちょ、無視するな!」
「ほんとだ。サンドイッチ美味しそう。サーモンにクリームチーズとか、アドガボとシュリンプとクリームチーズのサンドイッチとかどこで売ってるの?」
 何故か俺の隣に座る黒髪黒目が標準装備の同郷の母国語を語るのは叶野稜と柊奏多の同じカレッジのコンビだった。
 授業がかぶったりしないし専攻も違い、晩餐会にしか顔を合わせないのにやたらと絡んで来る二人を無視してサーモンとクリームチーズのサンドイッチを食べ終えて
「年上ならおっさんと言うような知り合いは俺にはいない。
 後サンドイッチぐらい自分で作れ。逆にひくわ」
 昼食を片付けて席を立てば
「ちょっと待ってください叶野が失礼した事は謝りますので、カフェで少しお時間良いですか?」
 叶野よりも柊の方がまだ話が分る。というか、叶野のお供で柊がいると言う関係のようだがはっきり言って俺には関係ないと言う様にあくびを零す。
 俺のそんなどうでもいい態度にさすがの叶野もカチンときたようで
「俺が支払う。それなら文句ないだろう」
「当然だ。自分のケツを人様に拭かせるようなお子様と知り合いになるつもりはないからな」
 やれやれと言うように移動しようとした所で
「所で、あちらの方達は良かったのですか?」
 叶野と柊二人がちらりと向ける視線の先にはアレックス達四人組+ケリー。
 昨日の事を反省してか朝からストーキングのようによく見かけるがそこはあっさりスルーして
「犬でも悪い事をしたら三歩以内で叱らなければ反省しないって奴だ」
「初めて聞く言葉ですね」
「最初が肝心と言う事だ。あまり気にしなくていいぞ。叶野がしっかり分別付けばだが」
「重ね重ねご忠告ありがとうございます」
「奏多それじゃあ俺が犬以下みたいじゃないか!」
「柊良かったな。少しは自覚があるようだ」
 あははと笑えば困ったかのような柊は完全に中間管理職の気分を味わっていると言う様にから笑いを零していたが、俺は叶野の奢りなので遠慮なくアフタヌーンティーセットを奢ってもらう事にする。
 叶野も柊も自分達では頼まないようで珍しそうに頼み、三段重ねのトレーが銀食器と言う美しさに感嘆の悲鳴は零れないセレブな二人。俺はロードの所でもっと美しい造形のトレーと出会っているのでこんなものかという評価しかなかった。
 マナー的には三段の一番下のサンドイッチから食べるのだが
「スコーンがあったかいな。なら先に頂くか」
 そう断って二人がキュウリの挟んだサンドイッチを手に取るのを無視してスコーンを頂く。じゅわりととろけていくバターを視覚的に楽しみ、そしてたっぷりとジャムをのせてナイフとフォークで頂く。
「やっぱりスコーンは温かいのが一番だな」
 バターの甘い香りを楽しみながらはふはふと熱を逃し至福の時間に浸る俺に二人は何故かサンドイッチを飲み込むように食べ
「お前がそこまでマナーに拘らないのなら俺だって先にスコーンを食べたぞ!」
 何かわけわからないケンカを売られたけど
「はっ、そこが経験値の差だと言う物だ。たかが数年、されど数年の経験値を下に見る奴に言われたくない!」
 と言ってもそのわずかな差も山奥故に有って無いような物だが、ロードを筆頭に学ぶべき人生を持つ人たちとの交流がある分アドバンテージは俺にあると言う物。ただし、ロードを筆頭に人生を楽しむ年齢に入っている人たちばかりなのでダメな人間も多いが、そこは割愛としておこう。
 あつあつのスコーンを楽しみ、ジャムで甘ったるくなった口の中をトラウマを植え付けられたキュウリのサンドイッチで口の中も心の中もリセットしながら最上段のデザートを頂く。
 うん。
 飯田さん渾身のアフタヌーンティーセットには全然及ばないなと所詮カレッジの学生に食べさせるレベルと大枚を取り上げる店との差を実感しながら、週一の飯田さんの料理を食べていただけに思い出してはホームシックになりかける俺は今週の週末はフランスの家に帰ってオリオールのご飯を食べよう。オリオールにポテトグラタンを作ってもらおうと決心をした。
「で、話ってなんだ?」
 最上段のデザートに辿り着いた所でやっと目的を思い出した。
 紅茶をおかわりしながら聞けば
「恥を忍んでお願いします。英会話のレッスンをお願いします」
「恥を忍んでもう一度英語の勉強をし直せ」
 本末転倒。
 そんな即答しか出せないのは当然だろう。
 


 
 

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