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一、アイリスのお願い

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「うちで聖女をひきとるって。
僕はヤだな」

寝巻きから外出着に着替えながら、夫ゴットンは、思いきり頭を左右にふる。

「どうしてなの。たった数ヶ月だけよ」

ゴットンに空色のネクタイを手渡しながら、ため息をつく。

「どうしてかって。新婚生活を他人に邪魔されたくないに、決まってるじゃないか」

ゴットンは、鼻にかかった声をだすと、背中から私をギュッと抱きしめる。

「ちょっとやめてよ。痛いでしょ」

ゴットンの手を払い、彼の方へ身体をむける。

「王子様から頼まれたんだもの。
お断りはできないわ。ね、いいでしょ。お願い」

胸の前で、両手をあわせて、上目使いで彼を見ると小首を傾げた。

「アイリスに、そんな風にお願いされるのは初めてだよなあ」

ゴットンは、とまどった顔をしている。

薄茶色の髪、同じ色の瞳、ソバカスの目立つ頬、ヒョロリと背が高いゴットンと、お互いが十才の時に婚約した。

「お嬢様を、うちのゴットンの嫁に欲しいざます。
必ず幸せになりますから。占いに、そうでたざますよ」

きっかけは、そう言い張るゴットンのお母様、バルモア伯爵夫人の突然の訪問だった。 

「あの評判の占い師が、そう言ったんですか。それなら安心だ。
両家は同じような格の伯爵家だし、きっと、結婚生活も上手くいくでしょう」

私の父キャメル伯爵は、その日に娘の婚約を、成立させてしまったのだ。

えええ。そんなのアリなの。

十才の私は、心で悲鳴をあげた。

けれど大尊敬していたお父様の決めた事だ。

間違いなんてあるわけない。

王宮のエリート文官で、渋いお父様は、私の自慢だった。

あの時は、妻(私のお母様)を、病気で亡くしたばかりで、思考回路が、少々狂っていたのかもしれないけれど。

それでも、私達は同じ貴族学園を卒業し、こうやって無事結婚し、幸せに暮らしている。

足りないものを、あげるとすれば。

正直、ゴットンは少し頼りない。

学生の時の成績は、ゴットンはいつも下位、私は常にトップだった。

だからか、どうかわからないけど、話していても幼稚に思う。

ま、同じ年のカップルの場合には、よくあることよね。

気にしない事にする。

「ね。お願い。平民出身の聖女様は、貴族のマナーを何もしらないのよ。
だから、彼女が貴族学校に編入する前に教育係を頼まれたの」 
 
「クールなアイリスが、そんなに必死になるなんて珍しいなあ。
しかたない。いいよ」 

「ありがとう。お礼に」

私は、爪先だちになり、ゴットンの額にキスをした。

「うわ。すごいな」

「私から、キスをしたのは初めてでしょ。
なんか恥ずかしいわ」

「そんな事ない。今日のアイリスは、
すごく可愛い。
じゃあ、行ってきます」

「気をつけてね」

月に一度の領地視察に向かうゴットンの背中に、手を振りながら微笑む。

平凡だけど、ゴットンはいい人だ。

妻の私は、これからもずーと幸せだと信じて。
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