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三十三、偽の神託

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馬車が大聖堂前につけられた。

そこには一目で大貴族の物とわかる豪華な馬車や、辻馬車がところせましと並んでいた。

「すごい人混みざますね」 

「お母様。平民に宝石を盗まれないように、気をつけましょね」

「そうざますね。
その点アイリスは、一つも宝石を身につけてないから安心ね。
けど、コーエン家の嫁としては、恥ずかしいざます」

はいはい。お洒落でなくてすいません。

けど、ご安心を。

もうすぐ、私は公開離婚されますから。

「きゃあ。皆が私を見てるわ。
いくら美し過ぎるからといってもね」

お姉様は大きな声をあげる。

皆が振り向くのは、場違いなド派手な装いに驚いているからですよ。

呆れながら歩いていると、聖堂の入り口までたどりつき、三人で中へすすむ。

「ゴットンはどこかしら」

キョロキョロしていると、前列の貴族席からゴットンがこちらに手をふってくる。

「あら、あそこざますわ」

やはりゴットンに気がついたお義母様を先頭に、お姉様、私と通路を歩いていく。

「あなた。遅れてすいません。
アイリスが出しなにお腹をこわして、時間をとったざます」

お義母様はペロリと嘘をついて、お義父様の隣に座った。

「今日の私は聖女様より美しいわよ」

勘違いお義姉様は、お義母様の隣にウキウキして腰をかける。

お義姉様の隣にゴットンがいる。

「遅かったなアイリス。
今日は僕の人生で最高の日になるんだ」

ゴットンの隣に座ると、さっそく自慢を聞かされた。

「それってどういうことなの」

「そのうちわかる。
これから起こることは、すべて神様が決めた運命なんだ。
何があっても、僕をうらむなよ。
世界平和の為なんだから」

ゴットンが、こちらを見て意味深に口角をあげる。

「言ってる意味が、よくわかりません」

とぼけて首を傾けた。

なにが世界平和よ。

裏工作をしているのを知っているんだから。 

ツンと横をむいた時、周囲から地響きのような歓声があがる。

「ごらんあれ。
この方が、数十年ぶりに現れたキャル聖女様だ」

ケッケ神官長に紹介された聖女が、集まった人々に優雅なお辞儀を披露した。

「あれがあのキャル嬢なの」

一瞬、ゴットンへの怒りもとぶ。

立派に役目をこなす聖女をみて、胸が誇らしさで一杯になった。

「わが国はこのところ、強い瘴気に悩まされている。
けれどこれで大丈夫だ」

関係性はよくわかっていないが、瘴気がふえると魔物がふえる。

瘴気をはらうのには、聖女の魔力が必要なのだ。

人々が聖女の登場を切望しているのは、こういう理由がある。

「そして、あと一つ伝えなければならない。
私は昨夜神託を聞いたのだ。

『聖女はゴットンコーエンの妻となるべし』
神様はそうおっしゃた!」

ケッケ神官長の言葉がはなたれた。

「ふふふふふ」

お義父様は、ケッケ神官長と視線をからませて満足そうな声をあげる。

「まあ。夢のようざますわ」

お義母様はお義父様にしがみついて、喜し涙を流していた。

「やったわ。これで何でも手にはいるわ」

お義姉様も幸せそうだ。

仮にも今はまだ私が嫁なのだ。

無神経にもほどがある。

「聞いたか。アイリス。
夢みたいだ。
あの聖女様が僕の物だぞ。
はやく屋敷に戻って、離婚の手続きをしよう。 
そんな顔するなよ。
僕の意志じゃない。
神様が決めたんだ。
世界平和の為にね」

ゴットンが熱にうなされているように、早口でまくしたてた。

「この卑怯者!」

椅子から立ち上がり、勢いよくゴットンの両頬をうつ。

そして、脱兎のごとく出入り口へ駆けてゆく。

周囲の好奇や哀れみの視線を、背中でうけながら。
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