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第3幕
第38話 新たな可能性・後編
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付与魔法ではなく、付与術式。
なんでもスペード夜王国では、魔法の代わりに付与術式というものがあり、護符や封印などで使われる。魔を祓い、清めるものだという。
「吸血鬼族は、凶暴性と他種族の吸血を必要以上に行い──世界の敵となった。そこで他種族は吸血鬼族を滅ぼすか、吸血行為そのものを封じるかの二択を迫った時に、迷わず封印を選んだのがスペード夜王国の初代国王だった。そしてその二択を迫ったのが、後に吸血王の妻となった付与術師だ」
「すごい。ロマンスですわ」
「ああ。結果、吸血性を失った吸血王は、副作用として鉄分を欲する《クドラク病》が発生し、それは代々子孫に継がれていったそうだ。血で暴走することがなくなったのは、確かに良いことだと思う」
思わず吸血王と付与術師のラブロマンスを想像した。敵同士でありながらも最後には結ばれたというハッピーエンドは私の好きな話である。ふと嬉しそうに微笑むシン様と目があい、少し恥ずかしい気持ちになった。
「本当にソフィは可愛らしいな」
「え」
「そうやって笑っている顔がすごく可愛いし、好きだ」
「──っ」
甘い言葉を口にする。心の中では何度も聞こえていたのに、言葉に出されると心臓がさらにドキドキと煩い。
(いつになく心臓の音が! 持病!? 病気だったらどうしよう!)
「……それで話を戻すのだけれど、王族には代々付与術者としての教育を受ける。伝統みたいなものなのだが、付与術式が組み込まれた短剣を贈るということは、ソフィの身に妖精や精霊でも太刀打ちの出来ない脅威が、迫っていたと考えることもできる」
「!?」
難攻不落であり妖精と精霊の恩恵のあるダイヤ王国を落とそうとするなら、人ならざる力が動いている可能性は高い。現にこの世界には魔物が存在するのだ。
しかし魔物に知性はない。それが常識だった。
だとするとシン様のいう敵は、誰を指すのだろう。
(うんん、それよりもシン様が贈ってくださった、あの短剣は私を守るためのものだった? ならなぜ婚約破棄をしたの?)
嬉しい気持ちよりも不可解さが頭の中で、ぐるぐると巡るだけで答えに辿り着けない。
「三つ目、私自身が魅了や洗脳されていた可能性はあるか?」
「魅了……ですか」
「そうだ。自分の性格を考えて、祖国のために婚約破棄をするとは思えない」
「え」
「ん? 祖国とソフィどちらか迫られたら、ソフィに決まっている。祖国を捨てでもソフィ側に付くはずだ」
「!?」
この人はとんでもないことを時々サラッという。やっと熱が引いたと思ったのに、また顔が熱くなっていく。
「それらを踏まえて、私が婚約破棄を言い出すのは魅了、洗脳されていたと考えるほうがしっくりくる」
「運命の人と出会った可能性は、否定なさるのですね」
「当たり前だ。手放したくない相手がいるのに余所見などする者がいるか。だいたいその聖女というのも本当に聖女なのか疑わしいものだ」
キッパリと言い切った。いっそ清々しい。
「で、ですが聖女といったら、人々にとっては救済的な存在だったのでは?」
「魔物を倒し、瘴気を祓う特別な力を持つ。だとすればそもそもスペード夜王国よりも魔物の出没が多いハート皇国、または聖女信仰があるクローバー魔法国が欲しがる人材だ。スペード夜王国に聖女が居てもお飾りにしかならないと思うが」
「たしかに……。お飾りでも二カ国への影響力があった。……もしくは」
「もしくは?」
「せ、聖女様がシン様に惚れるとか!」
「ソフィ」
言った後でシン様の笑顔に亀裂が入るのを見てしまった。笑っているのにものすごく怖く、とにかく圧が凄い。
「ソフィは、私がまだ、その運命の相手に、心奪われると、思っているのだね」
「(一言ずつの言葉の圧がすごい)……そうなって欲しくないですが、その……不安というか、どうしても……夢……を思い出してしまうのです」
じりじりと詰め寄られて白状する。本心を聞いてシン様は少しばかり嬉しそうに口元を緩めた。先ほどの笑みとは違い、表情や雰囲気が柔らかい。
「わかった。未来に不安があるのは当然だ。それなら私は貴女に信じてもらえるように六年を費やそう」
「シン様……」
嬉しいのに「ありがとう」という言葉が出てこなかった。
また簡単に安心してしまったらダメだと自分を律する。
「シン様、それで四つ目は?」
「ああ、それはもう聞いたようなものだから大丈夫だ。……にしてもソフィは、いつまで恋人であり婚約者の私を苗字で呼び続けるのだ?」
「こ、恋人!?」
「違うのかい」
「でも、恋人というのは」
「私はソフィを愛しているけれど、貴女は違うのか?」
なんでもスペード夜王国では、魔法の代わりに付与術式というものがあり、護符や封印などで使われる。魔を祓い、清めるものだという。
「吸血鬼族は、凶暴性と他種族の吸血を必要以上に行い──世界の敵となった。そこで他種族は吸血鬼族を滅ぼすか、吸血行為そのものを封じるかの二択を迫った時に、迷わず封印を選んだのがスペード夜王国の初代国王だった。そしてその二択を迫ったのが、後に吸血王の妻となった付与術師だ」
「すごい。ロマンスですわ」
「ああ。結果、吸血性を失った吸血王は、副作用として鉄分を欲する《クドラク病》が発生し、それは代々子孫に継がれていったそうだ。血で暴走することがなくなったのは、確かに良いことだと思う」
思わず吸血王と付与術師のラブロマンスを想像した。敵同士でありながらも最後には結ばれたというハッピーエンドは私の好きな話である。ふと嬉しそうに微笑むシン様と目があい、少し恥ずかしい気持ちになった。
「本当にソフィは可愛らしいな」
「え」
「そうやって笑っている顔がすごく可愛いし、好きだ」
「──っ」
甘い言葉を口にする。心の中では何度も聞こえていたのに、言葉に出されると心臓がさらにドキドキと煩い。
(いつになく心臓の音が! 持病!? 病気だったらどうしよう!)
