恋した殿下、愛のない婚約は今日で終わりです

百門一新

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1巻

1-2

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 七歳で出会って、あれから十一年。
 初めて会った時、この世にこんなに美しい人がいるのかと恋に落ちた。
 数回の交流でどんどん憧れて、将来は彼の妻になるのかと胸をときめかせた。それが、悪かったのか。

(早めに、諦めていれば)

 数年で、アンドレアへの想いは愛となった。
 叶わないからこそ、どんどん膨らんだ。
 妃教育が始まってそう経たないうちに見切りをつければよかったのだろう。
 アンドレアがエステルを受け入れることはない、と。
 当時は幼かったし反対意見も多かったから、父に頼み込めば、婚約者という立場を返上できた可能性もある。

「……私は、伯爵令嬢あなたが羨ましいわ」

 アンドレアが気にかける、唯一の女性になれた令嬢。
 エステルは彼女を恨んではいなかった。眠りにつこうと一人で横になるたび、努力しても手が届かなかったアンドレアを想った。
 これから自分がどうなるのか先が見えない。
 彼がどうするつもりなのかも――でも、事件が起こったあの時のような目で見られたくなくて、それを問うことさえエステルはできないでいた。
 その間も、王太子と伯爵令嬢の新しい噂がどんどん出てきた。
 ユーニが愛嬌のある美少女だったことも、人々の関心を集めたのだろう。
 エステルとアンドレアの婚約継続の危機を察してか、伯爵令嬢は公爵令嬢と違って可愛げがあると揶揄やゆされるようになった。
 伯爵令嬢が王太子妃の有力候補なのではという噂も広がった。
 肝心のアンドレアが、それを否定しないからだ。

(きっと……結婚相手を代えたいのね)

 エステルは、そう推測した。
 屋敷の中にいようと日々二人の噂は入ってきたが、とうに諦めているせいか、ユーニのことを耳にしても、次第に嫉妬の感情はなくなっていった。

(可哀そうな、王子様)

 浮気かと家族が騒ぎ始めたが、エステルは何も言わなかった。
 エステルは、だと、その頃にはアンドレアに同情していた。
 明日は、収穫の季節を祝う式典が王宮で予定されているわね。
 きっと、ユーニと会うのだろう。
 胸がずきりと痛む。眠れるか心配になった。

(大丈夫、もう悲しむのも苦しむのも、疲れてしまったもの)

 彼の前ではせめて、態度だけでも彼に相応しい公爵令嬢こんやくしゃでいたい。
 もう、終わりにするつもりでいた。
 結婚相手を代えたい気持ちがアンドレアにあるのかどうか、エステルは明日、彼の様子で確認するつもりだ。
 エステルには、王家の決定を変えることはできない。
 でも――代えざるをえなくする方法なら、知っている。

(ほとんど魔法が使えない私でも、唯一できる魔法……)

 皮肉にも、大怪我をしたことで、エステルはその魔法を使えるようになったのだ。それを王家もアンドレアも知らない。

(叶わないと分かっているのに、このままだと胸が苦しいくらいに、あなたのことを忘れられないの)

 エステルの閉じた目から涙が、そっと流れた。
 叶わない恋に、終止符を打ちたいと思っている。
 もうこれ以上ぼろぼろになりたくない、というのが本音だ。
 だって、もしアンドレアがエステルを正妻にしたのちに離婚すると言い出し、伯爵令嬢をめとるとなったら、どうか?
 ――その時にはエステルは壊れてしまうだろう。
 恋した人の幸せを、目の前で見せつけられるのは無理だ。
 彼の前では、せめて呆れられないようにしたい。
 取り乱して、恋をした彼の幸せな結婚を上辺だけでも祝福できないなんてことも、嫌だ。

(彼が気に入ったのなら、……立場も全部、伯爵令嬢にあげる)

 エステルがアンドレアに与えられない安らぎや、気に掛けたいという気持ちを彼にもたらしてくれる女性なら、言うことは何もない。

(そうしたら私は、未練なく……)

 怖くて手が震えた。
 明日、アンドレアと話すことを想像したせいだろうか。
 それとも――この後、自分がしようとしていることのせいか。

(もしくは……この恋が、完全に終わってしまうことを……?)

