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ビリー・ザ・キッド④~憎しみの左腕~

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 村は、地獄となっていた。
 燃える家、崩れた家、倒れた人、死んだ人。
 見慣れたはずの村が、そこにはなかった。
 キッドは唖然とし───……ハッとして走り出す。

「親父、母さん……!!」

 大人たちが大勢倒れていた。
 死体の傍には銃が転がっている。薬莢も散らばっていたことから、あの『得体の知れない女』相手に戦ったのだろう。結果は……見ての通りだが。

「じいちゃん、ばあちゃん……!!」

 キッドは走る。
 まだ早朝だ。父は恐らく戦いに、母は祖父母たちを連れて逃げたのかもしれない。
 そして、キッドは恐怖する。

「サラ───!!」

 キッドの妹。
 サラは、無事なのだろうか。
 仲がいいと評判の兄妹だった。喧嘩もしたけどすぐに仲直りし、町に買い物にも行った。
 サラの召喚獣メーメーに寄り掛かり昼寝するのが好きだった。ビリーもサラが好きで、キッド以外の肩に止るのはサラだけだった。
 キッドは考える。家族はどこへ行ったのか。

「───……裏山」

 ふと、思った。
 父なら、裏山に逃がすだろう。
 そう思い、キッドは裏山へ続く道を目指して走り出す。
 そうして気付いてしまう。村は壊滅……生き残りは、誰もいない。
 大人も子供も家畜も、召喚獣ですら殺されていた。
 あの『得体の知れない女』は何者なのか。キッドは歯を食いしばり、腰の拳銃に触れる。
 いざという時、戦う覚悟はあった。

「ちくしょう……!! あの野郎、許さね「はぁ~い♪」

 次の瞬間、キッドの身体は吹き飛び、家屋の壁に激突した。

「がっっはぁ!? ゲハッ!?」

 いきなりの衝撃に受け身すら取れず、キッドは血を吐いて地面を転がる。
 そして、目の前にいたのは……大鎌を持った白い女だった。
 なぜか笑みを貼りつけ、キッドを見下ろしている。

「え~……まずはおめでとうございます! この村の住人を全員調べてみたけど、あなたが一番のイケメンくんだということがわかりました~♪」
「?????……が、はっ」
「それじゃ、さっそく始めよっか♪」
「……がは、ぁっ……はぁ、はぁ」

 キッドは身体を起こし、ノロノロした動きで拳銃を握る。いつもの早撃ちなどできるはずがない。骨のいくつかが折れ、口の中は血の味しかしない。
 
「来い───ビリー!!」

 ビリーが召喚され、大空を舞う。
 目の前の女は「おお~?」と空を見上げていた。キッドは拳銃を構える。
 目の前の女は、空を見上げたままだった。
 キッドは女の頭、心臓を狙って発砲する。

「ふふ♪」
「───!?」

 だが、銃弾は女に触れることなく風化した。風化したとしか表現できなかった。触れてもいないのに、消滅してしまったのだ。
 わけがわからない。キッドが再び発砲しようとした瞬間。

「えいっ♪」
「いっ───っがぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 銃を持っていた左腕が蹴られ、骨が砕け散った。
 あまりの衝撃に骨が飛び出た。切断されないのが不思議なくらいの威力だった。
 キッドは左手を押さえる。蹴られた衝撃で銃がバラバラに砕けた。
 右手は残っているが、左腕を押さえることしかできない。キッドの戦意は完全に砕けた。

「ふふ♪ 可愛いお顔ねぇ……? 今は恐怖しているけど、すぐにわたしを憎みたくなるわ」
「……あ、ぐ」
「じゃ、こっちこっち。いいもの見せてあげる♪」

 女はキッドを引きずり、近くの民家へ。
 民家の中に入ると───そこにいたのは。

「なっ……親父、母さん!! じいちゃん、ばあちゃん……サラ!!」
「キッド!!」
「お兄ちゃん!!」

 そこにいたのは、キッドの家族だった。
 キッドは椅子に座らせられ、女が指をパチッと鳴らすと黒いムカデが手足を拘束する。
 最初に、怯える祖父母に向かい、キッドにこう言った。

「これからきみの家族を殺しちゃいます♪ まずは……おじいちゃん、おばあちゃん♪」
「なっ」

 スパン───と、女の大鎌が祖父母の首を刈り取った。
 噴き出す鮮血。転がる頭。倒れる身体……サラは叫んだ。

「い、やぁぁぁぁぁぁっ!! おじいちゃん、おばあちゃん!! いやぁーーーーーーッ!!」
「あ、あああ……な、なんで、なんで」

 サラと母親が恐慌状態に。
 父クリントは怒りで歯ぎしりし、奥歯が砕けた。

「き、さまぁぁぁぁぁっ!!」
「おお~怖い怖い。ねぇきみ、どう? 許せない? わたしが憎い?」
「……て、めぇぇぇぇっ!!」
「そう!! それそれ、その眼がいいの!! もっと、もっと憎んで!!」

