銀の魔術師の恩返し

喜々

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月下の旅人

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 およそ700年程前、この大陸に魔族の王である魔王が誕生した。魔王は魔族や魔物たちを従えて人の国を荒らし回り、多くの命が犠牲となっていた。そこで、冒険者を名乗る勇敢なる青年とその仲間たちが魔王討伐を謳い、敵を倒しながら大陸中を駆け巡ったという。そしてついに、魔王を倒し世界に安寧が訪れた。


 その後、青年はそれまで個人で活動していた冒険者たちを一つにまとめる為に冒険者ギルドを立ち上げたという。


 それらの功績を讃え、勇敢な青年は勇者と呼ばれ今でも慕われ続けている。


 これが、この大陸に住む多くの人々が知っている勇者の物語だ。


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 時は今から数年前、魔王は完全に消えたにも関わらず何故か魔物の動きが活発になり、大陸の人々はあの頃の大陸に戻ってしまうのではないかと戦々恐々としていた。


 しかし、勇者が生きていた時代よりもギルドの地位は格段と上がり、優秀な冒険者たちも多く存在していた。


 優秀な冒険者の中で特に秀でている者は冒険者階級の一番上にあたるS級に分類される。


 S級になった冒険者のほとんどは二つ名を与えられ、多くの人に尊敬され慕われた。


 しかしただ持て囃されるのが彼らの仕事では無い。彼らは時に重要な任務を依頼される。その依頼の多くは死の危険があり、普通の冒険者には任せられないものばかりだ。


 そして、魔物の活発化、特にスタンピードはS級の冒険者が担当する依頼であった。


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 3年前のある冬の日の夜、大陸の東に位置する小国アドラサに10万を超えるアンデットの魔物が押し寄せて来たという。


 当時、アドラサにあるギルドの支部にはすぐに呼ぶことのできるS級冒険者がいなかった。


 そのためできるだけ多くの高ランク冒険者を呼び、何とかスタンピードを乗り越えようとした。


 だが、いざ戦うとなると状況は変わってくる。


 アドラサには頑丈な防壁は無く小さな土手があるだけだった為、国民の安全を守れるか分からなかった。最悪の場合、市街地での戦いは免れない。


 そんな状況の中で、冒険者たちは体を張って戦場へ赴いた。


 しばらくすると遠くからぞろぞろとやってくる赤く目を光らせた骨の魔物たちが見えてきた。


 その膨大な数の魔物は冒険者たちの心を折るのに十分だった。小心者の冒険者はたちまち逃げ出し、死を覚悟していた冒険者もその数に呆然としていた。


 もう成すすべもなく国は滅亡してしまうのだろうと多くの冒険者が確信していたその時だった。


 いつの間にか物見櫓の屋根に黒いローブを着た青年が立っていた。


 どうやらどの冒険者も彼のことを知らないようで、まさか魔族が現れたのではないかと取り乱している者もいた。


 だが、その青年はじっと魔物の軍勢を見つめて動かない。

 そして辺りにいる冒険者たちも彼から目が離せなかった。

 前方から風が吹き青年の被っていたフードが落ちる。


 顕になった彼の髪は長く、そして美しい銀髪であった。


 月光を反射しキラキラと光る銀髪からは、爛々とした深いアメジストの瞳が覗く。


 誰もが今の状況を忘れ、彼に魅入っていた。


 しかし、それまで動かなかった彼は突然立ったまま、自身の足元へ手を伸ばす。すると、彼の影から黒い棒状の物が出てきて彼の掌へと吸い寄せられていく。


 彼が手にした黒く長い柄の棒は先がかぎ針のように丸まっており、そこにランタンが吊るされていた。

 彼はそれを魔物たちに向かってまるで魔術師の杖のように振るった。


 すると、魔物たちの足元の影から手のような黒い影が飛び出し魔物たちを押さえ付ける。


 こんなに広範囲に魔術を展開している人は見たこと無いと、ある冒険者は叫ぶ。


 青年はニヤリと口角を上げると、再び杖を振るう。

 その瞬間魔物たちは黒い手のような影に締め上げられ、破裂するように散ってしまった。


 その場にいた冒険者は一瞬で魔物が残骸に成り果てる様を見て愕然した。


 しばらくその光景をぼんやりと見ていた彼らだったが、
はっとして青年の方を見上げるとそこには誰も居なかった。


 誰かが

「ギルドの本部がS級の冒険者を送ってくれたんだ!」

 と叫ぶ。

 それを聞いて多くの冒険者は納得し、魔物の残骸を片付け始める。


 その後、戦場にいた冒険者がギルドに掛け合ってあの魔術師は誰なのか聞いたがギルドはそのような人物を知らないようだった。

 このアドラサのスタンピードは冒険者の間で密かな伝説となった。

 魔物を倒してすぐに消えてしまった謎の魔術師

 彼らはその青年を「月下の旅人」という二つ名で呼ぶことにした。









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