 もしかしたら、という浅はかな願いが、エステルを固執こしつさせているのか。

(いいえ、この国の古い婚姻の習慣を彼はよく思っていない……魔力があったとしても、国のために何もできない女性を必要としない……)

 明日を迎えるにあたって、エステルは自分の感情に整理をつける。
 未練は、ない。
 こんな魔力は、邪魔なだけ。
 エステルにとっても、そしてアンドレアにとっても――


       ∞・∞・∞・∞・∞


 翌日のまだ太陽が出ている時間に、エステルは両親よりも先に王宮へと向かった。

「こちらへどうぞ」

 身支度部屋にてメイドに丁寧に髪や肌を仕上げてもらい、用意されていた式典に相応しいドレスに着替える。
 エステルのミルクティー色の髪にもよく似合う、深いオレンジを基調とした秋らしい上品なドレスだった。多く使われた白のレースや絹の飾りも美しい。
 肩を隠すタイプのドレスとはいえ、開いた胸元からはどうしても裂傷痕が見えてしまう。
 だからいつも通り髪は下ろし、人々の視線をそらすようにエステルの胸元に大きな宝石のネックレスを着けた。

「あら……? 宝石の色はもっと紫寄りではなかったかしら?」

 いつも準備されていたものをただ着せられるだけのエステルだったが、今回は事前の打ち合わせに普段より気を配っていた。

「こちらが用意されていたものです」
「王妃様と選んだ際に、ドレスに合うものを着合わせていたはずですが……」

 首の周りを飾ったネックレスは、濃く重い藍色の輝きを放っていた。
 大きな宝石の他にも同じ宝石がちりばめられていて、あまり主張しないようなドレスを選んだこともあり、浮いて見える。

「装飾品につきましては王太子殿下からご指示があったと」

 え、と言葉を失った。
 どうして、と思ったが、王妃に何も贈らないつもりかと言われた可能性が浮かび、考えをすぐに捨てる。

(こんなことに……意味などないものね)

 エステルは姿見を見つめた。
 ドレスの金の刺繍ししゅうと、デザインに組み込まれた藍色のラインを見ていると、アンドレアの金髪と藍色の目を思い出す。
 隣に立てば、誰もが彼の色だと思うことだろう。

(でも彼は、気にもしないでしょうね)

 エステルが着る物になんて関心はないだろう。
 惨めだ。でも、もし彼が今夜はパートナーの色を取り入れることを気にしていたら? 彼を不快にさせてしまったら?
 心臓がどっとはねて緊張した。
 ――もう、こんなこと終わりにしたい。
 繰り返し訪れる惨めさと、彼に会うことを考えた際の緊張感。

(顔を合わせる繋がりがなくなってしまえば、どんなにいいか)

 けれどそう考えるたび、エステルの恋心は切ない悲鳴を上げた。彼に会えなくなってしまうことに、深い悲しみを覚える。

(表情に出しては、だめ)

 楽しみですねと声をかけてくるメイドたちに、呼吸もままならず返事ができないでいると悟られてはいけない。
 姿見を前にエステルは深呼吸をする。

「さあ、まいりましょう」

 廊下に出ると、窓の向こうには夜が訪れていた。
 扉の前で待っていた護衛騎士に先導され、長い廊下を歩く。
 間もなく、向こうから数人の騎士を引き連れて歩く姿が見えた。

(あっ)

 エステルは頭の中でそう呟く。
 つい、足を止めてしまった。だが正しい判断ではあったと遅れて気付き、臣下の礼を取って頭を下げ、その人がやってくるのを待つ。

「わざわざいい。そんなものは、不要だ」

 ありきたりな挨拶の言葉などいらない、というわけか。
 降ってきた声にそんなことを思いながら、エステルはゆっくりと頭を上げる。

「……はい」

 そこにいたのは、とても美しい一人の男性だった。

(――アンドレア・レイシー・ティファニエル王太子殿下)