 キッドは女を睨む。ギリギリと歯が砕けそうになった。
 そして、次は母親に目を向ける。

「ふふ。お母さん、覚悟はいいかな?」
「ひっ……」
「や、やめ……やめろ!! やるならオレにしろ!! テメェなんでこんな!!」
「決まってるじゃない。あなたに憎んでほしいから……ねぇ?」
「やめ───」

 母親の首を後ろから摑んだ女は、そのまま首を握りしめた。
 あまりの握力に首の骨が折れ、首が薄皮一枚だけで繋がったような状態になる。

「貴様ァァァァァァ------っ!! 殺す、殺してやる!!」

 クリントがキレた。
 妻を殺された怒りで目から出血していた。血の涙を流し女を睨みつける。
 だが、女は妖艶にほほ笑んでいた。
 サラは気を失った。母を殺され、祖父母を殺された。
 キッドは言葉も出ない。そして、女に向かって叫ぶ。

「テメェ!! 殺す、殺してやる!! オレと戦え、戦え!!」
「やぁよん。もっともっと憎んでもらわないと……ねぇ、お父さん?」
「───っ……キッド、聞け」
「親父!! 戦え親父!! サラを」
「サラを守れ。キッド」
「あ───」

 次の瞬間───父クリントの首が飛んだ。
 最後の最後。妻を殺された怒りよりも、残された息子と娘を案じた。
 キッドは震え、涙が流れた。
 そして───ついに折れた。

「頼む……」
「ん?」
「サラだけはやめてくれ!! なんでもする。命が欲しいならくれてやるしオレにできることならなんでもやる!! だから妹だけは」
「なんでもする?」
「ああ、なんでもやる!! 殺しだってやるしこの国の王だってブチ殺してやる!! だから妹だけは……頼む!!」
「うんうん。イイ子ねぇ~……じゃあ、こうしよっか」

 女は、サラを抱き起し頬を撫でる。するとサラが起きた。

「ぅ……」
「サラちゃん。サ~ラちゃんっ!」
「ひっ……」
「ふふ。きみのお兄ちゃん、きみを助けたいんだって。それでね、きみが助かるためには……左腕を犠牲に・・・・・・しなくちゃいけないの」
「え……?」

 女は、キッドの身体に黒いムカデを這わせた。
 ムカデに拘束されたキッドは無理やり立たせられ、右腕が拳銃に添えられる。

「な、何を……」
「キッドくん。その拳銃でサラちゃんの左手を撃って。そうしたら解放してあげる♪」
「なっ……」

 右腕が持ちあがる。
 拳銃を握りしめ、無理やり立たされたサラの左腕が持ちあがる。
 狙いは、サラの左腕。

「や、やめろ」
「なんでもするんでしょう? だったら……かわいい妹ちゃんの腕くらい、撃ち抜けるよね?」
「お、お兄ちゃん……」
「サラ……あ、ああ……さ、サラ」

 女の大鎌が、サラの首に添えられた。
 キッドの手が震える。なぜか引き金を引く指だけは自由だった。
 撃てば助かる。撃たねば死ぬ。だが、的は自分の妹。
 撃てない。キッドは涙を流す。

「さぁ、早く……さん、にい……いち……っ」

 女の大鎌が、ゆっくりとサラの首に触れる。
 震える手で、キッドは引き金に指を添え───。

『キュィィーーーーーーッ!!』
「えっ!?」

 窓からビリーが、女の顔めがけて飛んできた。
 ビリーの爪は女の頬を掠めた。そして、わずかだが緑色の血が流れる。
 ムカデの拘束が外れ、キッドとサラは自由に。
 ほんのわずかな隙だった。キッドはサラの腕を掴み抱き寄せた。

「サラ!!」
「お兄ちゃん!!」

 だが、そこまでだった。

「───ガキが」

 顔を怒りで歪ませた女が、大鎌を片手で振りかぶる。
 片手でビリーを握りつぶし、キッドとサラを両断した。

「あ……」
「がっ……」
「ああ~もう、やっちゃったぁ……はぁ、もういいや。かえろっと」

 女は興味を失ったように、倒れた兄妹を一瞥。一言だけ呟く。

「残念ねぇ。このフロレンティアの可愛い『彼氏』になれたかもしれないのに♪」

 そう言って、煙のように消え失せた。

 ◇◇◇◇◇◇

 明滅する意識のなか、キッドはサラを抱きしめていた。
 正確には、サラの上半身。下半身は腰から切断された。キッドは両断こそされていないが、あまりにも深く鎌で斬られ血が止まらない。
 薄れゆく意識のなか、サラは呟いた。

「お、にいちゃん……」
「……ん」

 キッドは、残り全ての力を使い、サラの頭を撫でた。
 キッドもサラも、涙を流していた。

「大好き、だよ」
「ああ、オレ、も……」

 すると、半身と翼を両断されたビリーが、キッドの傍へ這いずってきた。
 不思議と、キッドは満たされていた───が。

 ◇◇◇◇◇◇


『───で』


 ◇◇◇◇◇◇


「……あ?」


 キッドは生きていた。
 怪我が消えていた。
 そして、気付いた。


「なんだ、これ……」


 左腕が、翡翠を散りばめたような材質に変化していた。
 こうして、キッドは全てを失った。
 手に入れたのは、異形の左腕……『ヘッズマン』だけだった。
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