「……それで話を戻すのだけれど、王族には代々付与術者としての教育を受ける。伝統みたいなものなのだが、付与術式が組み込まれた短剣を贈るということは、ソフィの身に妖精や精霊でも太刀打ちの出来ない脅威が、迫っていたと考えることもできる」
「!?」
難攻不落であり妖精と精霊の恩恵のあるダイヤ王国を落とそうとするなら、人ならざる力が動いている可能性は高い。現にこの世界には魔物が存在するのだ。
しかし魔物に知性はない。それが常識だった。
だとするとシン様のいう敵は、誰を指すのだろう。
(うんん、それよりもシン様が贈ってくださった、あの短剣は私を守るためのものだった? ならなぜ婚約破棄をしたの?)
嬉しい気持ちよりも不可解さが頭の中で、ぐるぐると巡るだけで答えに辿り着けない。
「三つ目、私自身が魅了や洗脳されていた可能性はあるか?」
「魅了……ですか」
「そうだ。自分の性格を考えて、祖国のために婚約破棄をするとは思えない」
「え」
「ん? 祖国とソフィどちらか迫られたら、ソフィに決まっている。祖国を捨てでもソフィ側に付くはずだ」
「!?」
この人はとんでもないことを時々サラッという。やっと熱が引いたと思ったのに、また顔が熱くなっていく。
「それらを踏まえて、私が婚約破棄を言い出すのは魅了、洗脳されていたと考えるほうがしっくりくる」
「運命の人と出会った可能性は、否定なさるのですね」
「当たり前だ。手放したくない相手がいるのに余所見などする者がいるか。だいたいその聖女というのも本当に聖女なのか疑わしいものだ」
キッパリと言い切った。いっそ清々しい。
「で、ですが聖女といったら、人々にとっては救済的な存在だったのでは?」
「魔物を倒し、瘴気を祓う特別な力を持つ。だとすればそもそもスペード夜王国よりも魔物の出没が多いハート皇国、または聖女信仰があるクローバー魔法国が欲しがる人材だ。スペード夜王国に聖女が居てもお飾りにしかならないと思うが」
「たしかに……。お飾りでも二カ国への影響力があった。……もしくは」
「もしくは?」
「せ、聖女様がシン様に惚れるとか!」
「ソフィ」
言った後でシン様の笑顔に亀裂が入るのを見てしまった。笑っているのにものすごく怖く、とにかく圧が凄い。
「ソフィは、私がまだ、その運命の相手に、心奪われると、思っているのだね」
「(一言ずつの言葉の圧がすごい)……そうなって欲しくないですが、その……不安というか、どうしても……夢……を思い出してしまうのです」
じりじりと詰め寄られて白状する。本心を聞いてシン様は少しばかり嬉しそうに口元を緩めた。先ほどの笑みとは違い、表情や雰囲気が柔らかい。
「わかった。未来に不安があるのは当然だ。それなら私は貴女に信じてもらえるように六年を費やそう」
「シン様……」
嬉しいのに「ありがとう」という言葉が出てこなかった。
また簡単に安心してしまったらダメだと自分を律する。
「シン様、それで四つ目は?」
「ああ、それはもう聞いたようなものだから大丈夫だ。……にしてもソフィは、いつまで恋人であり婚約者の私を苗字で呼び続けるのだ?」
「こ、恋人!?」
「違うのかい」
「でも、恋人というのは」
「私はソフィを愛しているけれど、貴女は違うのか?」
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