 エステルは心の中で、その人の名前を唱える。
 魔法灯の光が反射してきらきらと輝く黄金色の髪。こちらを見据えた彼の瞳は、夜空のような輝きを秘めた藍色だ。

(今夜の衣装もよく似合っているわ……)

 立ち止まったアンドレアの背後で揺れるのは、濃い藍色のマントだ。彼は優秀な魔法騎士でもあるから、軍服の雰囲気を取り入れた服を好んでいた。騎士を連れている姿は、圧巻だ。
 二十一歳になった彼は、昨年よりまた少し身長が伸びた。
 エステルは、あまり会わないせいでその変化がよく分かった。またしても、まじまじと見つめてしまう。

『殿方の身長は、二十代前半まで伸びるお方もいらっしゃいますよ』

 長年王宮で世話になったメイドから、そう教えられたことがある。
 ただ一人いるエステルの兄は成長が早かった。彼以外の男性とは距離を置いていたエステルは、成人しても男性は身長が変化していくのかと不思議でいっぱいで――

「エステル」

 名前を呼ばれて、ハタと我に返る。

(……み、見すぎてしまったわっ)

 恥ずかしくて顔を伏せた。

「ごきげんよう、……殿下」

 挨拶不要だと先に言われていたので、少しスカートを左右から持ち上げていつも通りに『ごきげんよう』とだけ言った。
 だが、名前ではなく『殿下』と呼んだ。
 そばにいた護衛騎士たちの空気が戸惑い、そして緊張するのを感じた。

(婚約者として昔は彼に名前を呼ばれることが、好きだったわ)

 もしかしたら最後になるかもしれないせいか、彼が自分の名前を呼んでくれて嬉しかった思い出がよみがえった。
 でも同時に、エステルは自分からアンドレアと呼ぶことも、声をかけることも苦手になった。

『婚約者なのだから俺のことは名前で呼べ』

 拒絶している癖に、彼はそう言ったのだ。
 エステルはどうにか彼を名前で呼ぶ努力をしてきたが、年々呼びづらくなった。
 彼の目には婚約者として映っていないのだから、婚約者らしいことはできない。

「――行くぞ」

 アンドレアはしばらく止まっていたが、エスコートのためにもう少し距離を詰めることなく、いつも通りマントをひるがえす。

「はい」

 エステルは彼の少し後ろに続く。
 殿下と呼んだのを否定されなかったことに胸が痛かった。

(誰も見ていないのだから、婚約者の近しい距離は不要ということね)

 心が、また勝手に沈んでいくのを感じた。
 護衛騎士たちがいる手前、俯くわけにはいかないと視線を上げると、そこにはアンドレアの大きな背中がある。

(鍛えられてしっかりした背中……彼の背中がこんなにも、遠いわ)

 これから、もっと遠くなる。

(それを確認しないと)

 エステルは緊張して自分の手を握りしめた。
 彼は、エステルが自分の名前を呼ばないことをとがめなかった。今なら、さりげなく質問できるだろう。

「さ――最近、伯爵令嬢とよい感じだそうですね」

 どうにか普段の落ち着いた素振りで声をかけることができた。

「アレス伯爵令嬢のことか」

 騎士たちがいることを意識してあえて名前を出さなかったのに、アンドレアがそう言って珍しく肩越しに見てきた。

「それが?」
「噂を耳にしただけですわ」

 エステルは静かな微笑を浮かべた。

「他には? 何か、誰かに言われたか」

 珍しく問われた。

(何か言われる、とは……?)

