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連載
62. 創立記念日④
しおりを挟む早く、早く、早く。
クレアは急いていた。
今日は創立記念の式典の当日であり、ライオネルが暗殺されるかもしれない日だ。
クレアは学園を抜け出し、学園の裏にあるという教会へと行こうとしていた。
しかし、王族や高位貴族など、そうそうたる人物たちが学園へと集まっているため、警備が強化されており、クレアがどんなに頑張っても学園から抜け出すことができずにいた。
時間が無いっ!
早く教会へ行かないと。
クレアはもうどうなってもいいと思っている。
ライオネルさえ助かれば、自分はどうなっても。
クレアは式典会場近くまで来ると、近くの部屋にスルリと入り込む。
扉は目立たない作りになっており、鍵も掛かってはいなかった。
狭い部屋だ。周りは棚がずらりと並んでおり、リネン類が大量に置かれている。
クレアは、後ろ手に鍵をかけ、部屋の奥へと入っていく。
クレアは何とか、この学園から脱出しようと思っているのだ。
そのためには今の服装では無理がある。
なぜならクレアの今の服装は、学園の制服なのだから。
学園内では怪しまれない服装だが、学園から出ようとしても、出してはもらえない。
この服装を変えなければならない。
クレアはここ数日、式典準備のために、様々な手伝いをさせられてきた。
そのため、この予備室に、リネン類や学園の使用人達の制服が置かれているのを知っていたのだ。
クレアはこの部屋に忍び込み、使用人の服を盗もうと思っている。
ライオネルを助けるためならば、窃盗犯で逮捕されてもいいと思っているのだ。
「ん?」
部屋の中央より少し手前に、服が脱ぎ棄てられている。
白地に金の刺繍が施された、とても高級そうな上着だ。
「誰がこんな所に」
クレアがその上着を掴むと、まだほんのりと温もりがあるように感じられた。
ほんの今まで、誰かがこれを着ていたのかもしれない。
「こんな派手な服じゃ目立って駄目だろうな…
ん、でもまって。この上着すごく高級そう。この上着を着ていれば、偉そうに見えて、逆に騎士様たちから目を付けられないかも。
うん、これを借りよう」
手に上着を持ったまま、一番奥にある、作り付けのクローゼットを開ける。縦長の扉の奥には、何着かの制服がかかっている。
クレアは、中からズボンを1本取り出すと、素早く身に着ける。
まるでネライトラ領で働いていた時のクレイに戻ったかのようだった。
部屋からこっそりと出る。
クレアは知らなかったのだ、王族は白地に金の差し色の物を着ることが常となっていることを。
自身が今、王族の衣装を身にまとっているということを。
出来るだけ目立たないように気を付けながら、建物の中を進んでいく。
このまま門へと辿り着き、なんとか学園の外へと出ていきたい。
「あれは…」
前方にジュリエッタがいた。
それも一人だ。
誰かを探しているのか、キョロキョロと辺りを見回している。
クレアは、自分の寮の部屋の中を探した。
何か役に立つ物はないかと徹底的に探したのだ。
しかし、女子学生のクレアの部屋には、役に立ちそうな物はほとんどなかった。
唯一見つけたのは果物ナイフ1本だけ。
それでも無いよりはましかと持ってきていた。
クレアはズボンのポケットから果物ナイフを取り出すと、それを持ったまま、ジュリエッタへと近づいて行く。
まだ、クレアのことに気づいていないらしいジュリエッタの背後に回り込む。
「どうか、お静かに願います」
声を上げようとするジュリエッタの口を後ろから塞ぐと、腰の辺りに果物ナイフを突き付ける。
「申し訳ありません。少しの間お付き合いください」
こちらを見るジュリエッタの瞳が驚愕に見開かれていたのが落ち着くのを見極めて、クレアは塞いでいた手をジュリエッタの口元から離す。
「あなたは…クレア?
