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68. クレアの両親

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「グイン。グインは何処にいるの」
リリ・ハートレイ男爵夫人は自分の夫を探して書斎へとやってきた。
手には手紙が握りしめられている。

「どうしたのだい、リリ」
文机から顔を上げた男性がリリへと声をかける。
グイン=ハートレイ。
ハートレイ男爵領の領主だ。
こげ茶の髪にこげ茶の瞳。パッとしない容姿。クレアによく似ている。

「ああ、グイン。どうしたらいいのかしら。
パトリシアから手紙が届いたのよ。
クレアが学園で恥知らずな真似をしているそうなの」
美しい顔を悲しげに曇らせ、グインの方へと近づいてくる。
胸元の大きくあいたドレスからは、華奢な身体には不釣り合いな豊かな胸が零れ落ちそうになっている。

「恥知らずな?それはどういうことなんだ」
「それが…とても言いにくいのだけど、特定の殿方とお付き合いしているみたいなの。
とても親密らしくて、その…深い中になっているだろうと、学園中の噂になっているそうよ」
困惑の表情そのままに、そっと指を夫へと伸ばす。
白く細い指は夫の上着を頼りなく掴む。夫の庇護欲がそそられるのを十分に計算されつくした動きだ。

「まさか…
それが本当だとしたら、許されることではないぞ」
「わざわざパトリシアが手紙を送ってくれたから本当のことよ。
パトリシアは嘘なんかつくじゃないわ。
ああ、グインごめんなさい。
私が至らないばっかりに、こんな子どもを育ててしまって」
リリはグインへと縋りつく。
リリの柔らかい体からは、甘い花の香りが漂ってくる。

「いや、君が一生懸命やってくれているのは分かっているよ。
親の目が届かないからと破廉恥な真似をするなど……
まったく、情けないにも程がある」
グインは考え込む。

クレアは長女とはいえ、見目が悪い。
パトリシアのように美しければ嫁ぎ先も選べるのだが、あの容姿では、嫁にやるのも一苦労だ。
その上、傷物となれば、こちらが持参金を持たせなければ嫁入り先などないだろう。

「まったく、親の金で学園に入学させてもらったというのに。勉強はせずに男遊びを覚えてしまうとは。なんたることだ」
クレアに対してフツフツと怒りが湧いてくる。

「今すぐ学園をやめさせて、どこかに押し込めるか」
「それは素晴らしい考えだと思うわ。
グインの考えで間違ったことなどないもの。素晴らしいわ。
ねえグイン、私は思うの。クレアが学園を卒業すると社交界デビューしなければならないでしょう。
そうなる前にお嫁に出す方がいいのではないかしら」
夫の上着を頼りなく掴む指を今度は夫の胸元へと動かしていく。
そっと胸からすり寄っていけば、夫はリリの腰へと腕を伸ばしてくる。

リリは常日頃からクレアが邪魔でしょうがなかった。
自分の娘だと言われるのが恥ずかしくて堪らないのだ。
これほどまでに美しい自分に、あんな庶民にも劣るような容姿の娘がいるなど、許されることではない。

このまま学園を卒業すると、嫌でも社交界デビューをさせなければならなくなってしまう。
なんとしてでも、それだけは阻止したい。
社交界中に自分にあんな容姿の劣った娘がいることを知られたくはない。
ああ、早くパトリシアが社交界デビューしないだろうか。
美しい二人が連れ立ってパーティー会場に入っていく所を想像してウットリとしてしまう。どれ程の注目を浴びるだろうか。

「グイン。クレアの結婚だけど、学園を卒業したら、すぐに嫁がせたらいいのではなくて?
あんな娘でも、学園中退はみっともないわ。
卒業だけはさせましょう。その後すぐに嫁がせれば、このハートレイ男爵家も恥をかかなくても済むと思うの」
「ああそうだな。
まったく、手のかかることばかりだ。
あんな娘のために、一体いくら金がかかっていると思っているのだ」
グインは眉間に深い皺を寄せる。

領地の狭い男爵家は収入が少ない。
少ないとはいえ、代々続いてきた家だ。今までの領主のように、キチンと収支を弁えて生活をしていけば、問題なくやっていける程度にはある。
しかし、グインは妻に甘い。そのうえ、妻が溺愛する次女にも甘い。
美しい妻を飾るために、ドレスや宝石をすぐに買い与えてしまう。
妻が甘えてねだってくると、それを断ることが出来ないのだ。

ハートレイ男爵家の財政は年々悪化していっている。
それなのに義務とはいえ、二人も王都の学園に娘を入学させている。そろそろ首が回らなくなってきているのだ。


「ねえ、グイン」
クリームを舐めた猫のように、リリの目は弓なりに笑む。
そっと夫の顔へと唇を寄せる。
まるで周りにいる人々に、話を聞かれたくないような仕草だ。

「私のお友達で、妻を探している方がいるのよ。
ちょっとお年を召しているけど、関係ないわよね。
その方は平民だけど、とてもお金持ちなの。
その方の所へ輿入れすれば、あんな娘でも、何不自由なく暮らしていけると思うの。
最後の親心だわ。その方の元へお嫁に出してあげましょう。
それにね、その方はとても心の広い方だから、あんな傷物の娘にでも支度金を出してくださるはずよ」
リリの指はグインの頬を辿る。

「そうだな。それがいいな」
グインは甘い花の香を感じ、ただ頷くだけだった。



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