 質問というより、何か確認しているみたいだ。
 エステルは、二人の関係を非難しているのか遠回しに探っているのかもしれないと考えた。

「いいえ」
「問題視はしていないと?」
「はい。王命による婚約ですから、私は従うだけです」

 嘘を吐いた。
 つい、言葉数が多くなってしまって、エステルは視線を逃がす。意識しすぎて嫌な言い方になったと後悔したが、口は止まらなかった。

「私より、可愛げのあるお方でいらっしゃると聞きました」

 嫉妬だと気付いて嫌な気持ちになった。せめて彼の前では立派な婚約者でいたくて、表情を消す。
 いつからだろう。レディとして感情を隠し、彼とうまく話せなくなったのは。

「ああ、君より可愛げがある」

 アンドレアがふいと視線を前へと戻し、そう答えた。
 移動しながらの会話は、それでしまいになった。

(やっぱり、私との結婚が嫌なのね)

 エステルは胸が重くなった。ああやはり、という思いで、内臓がじわじわと痛む気がした。

(彼は伯爵令嬢みたいな子が理想なのかしら)

 明るくて、ちょっとドジなところがあって、レディとして完璧ではないところがまた可愛いという評判がよく耳に入ってくる。
 アンドレアが、そういう子が好みだとは知らなかった。
 でも、彼だって、七歳の頃から妃教育を受けてきたエステルが、完璧な公爵令嬢ではないということを知らない。


 主催者たる王が挨拶をしたのち、舞踏会が始まった。

「――続いては王太子アンドレア・レイシー・ティファニエルと、エステル・ベルンディ公爵令嬢による開幕のダンスです!」

 進行役の言葉に、会場の四方から拍手が起こる。
 エステルは、中央でアンドレアと向かい合っていた。曲が流れ始めると、二人は踊りだす。
 意識せずとも、エステルの身体は彼の手と足の動きに合わせて動いた。
 感情や気持ちとは関係なく、彼と息ぴったりに踊っていく。

(もう、何百と繰り返したかしら)

 王子様の婚約者になったエステルは、その年に人前に立った。
 初めは緊張しかなかった。失敗したら、と幼い彼女には荷が重かった。

『今の君に、誰も大人の力量など求めていない』

 ああ、そうだったと思い返す。
 彼と踊っているのに目の前のアンドレアのことを考えないなんて、これが最後だと理解しているからだろう。

(彼が、緊張を解いてくれたの)

 失敗したらアンドレアも恥をかくせいかもしれない。
 でも彼のあの時の言葉は、確かにエステルを救ってくれたのだ。
 身長差が大きかったから、彼がエステルに合わせて踊ってくれたことも緊張を柔らげてくれた。
 八歳、九歳、アンドレアはエステルに合わせてダンスの選曲をした。
 合わせてくれることが嬉しくて、彼に追いつかなければとも感じて、エステルもダンスの授業に熱を入れて――

(あなたと踊ることを、苦労に感じたことはなかった)

 リードしてくれる相手が上手であれば心配することはないと、ダンスの講師に言われたことがある。

(嫌われていると分かっているけど……)

 エステルは手を繋いで身を離したアンドレアを、真っすぐ見つめた。

(そういうちょっとした気遣いも、好きだったわ)

 引き寄せる彼の手を、強引だとか強すぎるとか感じることもなかった。アンドレアのもとに戻る時、エステルは自分に羽が生えたような気持ちになる。
 でも悲しいのは、見つめ合っても彼の気持ちは見えないこと。
 ダンスをしていると相手と心の中で会話ができるのだと、ダンスの講師は言っていた。
 それはある意味名言で、パーティーに訪れた令嬢たちが可愛らしくそれについて語り合っているのを聞いたことがある。

(いつか、あなたの気持ちが分かればと思っていた)

 その『いつか』は、とうとう来なかった。
 せめて握った手だけでも嫌いだと分かるように痛く、苦しくしてくれたのなら、エステルはここまで苦しまなかっただろう。

(あなたは踊り終わると、少し眉を寄せて、けれど何も言わずあとは好きにしろと言わんばかりに去っていく――)