なぜこんなことをするの。それに、その恰好は何」
疑問をクレアに投げかけるが、落ち着いた様子に、さすがは公爵令嬢だとクレアは感心した。
ジュリエッタや他のライオネルの側近たちは、学園からの出入りを特別に許可されている。高位貴族だということもあるが、王子と王宮との連絡係という側面もあるからだ。
ジュリエッタを連れていけば、学園からの脱出が容易になると思ったのだが……さて、どう言ったものか。
言い訳もそうだが、いちいちジュリエッタの質問に答えている時間もない。
「クレアの従兄のクレイです。
どうかジュリエッタ様、このままご同行願います。
もし騒がれたり、逃げられたりしたら……」
クレアは外から見えないようにと、ジュリエッタの背中側の腰に当てた果物ナイフを少し押し付ける。
「そんな脅しで私を従わせることが出来るとでも思っていらっしゃるのかしら。
私はナイフを突き立てられたぐらいでは、賊の言うことなど聞き入れたりいたしませんことよ」
凛としたジュリエッタは美しい。
公爵令嬢として気高く、その命さえプライドのためならば投げ捨てるのだろう。
しかし、そのプライドのために、屈っしてしまうことがあるのをクレアは知っている。
「そうですね、この小さなナイフではあなたを殺すことはできない。
ですが……
あなたの胸元を引き裂いて、胸ポロリをさせるぐらいはできますよ」
「む、む、む、胸ポロリですって!
そ、そ、そ、それは、まさか……」
「ええ、そうです。
あなたの裸の胸を周りの者たちに曝してしまうということです」
「なんてっ、なんて卑怯なっ!!」
ジュリエッタが慄く。
「どれだけ詰られてもいいです。どうか門までご同行ください。
処罰は戻ってから、必ず受けます」
クレアはジュリエッタを促し、門へと足早に歩きだす。
「門?門に行ってどうするのです」
「ここから出ます。門から出たら開放します。それまでは一緒にいてください」
ジュリエッタは考える。
ライオネル殿下がいなくなってしまったのだ。
殿下の元を皆が離れたのは、ほんの短い時間だったのに。
何て言い訳がましい。そんな言葉が通じるわけがないのは判っているのに。
殿下は誘拐されたのかもしれない。
その考えに胸が苦しくなる。
自分たちの用事を優先し、殿下の傍を離れてしまったのだ。何と情けないことか。
お傍にいて、殿下をお守りするのが自分たちの使命であったはずなのに。
皆で手分けをして探していた時に現れた、クレイと名乗る少年は、殿下のお召し物を着ている…
どういうことだろうか。
殿下を誘拐した犯人?
ならば、一人でいるはずはない。それに、こんな目立つ上着を着るだろうか。
共犯がいて、殿下をどこかに幽閉しているのだろうか?
ならば何故一人で学園を去ろうとしているのか。
ここでクレイを問いただせば、クレイは口を閉ざし、殿下の居場所が判らなくなってしまうかもしれない。
ジュリエッタはクレイに大人しく付いていくことにする。少しでも手掛かりがあるのなら、それを手放してはならない。
クレイと共に門に向かいながら、ハイヒールの踵の側面を地面にこすり付ける。
公爵令嬢のジュリエッタは、その身分故、いつ事件に巻き込まれるか判らない。
もしもの時用に、ジュリエッタのハイヒールには、特殊な塗料が仕込まれている。
普通に歩く分には何も起こらないが、踵の側面をこすり付けると、塗料が付着するようになっているのだ。
間隔を置いて、ジュリエッタは目印を残していく。
自分の兄に伝えるために。
自分が連れ去られる場所へと兄たちを導けるように。
公爵令嬢と、見るからに高貴な上着を着た二人連れは、あっさりと門の外へと出ることができた。
「ジュリエッタ様、ありがとうございました。
このご無礼、後になりますが、必ず罰を受けます。どうか、今は見逃して下さい」
ジュリエッタの前で深々と頭をさげ、クレイは走り去っていく。
しかし、ジュリエッタは、クレイを見逃すつもりはない。
「お待ちなさいっ。私も一緒に参りますわよっ!」
「危険です。付いてこないでください」
クレアはジュリエッタのことを構っている暇はない。
少しでも早くライオネルの元へと行かなければならないのだ。
ただ、ただ、ライオネルの元へ。
クレアは教会を目指して走るのだった。
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