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91.倉木恭太の過去(1)
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「オレは小さい頃からひねくれててね、小中高といじめや暴力や恐喝窃盗とやりたい放題な奴だったんだ。母親は堂々と不倫するような男と金に汚い人間で、家にまで何人もの男を連れ込んで盛り上がるようなどうしようもない女だった。一方父親は仕事ばかりで家に帰って来なくて、そんな父親も隠れて愛人とお盛んで金品を貢ぎまくってた。学校では問題児として扱われていたけど、勉強も運動神経も学園トップだったから誰も文句は言われなかったな。だけど、そんな親の背中を見ていたら当然ロクな奴になんて育たないよね。親の愛を知らず、金と女がいればいいと両親のダメな部分ばかりを引き継いでた」
思っていた以上にメルの前世の過去は歪んでいた。注射針で刺されるまでは平凡地味に過ごしてきたパスカルにとって、ドロドロしたドラマのような話だと思った。
「大学時代はヤリサーみたいなサークルに入って、毎日クラブ遊びと風俗通い。レイプやドラッグとか、今時の若者がやりそうな犯罪は殺人以外は全部制覇してた。それで警察に捕まらなかったのが不思議なくらい、黒い噂がする連中ともつるんでバカばかりやってた。研修医になってからさらに調子こくようになって、常に人を見下してた。医者ってだけで崇拝してくる奴もいたから、さらに傲慢になってたの。黙ってても医者という職業と金があれば女は寄ってくるし、セックスも娯楽も遊び放題で浮かれてた。その時のオレは世の中全部を舐めてたんだよねー」
パスカルは驚いた。今のメルや前世の優しい恭太を知っている身としては、とてもそんな犯罪を犯すような人間には思えなかった。
いつだって優しくて、頼りになって、助けてくれる。そんな人がオーガもびっくりなドクズ人間とは思えなかった。
「今は全然そうは見えないよ」
「そりゃあ今は、ね。でも、前世の昔はそうだった。キミに幻滅されて嫌われてもおかしくない事ばかりしていた。あの時が今だったら、きっと嫌いになったと思う。聞いてドン引きした?」
「しないよ……。幻滅なんてしない。今は今だから。たとえどんなに悪い事をしてても所詮は前世の話で、今は優しい恭太さんだよ。恭太さんがどんなひどい事をしてたかなんて詳しくは知らないけど、俺は今の恭太さんやメルしか知らない。昔はどうであれ、今のキミを信じてるんだよ」
「祐希……ありがとう」
どんな過去でも受け入れてくれるパスカルはやっぱり心が広くて優しい。自分が心から好きになってしまうわけだ。
「やっぱりオレを変えてくれたのは紛れもない祐希だね。心療内科医として働き始めてしばらくした時にキミと出会った。キミのためならなんだって頑張れるって思ったほど心変わりしたんだ」
「恭太さん……」
「初めてキミに出会った時、平凡でぱっとしない患者だなって見てた。すぐ忘れそうだなって。ブラック企業で働いてて、上司にNOとかはっきり言えなさそうだなって見下してもいたかも……」
「俺も実は同じように思ってた。自分とは価値観が絶対合わなさそうな医者だなって、最初は主治医を変えてもらおうと思ったくらいだったよ。なんか目つきも悪いし、雰囲気が怖そうだったし、親身になってくれなさそうとか思っちゃった」
平凡地味で過ごしてきた自分にとって、威圧感が強そうな医者に当たってしまって不運だと思った。すぐに主治医を変えようと考えた。
「ふぅん。そんな事思ってたんだ。なんか傷つくなぁ。自業自得といえばそうだけど」
「初対面なんてそんなものじゃない。最悪とまではいかなかったけれど、あの時の恭太さん……反社みたいな態度で怖くて話づらかったし……」
「あの時は元嫁の事とかでイライラしてたからね。離婚する前だったんだ。きっといっぱい怖がらせてたと思う」
「いきなり最初に舌打ちされて『芋臭そうなサラリーマンかよ』って一言呟かれてびびっちゃったし」
「う……本当にあの時はごめんねっ。あの時のオレ、口も悪かったから」
「ほんと、今だから笑えるけど、口が悪い医者だったよね。主治医を変えようにも無理だったし、病院を変えようにも他の心療内科や精神科は遠かったから仕方なく通う事にしたって感じ……かな」
苦笑しながら言うパスカルにメルは居た堪れなくなる。もし、祐希が他の病院に変えていたら、自分達はもう永遠に出会う事なんてなかったのだろう。そんな別未来線なんて想像したくないし、変えないでくれてよかったと心から思う。
「ホント、反省してるよ……キミを怖がらせたこと。あの時のオレを殴りたいよ」
「でも、口の悪さに反して親身には聞いてくれる人だなって思った。愛想はよくなかったけどね」
