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ズボラライフ2 ~新章~

38.魔物

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リン視点



黒い沼に足を取られて動けない……それに、もがけばもがくほど身体が沈んでいく。

「今すぐに参ったと言うか、それとも痛め付けられて降参するか、どちらかを選べ」

勝ち誇ったような顔でそう述べるのは、目の前の男……確か隊長格の貴族だったか。

さっきから足に風魔法を纏わせようとしてんのに、上手く発動しない。まるでこの黒い沼に魔力を吸い取られてるみたいだ。貴族と関わる事なんてあまりないから詳しくはないけど、こんな魔法が使える奴がいるなんて噂にも聞いたことがないぞ。

「ククク…そうか、どうやら痛め付けられて降参したいようだ。ならばせいぜい苦しんでから己の負けを認めるのだな!」

何故か怒った様子の対戦相手が、オレの顔すれすれに剣を突き刺した。いや、避けなければ目に刺さってたかもしれない。

「チッ 避けなければ貴様のその忌々しい目を串刺しに出来たのになぁ」

ちょっと待て。これは御前試合だぞ? こいつ陛下の前でオレを失明させる気か……。
そんな事をすれば騎士道に外れたとして失格になるはずだ。試合を勝ち上がる事に執着しているような奴が、こんな行動に出るのだろうか? 

何か変だ━━━……

「まぁ良い。的は沢山あるからな」

クソッ 早く何とかしないと。
師団長だって見てる試合なんだッ こんな無様に負けるわけにはいかない!!

「【ああ…“怒り”と“焦り”の感情か。もっとだ。もっと喰わせろ】」

なんだ? …今、声がダブって聞こえ……

「!? ぐっ、身体が…ッ」

どんどん沈んでいく…このままじゃ飲み込まれる……っ


「え? 足止めじゃないの??」
「何? なんでどんどん沈んでいくの?」
「ねぇパパ、このままじゃネコのじゅうじんさんがおぼれちゃう」
「審判!! 何してんだ!! 早く止めろよ!?」



息が…できな……



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



雅視点


トプン…と音をたてて黒い沼に沈んでしまったリンに、観客席から悲鳴があがる。
審判が舞台へ上がり、対戦者に何か言っているが観客が騒がしく何を言っているのか聞こえない。

私の後方上部にいる王様が立ち上がり、師団長達が警戒する気配に眉を寄せる。

「みーちゃん。リン君と対戦してる人の様子、何か変だよ…」

トモコが双子達の前に立ち結界を強化している。

「……成る程。魔素が満ちてからの人間の様子がおかしいと思っていたが、そういう事か」
「みーちゃん?」

トモコが私の言葉に首を傾げ、ロードの眉間にシワが増えた。カルロさんとレンメイさんもこちらに顔を向け、一挙手一投足を見逃さないというように見つめてくる。

「ちとマズい事になっておるな……ヴェリウス!!」
『……こちらに』

私の影から出てきたヴェリウスの姿にぎょっとし、しかし素早く膝をつくカルロさんとレンメイさんの反射神経に拍手を送りたい。

「この世界の正負のバランスが崩れておるようじゃ」
『そのようです。やはり十神二枠の交代と、神王様の出産が原因かと……』
「ふむ…それと、魔素の枯渇か。タイミングが悪かったのぅ」

舞台上を眺めながら考える。
黒い沼に沈んだまま出てくる気配のないリン。騒ぐ観客と無表情の対戦者。それに詰め寄る審判に動揺を隠しきれない貴族達。


「一体何が起こっているのかね」


混沌の最中、颯爽と登場したのは先程まで王様のそばに座っていた宰相。ルーベンスさんだった。
貴族らしい正装に細かく刺繍の入れられた豪奢なマント、上品な佇まいと威風堂々としたこの風格。まるでこの人が王様かのような錯覚に陥る。

ルーベンスさん格好良い!!

『ルーベンスか』
「神獣様。お出でになっていたとは…ご無礼をお許し下さい」
『構わぬ。それよりも問題が発生した』
「問題とは…あの“呪術”の事でしょうか」

ルーベンスさんの言葉に、カルロさんとレンメイさんが目を見開く。
無理もないだろう。“呪術”は魔族の王であったカルロさんですら知らなかったもの。闇魔法と間違えるほどマイナーなのだ。それをルーベンスさんがさも当然のように言葉にするなど、驚くに決まっている。

『うむ。おぬしの“鑑定”でもその程度は解るようだな』
「はっ 私の未熟な鑑定では“呪術”という事までしか分かりませんが…」
『十分だ』

そう。ルーベンスさんは“鑑定”を覚えてしまったのだ。
なんなら、元々のスペックの高さと血筋、さらにヴェリウスの眷属のようになってしまった事と私の存在のせいでもう人間を止めてしまっている。
ヴェリウス曰く、自分の弟子の中で一番出来が良いとの事だ。(※ここでいう弟子とは、新神達とロードの事だと思われる)

『“負のエネルギー”が魔素と結合する事により魔物が生まれる事は前に教えた事があっただろう』
「はい。呪術が“負のエネルギー”を使用したものであるという事も存じ上げております」
『そう。そこだ。“呪術”を扱う者、つまり“負のエネルギー”を扱う者が居る』
「“負のエネルギー”を扱う人間を探しゃいいって事か? ならアイツを捕らえて尋問すりゃ…『馬鹿者!! “負のエネルギー”を扱える者が人間だと誰が言った!』」

ルーベンスさんとヴェリウスの会話に口を挟んだロードが叱責されている。
うん。ロードの考えは分かる。普通に考えれば、呪術を魔道具に定着させあの貴族の男に渡した呪術師的な人間を見つければ解決すると思うよね。だって“魔道具”って人間が作り出すものだし。

「おい……ってこたぁその“負のエネルギー”を扱う奴は人間じゃねぇのか?」
『話は最後まで聞けといつも言っているだろう。まったくおぬしは落ち着きのない……』

ヴェリーさん、話逸れてるよ。

『ゴホンッ 確かに魔道具や呪術とは昔から“人間”が使うとされてきたが、ただの人間に“負のエネルギー”を集め、さらにそれを魔道具に定着させるなど出来はせぬ』
「けど実際魔道具もあるし呪術は発動してるじゃねぇか。しかも発動させたのは人間だ」
『だから最後まで話を聞けと言うに……出来上がった魔道具にすでに定着済みの負のエネルギーならば人間にも発動できよう。問題はそこまでの過程に関わった者』

まどろっこしいなぁという顔のロードに呆れ気味のカルロさん。レンメイさんは自身の知らない知識を知れるチャンスとばかりに聞き入っている。
ルーベンスさんは成る程とヴェリウスが言わんとしている事を読んだのか、すでにその先の事を考えているようだ。
トモコは相変わらず首を傾げている。



の魔物が生まれたようだ』


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