 引き留めもせず、このあとどうするかの話もない。
 エステルはアンドレアから手を離した。
 彼の藍色の目にとらわれまばたきを忘れる。
 そういえば彼はダンス中、一度だって目をそらしていない。

(どうしてか今夜はずっと強く見つめてくる気がするけれど、きっと気のせいね。私が未練たらしいせいだわ)

 音楽の終了と共に、目を合わせながら姿勢を整える。
 エステルは目を伏せ、彼もそうするであろうことを想像しながら、踊った相手に敬意を示して礼を取る。

「素晴らしいダンスに拍手を!」

 歓声と拍手が起こった。
 このままアンドレアはいつも通り、どこかへ行くのだろう。
 ダンスの時間が始まって貴族たちがやってくる中、エステルは彼を見ないまま人の波に逆らって歩き出す。脇から複数の男性に呼び止められるような声が聞こえた気がしたのだが、きっと近くの別の令嬢を呼んだのだろう。
 これまで次のダンスを求められたことはなかった。
 エステルは王子様の期待されない婚約者で、あの事件で傷物になってしまったのだから。

(気のせいかしら?)

 周囲を埋めたダンスの踊り手たちの話し声でうまく聞き取れず、足を止めた。
 聞き違いだったら恥ずかしいが、無視することになったら失礼だ。
 ファーストダンスのあとにパートナーが周囲に遠慮するよう示さない限りは、次に踊りたいと希望してきた者と踊るのがルールである。

「エステル」
「ひゃっ」

 振り返ったエステルは、手を掴んだ人を見て驚いた。
 彼女の視界に飛び込んできたのはアンドレアの端整な顔だった。

「え、あ、な、なんでしょう?」

 どうして、アンドレアがまだここにいるのだろう。
 普段ならもうとっくに姿が見えなくなっているはずだ。驚きのあまり言葉がつっかえてしまい、彼の眉間にさらに皺が寄る。

(……機嫌が悪いみたい?)

 やはりエステルと踊るのは嫌だったのだろう。

「君は家族のところに行くのだろう?」
「え? そ、そのつもりです」

 なぜいつもと同じなのに、行動を確認されているのか分からない。

「もう踊る予定はない、そうだな?」
「は、はい」

 エステルは左右で見守っていた若い男たちが、とぼとぼとダンスの輪から抜けていくのにも気付かなかった。
 エステルははたと重要な可能性に思い至ってしまっていた。

(伯爵令嬢と踊りたいのね?)

 遠ざけても情報は耳に入るのに、と困惑する。
 舞踏会が始まって会場の中央に移動している時、たくさんの貴族が挨拶してきた。その中には、アレス伯爵もいた。
 彼はエステルに自己紹介をし、アンドレアには「娘も交えて、またのちほど」と告げたのだ。
 だから、会場内にユーニがいることも分かっている。

(彼女がいるのなら、ますますこの場を離れてあげないと)

 エステルは「それでは」と短く挨拶を済ませて、ダンスの場から速やかに抜けた。
 アンドレアから引き留める声は聞こえなかった。
 だが、歩いている最中に、エステルは彼の動きを知ることができた。

「おぉっ、あれって例の伯爵令嬢だろう?」
「アレス伯爵家と殿下か」

 どくんっと心臓が苦しくなった。
 ――嫌。
 噂を聞いた時と何倍も感覚が違っていた。息が苦しくなり、エステルは必死になって家族を捜す。
 間もなく会場で談笑していた両親と合流した。
 今すぐ帰りたいと告げたエステルに、母だけでなく父も心配してくれた。

「どうした? 珍しいな」
「すぐにでもお話ししたいことが」

 父の囁きに答えたエステルは過呼吸状態だった。
 思い詰めた顔を見て、母が隠すように抱き締めた。妙な噂が立たないよう父がフォローしながら、すぐ係の者に頼んで兄を呼び出した。

「夜風が冷たくなっているためでしょう。傷跡が痛むというので、今夜は早めに失礼します」

 父は声をかけられるたびそう返し、家族揃って会場を出た。


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