「愛想は悪かったけど、仕事はそれなりにしておかないとね。おかげでオレの患者は女ばかりだったな。たぶん下心目当てで近づいてくる奴がほとんど。まともな患者はキミや老人を含めてあんまりいなかったかも」
口が悪くて不愛想で反社みたいな雰囲気のドクターだったから、認知症の老人や面食い女ばかりがきて楽だったと言えば楽だったが。
思っていた以上にメルの前世の過去は歪んでいた。注射針で刺されるまでは平凡地味に過ごしてきたパスカルにとって、ドロドロしたドラマのような話だと思った。
「大学時代はヤリサーみたいなサークルに入って、毎日クラブ遊びと風俗通い。レイプやドラッグとか、今時の若者がやりそうな犯罪は殺人以外は全部制覇してた。それで警察に捕まらなかったのが不思議なくらい、黒い噂がする連中ともつるんでバカばかりやってた。研修医になってからさらに調子こくようになって、常に人を見下してた。医者ってだけで崇拝してくる奴もいたから、さらに傲慢になってたの。黙ってても医者という職業と金があれば女は寄ってくるし、セックスも娯楽も遊び放題で浮かれてた。その時のオレは世の中全部を舐めてたんだよねー」
パスカルは驚いた。今のメルや前世の優しい恭太を知っている身としては、とてもそんな犯罪を犯すような人間には思えなかった。
いつだって優しくて、頼りになって、助けてくれる。そんな人がオーガもびっくりなドクズ人間とは思えなかった。
「今は全然そうは見えないよ」
「そりゃあ今は、ね。でも、前世の昔はそうだった。キミに幻滅されて嫌われてもおかしくない事ばかりしていた。あの時が今だったら、きっと嫌いになったと思う。聞いてドン引きした?」
「しないよ……。幻滅なんてしない。今は今だから。たとえどんなに悪い事をしてても所詮は前世の話で、今は優しい恭太さんだよ。恭太さんがどんなひどい事をしてたかなんて詳しくは知らないけど、俺は今の恭太さんやメルしか知らない。昔はどうであれ、今のキミを信じてるんだよ」
「祐希……ありがとう」
どんな過去でも受け入れてくれるパスカルはやっぱり心が広くて優しい。自分が心から好きになってしまうわけだ。
「やっぱりオレを変えてくれたのは紛れもない祐希だね。心療内科医として働き始めてしばらくした時にキミと出会った。キミのためならなんだって頑張れるって思ったほど心変わりしたんだ」
「恭太さん……」
「初めてキミに出会った時、平凡でぱっとしない患者だなって見てた。すぐ忘れそうだなって。ブラック企業で働いてて、上司にNOとかはっきり言えなさそうだなって見下してもいたかも……」
「俺も実は同じように思ってた。自分とは価値観が絶対合わなさそうな医者だなって、最初は主治医を変えてもらおうと思ったくらいだったよ。なんか目つきも悪いし、雰囲気が怖そうだったし、親身になってくれなさそうとか思っちゃった」
平凡地味で過ごしてきた自分にとって、威圧感が強そうな医者に当たってしまって不運だと思った。すぐに主治医を変えようと考えた。
「ふぅん。そんな事思ってたんだ。なんか傷つくなぁ。自業自得といえばそうだけど」
「初対面なんてそんなものじゃない。最悪とまではいかなかったけれど、あの時の恭太さん……反社みたいな態度で怖くて話づらかったし……」
「あの時は元嫁の事とかでイライラしてたからね。離婚する前だったんだ。きっといっぱい怖がらせてたと思う」
「いきなり最初に舌打ちされて『芋臭そうなサラリーマンかよ』って一言呟かれてびびっちゃったし」
「う……本当にあの時はごめんねっ。あの時のオレ、口も悪かったから」
「ほんと、今だから笑えるけど、口が悪い医者だったよね。主治医を変えようにも無理だったし、病院を変えようにも他の心療内科や精神科は遠かったから仕方なく通う事にしたって感じ……かな」
苦笑しながら言うパスカルにメルは居た堪れなくなる。もし、祐希が他の病院に変えていたら、自分達はもう永遠に出会う事なんてなかったのだろう。そんな別未来線なんて想像したくないし、変えないでくれてよかったと心から思う。
「ホント、反省してるよ……キミを怖がらせたこと。あの時のオレを殴りたいよ」
「でも、口の悪さに反して親身には聞いてくれる人だなって思った。愛想はよくなかったけどね」
「愛想は悪かったけど、仕事はそれなりにしておかないとね。おかげでオレの患者は女ばかりだったな。たぶん下心目当てで近づいてくる奴がほとんど。まともな患者はキミや老人を含めてあんまりいなかったかも」
口が悪くて不愛想で反社みたいな雰囲気のドクターだったから、認知症の老人や面食い女ばかりがきて楽だったと言えば楽だったが。
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